戦後81年をまもなく迎える。そうだ、昨年戦後80年と騒がれて、様々なメディアで特集がされていたのを記憶するが、そこからまた一年が経った。そしてまた夏はいつも通りに茹だる様な暑さと湿気を連れてやってくる。
かつての太平洋戦争の終盤1945年頃には、米軍は日本の主要都市の多くを爆撃し、多くの都市では多数の民間人被害者を出した。都道府県別の死者数で言えば、東京107,021人、大阪13,123人、兵庫11,107人、愛知10,139人、静岡6,337人と大都市中心に甚大な被害があった(東京新聞調査より)。静岡が意外に思われるが、戦前から航空隊の拠点かあり、航空機や兵器に関連する軍需工場が多くあったため、浜松を中心に27回の空襲を受けている(因みに大都市で言えば神奈川は5,824人で静岡に次ぐ数)。だが今挙げた数値には原爆の被害が含まれない。広島、長崎の原爆を加えると、広島142,430人、長崎71,695人となり、死者数の上位から並べると、広島がトップ、長崎は東京に次ぐ3番目に多い都市となる。東京も3月の東京大空襲や山の手の空襲など、繰り返し空襲を受けたが、二桁の死者数の大半は1945年3月10日の所謂、東京大空襲の際のものだ。その東京大空襲では、のべ325機のB-29が空襲を行い、38万発の爆弾や焼夷弾を投下した。かたや広島、長崎はそれぞれ1機(爆弾を搭載した機体は1機だが、観測機など複数機で編成された隊)のB29が落とした爆弾は1発である。広島にはエノラ・ゲイ号が「リトルボーイ」(ウランを利用したガンバレル型)を。長崎にはボックスカー号が「ファットマン」(プルトニウムを利用したインプロージョン型)をそれぞれ投下した。合わせてもたった2発の爆弾が、両県の20万に上る人命を奪った。人類はそれ以来核兵器を戦争で使用していない。
毎年夏がやってくると語られる原爆や戦争の記憶。一昔前なら戦争を体験した世代が多く居たから、夏にならずとも人々の記憶には常にあの戦争の惨禍があったかもしれない。そうした戦争体験者の多くが鬼籍に入り、今は体験として語れる人も少ない。だからこそ、この夏の1日をこれまで以上に大切な日と考えなければならない。我々戦後世代が今後も平和を希求する一国民として、いや今なお世界中で戦争が起きているから、地球上の人類の中の1人として。核兵器は勿論の事、戦争は悪である。
我々は平和のありがたさを忘れないために、戦争の記憶を失ってはならないし、語り継ぐ使命があるのだと思う。だが、得られる知識の大半は書籍や映像からであり、それを記したもの、制作したものの考え方や知識に縛られる。仮に誤った情報であれば、その過ちに気付かずに後世に語られてしまう可能性もある。前述した広島や長崎の被爆者の数ですら、正確な数字は未だ判らないし、情報ソースによって数万人の開きがある(南京大虐殺も同じだが)。確かにその数字の正確性よりも、それに至った経緯や、そうした行為があった事自体を悔い、反省すべきであるとの意見も理解できるが、誤った数字や情報は尾びれ背びれがついて、最終的には全く違うストーリーになってしまうことがある(本書内では学校教育の場にすら、それはあるとの記載がある)。だからこそ、広く情報を公開する側はファクトに基づく正確な知識が必要であり、それが情報を伝える側の責任である。本書は広島と長崎の原爆にまつわる、世の中に広がる誤解や誤認識を一つずつ丁寧に訂正していく内容となっている。生きた情報源が減り続ける今だからこそ、将来を憂い、誤りを正し、より正確な情報を押さえておきたい。そう思う方は本書を手に取ってみると良いだろう。先ずは知りたいという若い世代にも、始めに触れる情報として、ここから戦争に関する情報収集を開始するきっかけにもなるだろう。