ケネス・J・ガーゲンの作品一覧
「ケネス・J・ガーゲン」の「現実はいつも対話から生まれる」「ダイアローグ・マネジメント 対話が生み出す強い組織」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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ビジネス・実用
ビジネス・実用
Posted by ブクログ
・社会構成主義
→現実=社会的に構成されたもの
そこにいるひとたちが、そうだと合意してはじめてリアルになる。
・社会的な関係性や、文化的な見方を離れて世界を語ることはできない。
・コミュニケーションをとるたびに生きている世界を構成している。
・その説明が正確かどうかは、それぞれの世界の伝統にかかっている。
・伝統の一つ一つに価値判断がある。
・あらゆる事実の描写には、良くも悪くも、何らかの価値観に基づいた伝統が保持されている。
・自然科学も一つの価値観に過ぎない。
・人が既存の伝統の中だけにとどまり続けるなら、それ以外の価値観を持つ伝統は、単に無関係とされるか、あるいは抑圧される。
・絶対的な真実はなく、コミュニティの中での真実がある。
・一つの文化における真実を、超越的な真実とするときにトラブルは起こる。
・構成主義は、意味の源を個人から関係に置き換えることを行おうとしている。
・語りの中の「政治的な性質」をつかむことが大切。
・コミュニケーションをとるということは、相手の側に「意味」を持たせるということ。
→声に反応する「挨拶」と構成し直す。
・人生に悩むとき、人は物語を通して生きている。
・力を獲得できる物語で再構成する。
・偏りの存在に気づくこと、偏りによって誰が得をしているか気づくこと、誰が見えない存在になっているのか気づくこと。それによって新たな可能性が見える。
・議論とは本質的に、「他の手段での闘争」である。
・「無知」だという人は、すべてにおいて無知なのではない。その人を構成するコミュニティの中での真実。
・全ての真実は「伝統の中で」真実。したがって、伝統的なリサーチ方法は、特定の目的に対して価値ある効果を上げられる。
Posted by ブクログ
しきりと出てくるのは、この世に絶対的なことなどないが、それぞれの文化の中では真実であると言うこと。
正直この考え方にはとてもしっくりきている。人それぞれが異なる思想を持っていて、異なる動機で異なる行動をする。それを受け入れられないとか、間違っているとかって言うのは簡単だけど、それってつまらないよなって思う。
その行動や思想はどこからくるものなのか?その人の文化的背景はどんな世界を構成しているのか?そんなことを想像してみると、自然と対立ではなく、対話というコミュニケーションに変容していくのではないかなって思う。
また、この思想の面白いところは、完全という存在を否定することから、他の思想との対立を交わしているってところ。全ての思想や営みに対して、それは真の意味での真実ではない、なぜなら真実などないから的なスタンスになるけど、構成主義はその押し付けにはならない。多様性を認めた上で振舞って、その限定的な真実を生かしていくっていうことなんだよね。
この世に正解なんてないよ。なんてことは何度も言われてきているけど、むしろその世界でどのように構築してもいいってことだから、むしろワクワクしてきているけど、それって少数派なのかな。正解がないことに不安を覚えるのが普通の感覚なのかな。、。
なお、コーチングにおいて大いに役立つ内容でもあった。文化に限らずその人の背景まで思いを馳せて話を聞くスタンス、その人の見え方っていうものがあって、それはその人によって作られている。個人主義に近いけど、この人がどのように構成していくかによって、世界の見え方は変わってくる。そして自分もそう。そのようなメタ的な構造を意識できることはコーチングマインドに近いものを感じるよね。
Posted by ブクログ
社会とは関係性や他者との共通認識によって形作られてるものである。一つの対象でも見方によって全く異なる解釈ができ、複層的な見方で社会は構成されている、という話かな。好きな考え方だし、内容もそこまで固くなく読みやすくて良かった。折を見てまた読み返してみたい。
基本的に私も同じような価値観で生きているなと感じたので、私も社会構成主義者なんだろうと思った。
女はこうだ、外国人はこうだ、高齢者はこうだ、というステレオタイプな見方も否定している。
というか。そういう狭い了見で社会を見るとつまんないし間違えるよね、という単純な事を指摘してるだけなんだよな。
科学から見える事実と、宗教から見える事実は異なるが、それぞれの見方からしか得られない事実はどちらも重要なものであり、優劣はない。
痛みや試練に対する捉え方として、苦痛と捉えるか、乗り越える試練と捉えるかは関係の文化による。
探求的ナラティブという考え方が面白かった。人は自分自身を精神的な悟りに向かう使命を持つと考えるそうだ。そこまでは思った事ないなぁ。
リーダーシップも関係性の中で形作られるという考え方もしっくりくる。
対話に参加する人たちがリーダーシップの役割と行動を自分達の間で創造するときにリレーショナルリーダーシップが生まれる。
ただ実践論的な章ではもう少し深掘りが欲しかった。アプリシアティブ・インクワイアリーは肯定的に問題を調査する、ポジティブコアを見出す(上手く行った時はどうだった?みたいな)考え方だと思うが、それだけで上手くいくと考えるのは少し楽観的すぎると思うんだよな。
コラボレーティブ(協働)もそう。そんなに上手く協働できない人や組織は沢山あるよね。
パブリックカンバセーションプロジェクトは至って普通の行動だと思った。要するに議論の前に雑談しましょう、同じ人間だと理解できれば建設的な対話ができます、って事。飲みニケーションとかアイスブレイクとかと同じ発想だよね。当然大事だけど。
あと男性と女性の好むナラティブ(語り)の違いが面白かった。男性はモノミス(主人公が冒険して英雄になる物語)を好み、女性はそういうストーリーより人間関係の記述を好むらしい。
あと最後の方の道徳的相対主義への批判(構成主義はいろんな見方を認めるので道徳的価値が曖昧になる、と理解)に対する反論も、なんか甘く感じた。
構成主義を既存の「善」の価値観に立脚したものだと説明しているが、その価値観すら相対的なモノで社会構成主義では前提にしてはらいけないのでは?と思う。
例としてフェミニストやゲイ、精神患者グループなど少数派に力を与える考え方だと述べているが、それも社会的な認知が進んできたから出てきた思想であり、批判に対する反論にはなってないと思う。要するに治安が悪化して犯罪推進派が増えたらその価値観も認めなきゃ行けないのが社会構成主義の弱点なのでは?と思ってる。
まぁ、主義というと矛盾が出てくるが、個人的な社会の捉え方としてはとても有意義な考え方だと思うし、個人的にも推したい思想です。