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ユーザーレビュー

  • 108年の幸せな孤独 キューバ最後の日本人移民、島津三一郎

    Posted by ブクログ

    歴史物は、苦手なので読めないかもと思いながら読み始めたら、引き込まれ、何の抵抗もなく読めた。キューバの一端、日本の一端を感じることができて、読んでよかった。

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    2025年05月31日
  • 108年の幸せな孤独 キューバ最後の日本人移民、島津三一郎

    Posted by ブクログ

    著者の中野健太さんが、映像ジャーナリストとして、フリーランスになって初めて撮ったのが、キューバに移民として渡った108歳になる島津三一郎さんにスポットをあてたルポ番組で、その内容を更に詳しくドキュメンタリー調に纏めた本書。

    昨今、欧州や米国など移民(難民)が沢山きて各国政策で対応に追われているが、日本も20世紀初頭、貧困にあえぐなか夢を抱いて移民として新天地へ海を渡った多くの国民がいた。

    新潟県出身の島津さんもその中の一人で、20歳で単身キューバの地を踏んだ。そんな彼の80年以上にも及ぶ時代に翻弄された壮絶な人生が描かれいた。

    カストロやチェゲバラなど歴史上の人物が出てきて、キューバや社

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    2025年02月16日
  • 108年の幸せな孤独 キューバ最後の日本人移民、島津三一郎

    Posted by ブクログ

    キューバ本島西部南岸のバタバノ湾から南西に約100Km。「青年の
    島」との意味を持つフベントゥ島の老人ホームに、その人はいた。

    島津三一郎さん。現在の新潟県新発田市の出身。太平洋戦争以前
    に農業移民として20歳でキューバへ渡った。

    お金を貯めて日本に戻る。アメリカやカナダ、ブラジルなど、多くの
    日本人移民が抱いた夢を、三一郎さんもまた抱いていた。

    キューバへ渡った日本人が作るスイカは、大きくて甘いと評判がよく、
    高い値段でアメリカに売れた。勤勉な移民たちは荒れた土地を耕し、
    3年ごとに土地を変え、スイカを作り続けた。

    しかし、太平洋戦争がすべてを変えた。親米政権だった

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    2017年08月24日
  • 108年の幸せな孤独 キューバ最後の日本人移民、島津三一郎

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    戦後になって、釈放された日本人が、プレシディオモデロ刑務所における日々を家族に語らなかったのはなぜなのか。あくまでも私の想像ではあるか、日本人一世の方々は、キューバで生まれた2世たちを傷つけたくなかったのではないだろうか
    温度100年ほど前のことだが、貧しく未来に対して希望が見出せないと言う理由で、多くの日本人が移民として世界中に進展地を求めた

    1928年にキューバの地踏んでから88年。帰国する夢は叶わなかったが、日本を出たときのパスポートは、老人ホームの島津さんの枕元の棚にずっと保管されていた

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    2025年08月27日

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