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  • 女官 明治宮中出仕の記

    女官 明治宮中出仕の記

    ビジネス・実用

    3.9
    1巻1,540円 (税込)
    明治天皇と昭憲皇太后に仕えた女官の手記。華族・久世家の長女、三千子の見聞は、宮中のしきたりや天皇皇后の実像を生々しく伝える。数十人にのぼる女官のさまざまな職名と仕事、天皇自らが名づけた源氏名とニックネーム。「雀」と呼ばれた三千子は、天皇皇后の睦まじい様子に触れ、女官たちに気安く声を掛けて写真をねだる皇太子(大正天皇)に戸惑う。さらに、「俗の言葉でいえばお妾さん」である権典侍と、皇后の関係とは――。

ユーザーレビュー

  • 女官 明治宮中出仕の記

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    ある女官による、出仕の記録。

    かなり赤裸々に語られており、
    本来ならばつまびらかにされるものではない宮中の様子を、分かりやすく伝えている。

    歴史的史料としても、有意義。

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    2023年11月29日
  • 女官 明治宮中出仕の記

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    明治時代の宮中の様子を、まだ少女といえる年齢で女官として上がった華族の女性の目を通して詳細に記した本。内容はどこを取っても驚き。
    文章は感受性豊かな自然体で色や匂い音が容易に脳内で再生される。全体的に「上品な意地悪」という塩味が効いてるのか最後まで全く飽きない。
    大好きな本。

    0
    2023年07月24日
  • 女官 明治宮中出仕の記

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    ネタバレ

    明治天皇皇后両陛下に仕えた女官の手記。
    昭和天皇の侍従のは読んだことがあるけれどこちらは初めて。
    知ることのない宮中のこと。面白かったー。

    明治天皇の美子皇后は聡明だけど子供がなかった。もし皇太子でも産んでたら、日本の歴史の一部も変わったかもね、という意味のことまで書いてある。また、大正天皇のことを赤裸々に書いてある、、というかディスってるし、明治天皇がもっと長生きしてたら日本はこんなにみじめな姿になってなかったんじゃないかとも。攻めてるなー。

    雑誌などに嘘が書いてあるから、女官時代のことを思い出すまま書いた、とある。タブーを破って1960(昭和35)年によく出せたなーと。←平成天皇の皇太子時代のご成婚の次の年。

    0
    2023年03月24日
  • 女官 明治宮中出仕の記

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    明治時代の宮廷の様子が実際の体験をもとに綴られている。
    巻末の解説も詳しくて興味深い。

    明治天皇を中心に宮廷が一丸となって西洋風のマナーを日常に採り入れようと、みんなで一緒にランチをしたり洋装でお庭に出てピクニックをしたりという話題が続いている部分もあり、なんだか楽しそうだなと思った。

    意外と活発な若き日の大正天皇の様子をはじめ、さまざまな人々との交流も記されており、社会人になって責任ある仕事をこなしているという若者の開放感が全文に満ちている。

    0
    2021年03月31日
  • 女官 明治宮中出仕の記

    Posted by ブクログ

    堂上公家・久世家の姫様は、明治天皇の后・美子皇后付の女官として
    18歳で宮中に上がった。

    「宮中で見聞きしたことは他言ならぬ」。

    その禁を破って、著者が自身の体験を綴ったのは退官から約40年後
    の昭和35年だから、明治天皇も美子皇后もお許し下さるだろう。

    江戸時代の大奥ほどではないにしろ、奥向きの仕事を担う女性ばかり
    の生活はきつかっただろうなと感じた。オブラートに包んだ書き方を
    しているが、妬み・嫉みが渦巻いていたのだろう。勿論、著者を気に
    かけてくれた方もいたが。

    他にも直に接した明治天皇と美子皇后のお人柄がしのばれるエピソード、
    両陛下の日常のご生活の様子、宮中の年中行事についてなどが、宮中
    言葉を交えながら描かれている。

    特に印象に残ったのは大正天皇に関する記述だ。元々病弱であったのに、
    元勲たちから明治天皇と同等の資質を求められ、心のバランスを崩して
    しまった不運な天皇。得意であった和歌や漢詩の才能や、明治天皇とは
    違うのだと言うことを周囲が認めていれば、大正時代はもう少し長った
    のではないかとの印象を持っていた。

    だが、本書では歴史書では知りえない大正天皇の一面が記されている。
    皇太子時代の大正天皇は宮中へ上がった際に著者に目をつけていた。
    そのご執心は明治天皇崩御後、新帝として即位してからも変わらない。

    新たな両陛下にお仕えする話を断り、皇太后になられた美子皇后付の
    まま青山御所へ移っても、何かと理由を設け青山御所へ赴き、必ず
    著者を名指ししてお召しになっている。

    大正天皇のご執心に薄々気がついていた皇太后は、名指しでのお召しが
    あれば病欠という手を使い、御前に出ないよう気を浸かって下さる。
    実母ではないが、母として息子である大正天皇のこのお振舞いを、
    苦々しくお思いだったのかもしれない。

    著者は皇太后崩御後に退官し、数年後に結婚するのだが、大正天皇は
    この結構ん披露宴の日時までご存じだった。不敬を承知で言う。ここ
    まで来るとストーカーだ。

    ただ、美子皇后を実の母であると信じて疑わなかった大正天皇が、
    実母は側室であることを知った時の衝撃は大きかったのだろうな
    とは感じる。

    巻末には宮中の言葉の一覧、今は失われてしまった明治宮殿の見取図
    が掲載されている。明治の終わりから大正の始めにかけての宮中を
    知るのに貴重な資料でもある。

    0
    2018年11月27日

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