茂木秀昭の作品一覧
「茂木秀昭」の「ザ・ディベート ――自己責任時代の思考・表現技術」「こども英語教室 基本の英文法がゼロから学べる本」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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ビジネス・実用
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Posted by ブクログ
物事を論理的に考えるには、まず現在自分が持っている情報で判断出来るに、たるかを考え不足していたら追加の情報を探す必要があります。
日々、様々な本を読む習慣をつけるようになってこの情報を得ることには、慣れてきました。このお陰が興味があることが増えすぎて積読が増加して、本が読めないのが悩みです。
話を戻します。
この本は、学校では教えてくれない情報の調べ方について、調べる過程、その注意点を丁寧にされ、見開き2ページで分かりやすくまとめられています。
本を読むのが苦手な子でも右ページを読むだけでも十分理解出来る作りです。
学校のテストには、答えがありますが、仕事をしていると答えのないものばかりを対応します。
子どものみでなく新社会人もこの本を読んで情報を正しく、できればたくさん取り入れる習慣を持ってほしいものです。
Posted by ブクログ
【新卒研修で扱って欲しい内容!】
社会人4年目です。
調べ方を改めて勉強しなおしたいと考え読みました。特に下記が気に入りました。
- 「答えのない問い」へ答えを出すために調べる力が必要
- 本とネットの使い分け
社会人になってから、自分の欲しい確実な情報を、限られた時間の中で得られるようにしなければならない場面が本当に増えました。
また答えのない問い、やったことないことに手をつけることもしょっちゅうです。
そこで調べ学習が役に立つことを、この本は改めて教えてくれました。
自分がどれだけそれについて知っているかによって大きくアウトプットが変わるはずです。
その為の知識をどう得ていくのか、どう自分の力で出せるようにしていくか、そのヒントをくれる本です!
【おまけ】
巻末の参考文献もとても興味深い本が多いです!
こども向けに書かれている本の参考文献から、自分が欲しい本に出会う確率が上がるかも!と希望を感じるきっかけにもなりました!
Posted by ブクログ
ディベートについて、本来の定義から方法論と実践例、活用方法まで網羅した内容となっている
第1章 思考・表現技術としてのディベート
第2章 調査技術としてのディベート
第3章 コミュニケーション技術としてのディベート
第4章 問題解決技術としてのディベート
第5章 ディベートを社会に活かす
「ディベート」について、日本人の多くが「理屈で相手を論破する言い争いの技術」「サギをカラスと言いくるめる技術」というイメージを抱いているがそれは間違いだという
討論の勝ち負けが強調されがちではあるが、本質的には「論理的に思考し表現する技術」がディベート
「朝まで生テレビ」はディベートではないと断言する
相手の主張を遮って自らの主張を割りこませる技術に長けた人の主張が受け入れられている
ファシリテーターの仕切りに依存している
本来のディベートはそれぞれの持ち時間内に主張と反証を繰り返すもの
ディベートは相手の論旨を傾聴し、議論を掌握する能力が必要
情報収集、哲学、論理展開、傾聴、問題点の発見、短時間でのストーリー構成等々の訓練法として有効である
日本人の英語がわかりにくいのは、発音や語彙の問題ではなく、文章に論理性がないという指摘
日本語でもディベートを行うことで論理性が養われ、英語の文章作成が上達するという
ディベートの5つの鉄則
・主張するものは証明すべし
・沈黙は同意を意味する
・建設的な議論をする
・人格と議論を切り離す
・意見と事実を切り離す
テーマも大きく3つに分けられる
1.事実論題
2.価値論題
3.政策論題
未知の事実については証拠が重要視される
政策は政策の立案や実効性まで考慮する必要があるので、難易度が高い
その点で、価値論題はディベートの経験が少ない人でもとっつきやすい
日本では何故ディベートが馴染まない理由としては、重いテーマに関しては公の場で発言することは憚られる風潮があるからかもしれない
ディベートの鉄則である「人格と議論を切り離す」ができないのでしょうね
どれだけ論理的でも倫理的に欠ける主張をすれば人格を疑われる可能性がある社会
本来のディベートはどちらの立場でも主張できる「技術」だけれども、「意見」の方が重要視されるからか?
センシティブなテーマや一歩間違えると差別的な主張になってしまうテーマに関しては口を噤むのが良しとされる風潮のままでは、ディベートという文化は根付かないと思う
では、どうやって意見が表層化しているかというと、現代の日本ではネットの影響力が強くなってきているのではなかろうか?
ただ、意見の多寡や影響度を為政者やメディアがいいように操っているわけで、それも実態を表してはいない
それらの意見を無視した方針を打ち出す政府ですものねぇ
選挙では人や政党を選ぶしかないけど、個別の政策について議論するする場があったらいいのにとは思う