柳生宗矩の検索結果
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[新訳]兵法家伝書
江戸幕府初期の将軍家兵法師範にして、参謀的な官僚(大目付)の地位にあった柳生宗矩が、当時の先駆的な剣の道、新陰流の剣理を大成した書。江戸時代、天下泰平の世を迎えたとはいえ、幕藩体制の基礎が固まっていたとはいえない家光の時代に、「力の政治」を断行するためには強い先導力と決断力がリーダーに求められた。本書は、宗矩の兵法の教え子だった三代将軍・家光に、幕府要路という立場から、兵法の理を通して、強いリーダーシップを培うための「経世」の書として呈上したものでもあった。『兵法家伝書』(「殺人刀の巻-指導者の道心」「活人剣の巻-心は自由自在」「無刀の巻-虚なる心の力」)に加え、宗矩に思想的な影響を与えた沢庵著『不動智神妙録』の抄訳も掲載。混迷を深める今日に、指導者の心の錬磨のうえで、示唆に富む一冊といえる。 -
<剣豪と戦国時代>柳生宗矩と新陰流の極意
柳生宗矩は、どのようにして一介の剣豪から万石を領する大名に上り詰めたのか? 家康に見出され、秀忠への忠勤に励み、家光の信頼を獲得し、新陰流を将軍家御流儀の地位に押し上げるまでの経緯を徹底解説! 柳生新陰流の極意に迫る! -
猛き黄金の国 柳生宗矩
文禄二年(1593) 23歳になる柳生宗矩は、己の剣の道について悩んでいた。鉄砲という新たな武器の前で、果たして剣がどんな意味を持つのか・・・。そんな折、父・石舟斎のもとに時の人・徳川家康の使者が訪れた。世が動乱の時代を迎える中、宗矩の運命も大きく動き出す。徳川幕府の政府を作りし男・柳生宗則の人生! -
柳生宗矩の人生訓
徳川幕藩体制に組み込まれることなく、一匹狼として生きた宮本武蔵に対し、新体制のなかで柳生新陰流を生かす道を見出し、惣目付の役職を得、大名にまでなった柳生宗矩。本年の大河ドラマ「武蔵」後半最大の山場は、この武蔵と宗矩の対決である。戦いの結果がどうなるかはドラマに譲るとして、武蔵のように孤高狷介な道を歩むより、宗矩のように組織と折り合いをつけながら自己実現することこそ、多くのサラリーマンが望むところではないだろうか。本書は、そんな組織人に贈る生き方指南の書である。組織の中に身を置きながらも「やりたいこと」を貫く方法は必ずある、という著者の願いが、柳生宗矩の生き方から様々な教訓を導き出した。「チャンスは自分でつくり出せ」「不遇時の支持者には恩を返す」「トップの信頼は皆におすそ分けする」等の言葉に目を開かれつつ、現代にも似た「激変の時代」を生き抜いた柳生宗矩の人生をも追体験。欲張りな読者にうってつけの書。