この世に住まうすべてのボンクラ達へ捧ぐーーー
揃いも揃ってみーんな『盆暗』。そう、男女揃って勝負弱くて要領が悪くてどこか気の抜けた人たちが織りなす恋の気配の物語。恋の物語と断言したいんだけど、しても良いんだろうけど、わたしは恋のちょっとだけ手前の啓蟄の候のような作品集だと思いました。
\キリッ/
6話収録、一部に連作要素あり。
《♯1 月面と眼窩》…バイト先のいっつもニコニコしている〈サヤマさん〉はモヤモヤした事があった時は頭の中の月面に道路標識を突き立てると言う。表面は既にさながら無数の針山の様相。そんな不思議なサヤマさんが気になってしまった〈ゴトウ君〉の眼窩にまんまるな月がスッポリとジャストフィット!6分の1の重力で描かれるゆるい恋バナ。甘党のゴトウ君のことを実はちゃんと見ていたサヤマさんの差し入れた「いちご牛乳」(p40)にキュン。
《♯2水中都市と中央線》…地に足がついてない、浮き足立った感じがいいねえ。カラオケ店バイトの〈フダ君〉は受付名簿に中央線沿線の駅名を書く謎の常連、JK制服女性が気になる。来るたびに違う男性連れの彼女。お節介が過ぎて一度は介錯を喰らう(p64)けども中央線車内で偶然再会、フダ君は彼女に酸素を送り込むことが出来るのか。「中央線好きな奴なんかいるの?」(p61)のシーンがいいよね。ちょっとしたどんでんかえしがあり。
《♯3 仙人掌使いの弟子》…サボテンって漢字で書くと「仙人」だったり「覇王」だったり、いずれにせよ浮世離れしてるわけだけど、まさに本作の空気にピッタリな掴みどころのなさ。冒頭に書いといて何だけどそもそもこれは恋なのかなんなのか。こんな歳上のおねいさんに翻弄されたかった。けど、こんなおねいさんも多感な時期は「んにゃー 暗黒期だったからなぁ」(p88)と振り返るように、やっぱり色々と経験してきたんだろうなあ。なお、この話は5月の出来事で、♯1は6月で、おねいさんと働いている茶髪?の女性はサヤマさんっぽい。
《♯4 甘党たちの荒野》…♯3に登場したおねいさんが出演してるよね。んー、本作の〈ホシノくん〉はあんまり好きじゃないなあ。と思ったら本作の〈大友さん〉は♯3にいるな。
《♯5 二足獣》…6ページだけの超短編。♯3に登場した〈矢野くん〉と〈名取くん〉が出演、高校進級後のスピンオフ的な雰囲気だけど本作の〈タチバナさん〉をもっと見たかった。
《♯6 雨女、遠く》…トリにめっちゃ良い話。p174で2コマだけ描かれる老夫婦はふたりの将来の暗示だろうか。いや、むしろ、本書に登場したいくつかのカップルみんなの将来の暗示であって欲しいなあ。そう見えなくもないし。「日本刀傘」(p167)はさすがに笑ったよ。ラストシーン、黒のゴム長を履いている〈志村さん〉が愛らしくて微笑ましい。もう水たまりで滑らないようにしないとね。
いやーめちゃくちゃに良かった!
『ブランクスペース』もすぐ読みたいです!
1刷
2025.8.12