戸塚真弓の作品一覧
「戸塚真弓」の「暮らしのアート 素敵な毎日のために」「じゃがいもびいき 美食の国のふだんの味、三つ星の味」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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Posted by ブクログ
女性らしさに磨きをかける。そんな題目も、もう死語というか、危険な単語にしかならない昨今。特に男性がこういうことをいうと、すぐに差別だ、なんだとなるわけで、この本はもう発売禁止にでもなるんだろうか。しかし、本書の素晴らしい側面は、日常に大事なのはアートだという視点の話だ。すぐに男女平等に行ってしまい、議論にならないけれど、暮らしに、つまり家事をやるということはアートなんだ。という、ちょっといまの全員が平等、家事を女性がとか絶対言わない、とにかく女性男性とかそういうことも言わない、そういう社会になってきたことにより、本書が前近代的な発想が土台になっているように思える。女性として、食事には手を抜かない、ほか掃除とかアイロンとかは手を抜くけれど、一番大事なものとして出来合いのものを使わない、ということを基本としている。シンガポールでは、そもそも男性とか女性とか関係なく、食事を作らない。ホーカーセンターで5ドルで買えるから、食材を買うよりやすい。NYでは完全に男女平等、よってできる方が作る。フランスでも、庶民は普通に作っていると思うけれど、やっぱり男性が外に戦いにいく、女性はその戦いを支えるという構図があったことは想像できる。コメは粘っとした日本のお米はフランス人に受けない、とてもさらっとしたものがフレンチでも好まれるため、日本のお米を美味しいという人はいないという。残念ながら、いまでは日本の米は最高峰であり続けていて、フランス人も食べているし、シンガポールでもタイ米よりも日本米が売れている。みんな日本に旅行して、感動して帰ってくる。
そして、肉を焼くのは原始から男性の仕事と決まっている、と。ここだけはNYといえど、やっぱり男性だ。なんでここだけ?と思うんだけど、こればかりは女性が出てきたことは100回以上参加したBBQや家飲みでも、一度たりともない。そして、それがフランスでも同じなんだなあと思うと面白いものだ。毎日を豊かに生きようとする人は、暮らしを大事にする。この本質を、本書では色々な例で伝えていく。非常に大事なことであり、例えばシーツ、例えば器、例えば掃除の頻度、そういうものでクオリティオブライフが変わる。ただ、お金では購入できないこういう日常の一つ一つを、大切に、丁寧に生きていけるかどうかがポイントで、音楽をかけながら、掃除をしたり、色々な手でクオリティをあげていく。心地よく暮らすために。
中盤は、おもてなし、的な社交の場、ディナーによびお呼ばれする話だ。素敵なコースを用意して、且つ女性がテーブルから離れすぎないようにする。この難しさを表現しつつ、凝った料理、これぞという料理を作るプレッシャー。アメリカではBBQ、シンガポールでは会食やBBQなど。
この本をNirup島のビーチで読んでいるのだが、アンティークや、家具、うちは器が好きで、とか色々考えていると、貝殻がビーチに落ちている。これを、お土産にしようと思って選んだら、価値はプライスレスというものだ。素敵な思い出を、小さな小さな置物に。でも、これも価値観だ。本書でいうところのアートという感覚。ガラクタかアートかは、紙一重。バカと天才も紙一重。素敵な料理を、星付きのレストランを訪れる。フランス人のブルジョアでなくても、時々そういう時間を大切にするそうだ。これは、庶民だから、とかいう話でもない。結果、料理にお金を払いつつ、この空間と時間を大事にできるか、無駄に捨てるかだろう。常にではないけれど、素敵な時間を過ごせたなと思うこと。もっというと、家にきてもらう機会が多いのは、すごく掃除を一生懸命頻繁にやるからではなく、日常的に、ここはこう見えるな、なんて人がきてくれることを想像して、新しい視点で住まいを捉えるからであると。すごくここは同意するところだ。センスがものすごく問われるということではなく、センスが出てしまうという意味で恐ろしい。1994年、そうか、と思う。日本人は、成長したんだろうか。日本という国は良くなったんだろうか。フランスがもつ、クリエイティビティの根源的なシーズを垣間見田気がする。異文化、異なる考え方、生活の仕方が共存して、そこから生み出す想像力こそが、原動力なんだと思った。
Posted by ブクログ
タイトルを見て思った。どうしてパリと紅茶が関係あるのか。ロンドンなら分かるが、パリならやはりカフェオレだろう。著者が述べているように、フランスにおける紅茶の位置づけはかなり低い。紅茶は、気取った飲み物と書かれているので「うーん、そんなに気取った飲み物か」と思った。それは、ペットボトルや缶に入った紅茶を見慣れて、飲む機会の多い私には、ごく普通の飲み物の一種だと思う。しかし、歴史をたどるとその理由が分かる、19世紀のフランスのブルジョワが、イギリス流の紅茶を飲むようになってから、気取った飲み物と言うイメージが定着したそうだ。
もしかしたら、フランス人のイギリス人嫌いにも関係しているのかな。過去の歴史を見て、ナポレオン時代にしても、百年戦争にしても、互い敵同士であった時代が長いので、脈々とイギリスアレルギー、フランスアレルギーが受け継がれている気がしてならない。