ヒトの体内あるいは体表面にともに棲む微生物(=マイクロバイオーム)についての本を何冊か読んできている。
本書は微生物学者夫妻によるもので、最新の研究結果も織り込みつつ、専門用語を交えすぎないわかりやすい仕上がりになっているところが長所だろう。巻末のかっちりした参考文献と腸内細菌を育てるレシピが同時に
...続きを読む1冊の本にあるところもなかなかおもしろい。
マイクロバイオームの話は難しい。関わる因子(細菌の種類、ヒトの食生活、生活環境、年齢)が多すぎて、マイクロバイオームがヒトの健康状態に関与していることはわかってきても、ピンポイントで、「どの」細菌が「どのように」関わっているかを詰めていくのが容易でないのだ。それは往々にして「どの」1つの細菌という話ではなく、複数の細菌のバランスの問題であったりする。ヒトの側の要因も数多い。どれか1つの「善玉細菌」さえいれば万人によい結果が生じるというような単純な話ではないわけだ。
但し、どういった病状のときには、どういった種類の細菌が多い傾向があるといった形で徐々にデータは蓄積されていて、「いずれ」は、微生物を駆使した(おそらくは個別化もされた)医療への道も拓けていくのだろう。だが、それには相当の時間が掛かる。
そういった複雑さも本書を読み進めていくと段々呑み込めてくる。
人体と微生物の関わりを考える上で、抗生物質の登場は外せない。確かに感染症と闘う上で非常に重要なツールではあったものの、抗生物質はいささか強力過ぎた。悪さをしている細菌だけでなく、根こそぎ焼き尽くしてしまうのだ。
加えて、我々にとって細菌は「敵」だというイメージを植え付ける上でも大きい存在であったように思う。とりあえず「ばい菌を殺してしまえ」という姿勢が出来てしまったのだ。
その結果、現在、抗生物質の処方は必要以上に多すぎ、そのことはもしかしたらアレルギーや肥満の形成に役割を果たしている可能性もある(理由はともかく、動物への抗生物質投与で成長の度合いが高まることが実際に知られている)。特に小さいうちから抗生物質に晒されることで、子供のマイクロバイオームが正常に発達しない可能性がある。そのことが「現代病」に寄与している可能性は排除できない。それがどれほどなのかは今後の研究に委ねられるとしても。
ただ、マイクロバイオームの話でもう1つ難しいのは、ピンポイントで指し示せない現状では、「偽科学」の入り込む余地がかなり大きい、ということかもしれない。人は得てしてわかりやすい話に飛びつく。「○○菌」とついた眉唾話は巷にあふれかえる。
いずれ、エビデンスを伴うものが出てくるとしても、それまでは、ナントカ菌に騙されるよりも、より健康的なマイクロバイオーム育成に役立つと思われる食事(繊維が多く脂肪やカロリー過多でない)を採るよう努めることが現実的かもしれない。
そういう意味では巻末のレシピは(そのままは使えなくても)参考になりそうだ。
「生まれ」か「育ち」か、という議論がある。
ヒトは自分の持つ遺伝子は変えられない。けれども体内・体表面に棲む微生物をある程度変化させることは出来る。それが実は健康には相当役立つ可能性はある。
本書の一番の美点は、複雑なマイクロバイオームを、敵としてだけでなく、「同士」として捉える視点を提供してくれていることかもしれない。
レシピを取り入れたからといって、即、超絶健康体になることはなくても、少なくともお通じはよくなっていきそうである。それだけでも試してみる価値はあるかも。