【感想・ネタバレ】ヒロシマ、ナガサキ 隠された真実のレビュー

あらすじ

戦後80年、あらためてファクトを問う

オバマ大統領が広島に歴史的な訪問をしてから10年。2024年には日本被団協がノーベル平和賞を受賞。ヒロシマ、ナガサキの悲劇については、すでに定説が確定したと思われてきた。ところが、実際はそうではないという。
たとえば、「広島は“軍都”だったから原爆が落とされた」とよく言われる。たしかに広島は第五師団の根拠地であり、日清戦争では大本営が置かれるなど、日本有数の軍都であった。だからといって、アメリカは広島を原爆投下地として選んだわけではない。そのことは、アメリカの公式資料にはっきりと書かれている。アメリカはできたばかりのこの新兵器(広島に落とされたウラン型の原爆は、長崎に落とされたプルトニウム型を違って、爆発実験すらしていない)がどのような効果を発揮するのか、きわめて慎重に観察しようとした。責任者のグローブス将軍が言うところの「実戦実験」であったのだ。そのための条件とは、軍都であることなどではなく、【1】これまで空襲されていない無傷の都市であること、【2】平野部であること、【3】人口密集地であること、【4】効果の測定が容易であること、【5】3マイルの外にも市街地が広がっていること――などであった。これらの条件にかなう最良の候補地(AA)は、京都と広島であった。軍都とはかけ離れた京都が最後まで候補地であったことからも、「広島は“軍都”だったから原爆が落とされた」わけではないことがわかる。
こうしたファクトの間違いについて、オバマ米大統領の広島訪問の仕掛け人の一人であった筆者が、あらためてチェックしたのが本書である。
たとえば、多くの人が「あの日、小倉がたまたま曇りだったから原爆は長崎に落とされた」と思っているが、はたしてそうか。
実際、当日の小倉の天気は晴れだった。では、なぜアメリカ軍は小倉への投下を断念したのか。米軍の機密公電記録には「some haze and heavy smoke」が原因であると記されている。「もやと濃い煙」――これは、小倉にあった官営八幡製鉄所の工員たちがコールタールを燃やしてはった煙幕が主なる原因であったことを示している。つまり、曇りという自然現象ではなく、煙幕という人間の行為が、小倉を災厄から救い、代わりに長崎に悲劇をもたらしたのである。
このように、長く信じられてきた16の間違った理解、埋もれてきた事実、隠された真実、ユニークな都市伝説、不正確な言い伝えや誤解、曖昧なままにされている伝聞情報、タブーとされてきた領域、独り歩きする「推計値」などをファクトの視点から検証した、ヒロシマ、ナガサキ理解の決定版!

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Posted by ブクログ

戦後81年をまもなく迎える。そうだ、昨年戦後80年と騒がれて、様々なメディアで特集がされていたのを記憶するが、そこからまた一年が経った。そしてまた夏はいつも通りに茹だる様な暑さと湿気を連れてやってくる。
かつての太平洋戦争の終盤1945年頃には、米軍は日本の主要都市の多くを爆撃し、多くの都市では多数の民間人被害者を出した。都道府県別の死者数で言えば、東京107,021人、大阪13,123人、兵庫11,107人、愛知10,139人、静岡6,337人と大都市中心に甚大な被害があった(東京新聞調査より)。静岡が意外に思われるが、戦前から航空隊の拠点かあり、航空機や兵器に関連する軍需工場が多くあったため、浜松を中心に27回の空襲を受けている(因みに大都市で言えば神奈川は5,824人で静岡に次ぐ数)。だが今挙げた数値には原爆の被害が含まれない。広島、長崎の原爆を加えると、広島142,430人、長崎71,695人となり、死者数の上位から並べると、広島がトップ、長崎は東京に次ぐ3番目に多い都市となる。東京も3月の東京大空襲や山の手の空襲など、繰り返し空襲を受けたが、二桁の死者数の大半は1945年3月10日の所謂、東京大空襲の際のものだ。その東京大空襲では、のべ325機のB-29が空襲を行い、38万発の爆弾や焼夷弾を投下した。かたや広島、長崎はそれぞれ1機(爆弾を搭載した機体は1機だが、観測機など複数機で編成された隊)のB29が落とした爆弾は1発である。広島にはエノラ・ゲイ号が「リトルボーイ」(ウランを利用したガンバレル型)を。長崎にはボックスカー号が「ファットマン」(プルトニウムを利用したインプロージョン型)をそれぞれ投下した。合わせてもたった2発の爆弾が、両県の20万に上る人命を奪った。人類はそれ以来核兵器を戦争で使用していない。
毎年夏がやってくると語られる原爆や戦争の記憶。一昔前なら戦争を体験した世代が多く居たから、夏にならずとも人々の記憶には常にあの戦争の惨禍があったかもしれない。そうした戦争体験者の多くが鬼籍に入り、今は体験として語れる人も少ない。だからこそ、この夏の1日をこれまで以上に大切な日と考えなければならない。我々戦後世代が今後も平和を希求する一国民として、いや今なお世界中で戦争が起きているから、地球上の人類の中の1人として。核兵器は勿論の事、戦争は悪である。
我々は平和のありがたさを忘れないために、戦争の記憶を失ってはならないし、語り継ぐ使命があるのだと思う。だが、得られる知識の大半は書籍や映像からであり、それを記したもの、制作したものの考え方や知識に縛られる。仮に誤った情報であれば、その過ちに気付かずに後世に語られてしまう可能性もある。前述した広島や長崎の被爆者の数ですら、正確な数字は未だ判らないし、情報ソースによって数万人の開きがある(南京大虐殺も同じだが)。確かにその数字の正確性よりも、それに至った経緯や、そうした行為があった事自体を悔い、反省すべきであるとの意見も理解できるが、誤った数字や情報は尾びれ背びれがついて、最終的には全く違うストーリーになってしまうことがある(本書内では学校教育の場にすら、それはあるとの記載がある)。だからこそ、広く情報を公開する側はファクトに基づく正確な知識が必要であり、それが情報を伝える側の責任である。本書は広島と長崎の原爆にまつわる、世の中に広がる誤解や誤認識を一つずつ丁寧に訂正していく内容となっている。生きた情報源が減り続ける今だからこそ、将来を憂い、誤りを正し、より正確な情報を押さえておきたい。そう思う方は本書を手に取ってみると良いだろう。先ずは知りたいという若い世代にも、始めに触れる情報として、ここから戦争に関する情報収集を開始するきっかけにもなるだろう。

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2026年07月19日

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