『恥さらし』
映画『日本で一番悪い奴ら』の原作となった、北海道警察史上最大の汚職事件である稲葉事件の犯人、稲葉氏が書いた自省録。
学生時代は柔道に明け暮れた稲葉氏は今でいうスポーツ枠のような形で北海道警察に就職する。その後、1990年代の銃器摘発キャンペーンの中で、銃器の摘発の過酷なノルマを課さ
...続きを読むれ、目標達成のために反社会勢力との交際を始める。稲葉氏は、多数の暴力団にエス(スパイ)のネットワークを形成し、銃器や覚せい剤の摘発に繋がる情報を引き上げていく。次第に、そのようなネットワークを駆使して成績を上げていく稲葉氏は銃器対策課のエースと称されるようになる。一方、多くのエスを養うために資金が必要になった稲葉氏は自分の給料やカードの信用枠などを積極的に貸し出し、文字通り、身を粉にして働く。そして、エスを養うために、稲葉氏自身が覚せい剤のブローキングビジネスをはじめ、潤沢な資金を形成していく。そんな中、次第にエスカレートしていくノルマに対して、稲葉氏を含む銃器対策課は香港マフィアと関東の暴力団を仲介し、大量の覚せい剤と銃器のブローキングを画策すると同時に、泳がせ捜査で一気に大量の銃器を押収する計画を立てる。しかし、本計画は結果として一部のエスの裏切りにより頓挫し、あろうことか日本に大量の覚せい剤を卸すだけで終わってしまう。そのような失態も重なり、当時の銃器対策課のチームは解散し、稲葉氏は閑職を押し付けられる。明らかに斜陽となった稲葉氏は自らが売買していた覚せい剤に手を付け、エスの密告により最終的には覚せい剤取締法違反で逮捕されるという物語である。本書では、当時のノルマの厳しさや、ノルマ達成のためにほとんど多くの道警の人間が反社会的勢力との交際をもっていたことなど、自らの罪を赤裸々に告白していく。同時に、当時の稲葉氏の交際をすべて黙認し、稲葉氏の成果で甘い汁を吸っていた当時の上司が逮捕されていないことへの恨み節を炸裂させている。なぜ上司が捕まっていないかと言えば、稲葉氏の逮捕でこれまでの悪事が表沙汰になることを恐れた別の上司や、稲葉氏を密告したエスも獄中で自殺していることで、自殺した別の上司にすべてを責任転嫁し、自らの関与を否定したからである。
これだけ大きな汚職事件を容認した上に、最後は部下に責任を押し付け、今でも罪を償わずにいることを考えると、怒りを禁じえない。
本書、読んでいて何かに通じるものがあると感じたが、それはハンナ・アレントの『エルサレムのアイヒマン』である。アレントは、第二次世界大戦中に、ホロコーストの指導的立ち位置を担っていたアイヒマンの裁判を傍聴し、アイヒマンが何の変哲もない人間であることを報告した。そして、それをもって、アレントは「悪の凡庸さ」という言葉を世界に発信する。つまり、人類史上最大級の虐殺を指導した人物は極めて、凡庸であり、悪というものは誰もが簡単に近づいてしまう危ういものであることに警鐘を鳴らした。また、アレントはアイヒマンについて「愚かではないが、徹底した無思想性」に悪の素因を見出した。
本書を読んでいて感じるのは、稲葉氏の無思想性と、やはり凡庸さである。確かに、実直にノルマ達成を目指し、多くの人が行っていた暴力団員との交際により成果を上げることは、凡庸ではないものの、稲葉氏には一概に、全く異世界の人間とは思えない人間らしさがある。そして、その人間らしさこそが恐ろしさでもある。自ら覚せい剤の取引を行うことや暴力団と交際すること、さらには香港マフィアとの闇取引を仲介することなど、本書では徹頭徹尾異常な行動がとられているが、しかしながら、その目的にはノルマ達成のための銃器摘発という合理性の筋が一本通っている。ここが、まさしく本書の最も恐ろしいところであろう。
また、このような事件に、オルタナティブを持たない組織の怖さと言うものも感じた。警察組織は、日本に1つしかないため、ノルマ達成ができない場合には、一生警察組織の中で出世できずに閑職でいることに甘んじるしかない。そのような恐怖心が、このような闇取引に手を染めてしまった原因なのかもしれない。そもそも、ノルマとは組織内の取り決めであり、組織が異なれば、別の目標やノルマがあるはずである。一般社会では、転職することにより、別の領域で再出発することもできるだろうが、殊、警察組織ではそのような選択肢がない。画一的な組織目標により、人々は個人の思想性に意味を見出しずらくなる。そして、思想性を失ったとき、規範からの逸脱はすぐ隣まで来ているのだろう。
昨今、三菱電機等、日本の伝統的大企業での検査不正や隠ぺい体質などが話題に上がるが、その原因の一つはやはり、選択肢を持たない人々が次第に思想性を失っていき、上意下達に倫理が入り込む余地がなくなってしまうことなのではないかと思う。(その意味でも、職の流動化というものは悪いものではないと感じる)
色々と考えさせられる一作であり、ぜひ多くの人に読んでほしいと感じたために、このレビューを書くことにした。