真田幸村と大坂の陣シリーズ作品一覧
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<真田幸村と大坂の陣>真田丸、道明寺そして家康本陣へ
大坂の陣でもっとも活躍した人物をあげるとすれば、それはもちろん真田幸村になるだろう。西洋築城術にも似た画期的な真田丸での攻防。大坂方最後の勝利、道明寺合戦。そして、徳川家康に肉薄した天王寺決戦。大坂の陣の花形、真田幸村、最終決戦! -
<真田幸村と大坂の陣>壊滅の危機を救え! 伊達勢を退けた幸村の機転
慢性的な物資・人材不足に悩まされた豊臣勢は、迫りくる徳川の軍勢に苦戦を強いられる。そして、伊達勢によって猛将・後藤又兵衛が討たれたことで戦局は動いた。勢いに乗る伊達軍に蹂躙される豊臣軍。迎撃に向かう幸村は全軍崩壊の危機を救うことができるのか。 -
<真田幸村と大坂の陣>混成軍団を操る幸村 大坂の陣の評価
大坂の陣の花形といえば真田幸村である。それは単に家康を追いつめただけで得られた名声ではなかった。巧みな家臣団構成、大坂陣中における的確な判断。その才能を、徳川方も見逃さなかった。そんな中、一体誰が幸村の心を読み違えたのか。幸村関係3編を収録 -
<真田幸村と大坂の陣>死ぬも生きるも共に 幸村の戦友たち
大坂の陣、幸村ら豊臣方は常に苦戦を強いられた。それでも男たちは戦国時代最後の大戦に集う。ある者は豊臣家への恩顧に報いるため、またある者は武士としての死地を求めて…。幸村と共に戦場を駆け抜け、それぞれの信念に殉じた男たちを紹介する。 -
<真田幸村と大坂の陣>終焉に咲いた大輪 真田幸村の奮戦と散り様
関ヶ原の戦いの後、父とともに牢人となった真田幸村。それから十四年、ついに雪辱を晴らす機会がやってきた。寄せ集めの軍勢を率いる苦労から、真田丸での勝利、家康本陣への突撃、そしてその最期まで。今なお語り継がれる猛将の戦術、武勇を徹底解説する。 -
<真田幸村と大坂の陣>豊臣家に引導を! 幸村の好敵手たち
大坂の陣勃発! 幸村たちと相対する徳川方の中でも、特に幸村に対抗心を燃やしていたのが二代将軍・徳川秀忠。上田合戦で味わった屈辱を今こそ晴らさんと、並々ならぬ決意でこの一戦に臨んでいた。秀忠ほか、幸村と刃を交えた好敵手たちを紹介する。 -
<真田幸村と大坂の陣>不落の砦出現す! 真田丸の奮戦
大坂冬の陣、幕府軍の心胆を寒からしめた真田幸村の秘策・真田丸を解説! 大坂城を囲んだ幕府軍二〇万に反撃を――大砦・真田丸を築いた謀将・幸村は、真田家伝統の用兵術と一糸乱れぬ統率力で大軍を翻弄する。日本一の兵と称された幸村の奮戦に刮目せよ! -
<真田幸村と大坂の陣>幸村渾身の策 真田丸のルーツとは?
真田丸――大坂城南東に築かれたこの巨大な出丸を駆使し、徳川方に大損害を与えた真田幸村。父・昌幸から受け継いだ戦法の原点は、意外にも大坂の陣から三十年以上前の長篠合戦だった!? 真田家必勝の戦法はどのように生まれ、遂行されたのか探究する。 -
<真田幸村と大坂の陣>幸村最後の戦い 歴史に刻まれた武の真髄!
城外出撃に失敗したものの、幸村らの奮戦で辛くも壊滅を逃れた豊臣軍。しかし、戦国の世の終わりは刻一刻と迫っていた。最後の戦いに挑む幸村は、混乱を極める戦場の一瞬の隙を衝き徳川本陣を急襲する。日本一の兵と呼ばれた男の真髄がここに!