守如子の作品一覧
「守如子」の「女はポルノを読む 女性の性欲とフェミニズム」「基礎ゼミ ジェンダースタディーズ」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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ビジネス・実用
ビジネス・実用
Posted by ブクログ
非常に勉強になりました。
大学で様々なジェンダーに関するレクチャーを受けた気分です。
女性はメイクすべきか、男子同士のふざけ、スポーツは男性の方がむいているのか、女性専用列車は男性差別?、家族とは何、などなど。
それぞれに、自分を問い直すワークがついているのも秀逸です。
中でも、一番しっくりきたのは第5章「男性学、ホモソーシャルな絆」です。
男の子同士の「カンチョー」「ズボン下ろし」などの性的なふざけ。女子がやるとすごく怒られるのに、男子なら男の子だからね、みたいな部分があったりしますよね。
”男子間の性的侵害行為”は性被害という認識が働きにくい。
男子の方が攻撃的な”はやし言葉”(殺してやる、ぶっとばす)とかを使いがち。男子の攻撃性は社会から容認されがち。
男同士の異性愛前提の下ネタ、エロ話ができて一人前の男とみなされるのは「ホモソーシャルな絆」という言葉で表現されている。男性を性的主体、女性を客体ととらえる意識を持ちやすい。
これに気乗りしないのに合わせなければならない男子もいる。そして、異性愛主義、男性の攻撃性は認められる文化からから性被害につながっていく。
戦い遊びや性的ふざけの危険性を授業で伝えることは、子どもだけでなく、保育者・教師にも行う必要性がかかれている。
グサっときたのは、
痴漢被害にあいたくなければ女性専用列車を使えば良いという考えがあるが、「女性専用車両があること自体、恥ずかしいことではないだろうか。」という一言。
第14章女性にも「特権」はあるの?
このワークが素晴らしかったです。(p.154)
(1)「特権」に関する以下の項目についてあてはまるものに丸をつけよう
1、あなたの名前は?と尋ねられたら躊躇せずに答えられる
2、友人の親からどこに住んでいるか尋ねられたら、迷わずに答えられる
3、履歴書などの性別欄に、躊躇うことなく性別を言える
4、生理や妊娠、出産のことを考えずに、自分の予定や仕事の予定を考えられる
5、恋人のことを、躊躇うことなく人前で話すことができる
6、運動会では、いずでかの種目に出ることができる
7、家族の構成を尋ねられたら、躊躇なく答えられる
8、親の勤務先を尋ねられたら、迷わずに答えられる
9、家族の世話などを気にせずに、自分の予定を決められる
10、結婚に関して、自分の姓が変わることなど想像しない
(2)あなた自身、社会における自らの位置についてどのように感じただろうか。また、特権を利用するとどんな気分になるだろうか。なぜ、そのような気分になるだろうか、考えてみよう。
見えない世界を言語化されました。勉強になる一冊です。
Posted by ブクログ
女性用ポルノを扱う研究はなかなか見ないので、大変面白かった。女性用ポルノにおける強制性の扱い方のあたりはほんとにスリリングでおもしろい。返す刀で男性用ポルノにおける女性の主体性にも言及するのも見慣れた男性用ポルノについての新たな視点でおもしろかった。
ポルノグラフィーの量的分析が中心なので、なぜそのようなポルノグラフィーになるのか?そこにはどんなジェンダーバイアスがあるのか?という言及はあまり多くなかった。次はそのような視点の論考を書いて欲しい。
あとは漫画以外の映像媒体についても女性用AVとか出てきているので研究してほしい。
この手の本が読まれず未だにマッキノンやドウォーキンが幅を利かす日本の謎のガラパゴスフェミニズムはいったいなんなんだろ。
Posted by ブクログ
ポルノを「女性に対する人権侵害」と画一的に決めつける議論が、女性たちの多様な性的欲望を無視していることに疑問を投げかけ、女性向けポルノコミックが何を表現しているか、だけでなく、むしろ女性たちがそれらをどう主体的に読み解いているかに焦点をあてた、実に説得力があり、かつ刺激的な論考だ。
本書が分析の対象としている女性向けポルノコミックは、いわゆる「レディコミ」と「BL」である。ジャンルとしての成立はBL(当初の名称は「ヤオイ」)の方が早く、女性向けポルノ市場の成長可能性に気がついた企業が、BL作家に同じことを男女の絡みで描いてくれと依頼したのだそう。
この点に関連して、注で引用されている鈴木薫の発言が、私的には実はいちばん面白かった。つまり、女性向けポルノは、女の欲望が本来男に向けられるべきとは想定しておらず、むしろクイアーな欲望こそがベースになっているというのだ。この観点から考えれば、性的「指向」がそもそも男性モデルではないのか、女にはそもそもヘテロセクシュアルな欲望なんてあるんだろうか、とさえ、鈴木は問いかけている。こんなラディカルな議論、はじめて聞いた!
と注に激しく興奮してしまったけど、本文の守の議論も十分に刺激的だ。鈴木が指摘しているように、女性ポルノがBLに起源をもつという事実は、男/女の欲望を対ととらえる枠組みを無効化してしまう。そこで代わりに導入されるのが、BLで用いられる「攻め/受け」という関係性であり、P.カリフィアのS/M理論である。ここから、男性向けポルノコミックと女性向けポルノとの比較分析を通して、男性向けポルノが基本的に「受け」の位置にある女性を「見る」主体を立ち上げるのに対して、女性向けポルノにおいてはジェンダーの固定化が比較的緩く、読者の多数を占める女性たちは、「受け」と「攻め」の立場にアイデンティファイしたり、ときに客観視したりしながら、主体的に快楽をひきだしていると論じられている。また、暴力的表現を含むポルノに恐怖を感じることなく、ファンタジーとして安心して消費できるよう、さまざまな技術が駆使されていることが、SM理論を援用して論じられ、そうした安心化の技術が、ある程度男性ポルノにも共通するものであることも指摘される。
女性たちが置かれてきた切実な状況について言語化したフェミニストによるポルノ批判の意義を正当に受けとめながら、一方でフェミニスト自身を閉じ込めてきた男/女のセクシュアリティの二項対立枠組みのもつ限界を明らかにし、そこから解き放たれたフェミニズムがもちうる可能性を示唆する筆者の建設的な姿勢につよく賛同する。カリフィアのSM論はもっと日本のフェミニストに読まれるべきだと、あらためて思う。