武澤秀一の検索結果

  • 伊勢神宮の謎を解く ──アマテラスと天皇の「発明」
    4.1
    日本全国の神社の筆頭に君臨する伊勢神宮。しかし、その成立の背景には、さまざまの「謎」がつきまとう。伊勢神宮の誕生は、はたしていつだったのか。大和の王権がなぜ伊勢に最高神をまつるのか。当初そこにまつられた国家神とは何か。皇祖アマテラスはなぜ「発明」される必要があったのか。そして、心の御柱と神鏡という二つの御神体が共存するわけとは……本書では、こうした難問を、列島における神話と神社誕生の根源にまでさかのぼり、あざやかに解き明かす。
  • 持統天皇と男系継承の起源 ――古代王朝の謎を解く
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    古代の大王・天皇には男性と女性、男系と女系が入りまじっていた。それが男系ばかりになったのは、なぜか? そして、いつ、誰が、どのように? 本書がまず注目するのは、天孫降臨神話とともに成立した持統「双系」王朝である。始祖となった女性天皇は代替りをタテの血脈でおこなう天皇制システムを創出し、皇祖神を祭る伊勢神宮に永遠の更新システムを埋め込んだ。しかし持統没後、双系継承は覆る。男系継承は藤原不比等が主導した平城京遷都に仕組まれていたのだ。神話、大嘗祭、王宮や王都、終末期天皇陵から古代王朝の謎を解き明かす。
  • 神社霊場 ルーツをめぐる
    3.8
    古代日本人の信仰の対象は、豪華絢爛な社殿や伽藍ではなく、山、川、巨樹、奇岩など自然界の森羅万象だった。本書は、日本人の信仰心の原点をもとめ、神社霊場をめぐる旅に誘う。
  • 建築から見た日本古代史
    3.5
    建築とは、権力者たちが駆使した政治的言語である──。日本誕生の舞台となる古代において建築は、権力者が自らの権威を明らかにし、体現する文明の壮大さ、美意識の優越を高らかに宣言する最大最強のメディアであった。飛鳥寺、法隆寺、四天王寺から本薬師寺、伊勢神宮式年遷宮にいたるまで、建築様式や構造、配置パターンのなかに、母系と父系、天皇と律令、ナショナリズムと文明開化、それぞれの葛藤と融合を見いだし、まったく新しい日本古代史を組み上げ、提示する。
  • 宗教建築を体感する 祈る心をかたちにすると
    NEW
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    宗教建築は聖典や経典とならんで、あるいはそれ以上に、宗教を知るのに適した創造物である。なぜなら、文字が読めない人びとにもその宗教の本質が伝わるように造られているからだ。実際、著者にしても探訪した土地のことばをほとんど知らない。それでも宗教建築を案内しようと試みるのは、文字が読めなくても宗教の本質を体感できるからだ。宗教建築は、その宗教を理解するための“巨大な書物”と言えるのだ。 また文字が読めても、人びとが聖典を読むことが可能になったのは、ドイツのグーテンベルクにより活版印刷が可能となった十五世紀なかば以降である。本書で訪れる宗教建築のほとんどは、グーテンベルク以前に建立されたものである。人びとは文字に頼ることなく、宗教建築のなかで、その前で、あるいはその周囲で説教を聞き、礼拝していたのだ。 そして宗教建築における礼拝法と宗教建築へのアプローチはつながっていることが多い。礼拝法とアプローチは密接に絡んでおり、切り離すことができない。礼拝は宗教建築のなかで、その前で、あるいはその周囲でおこなわれるが、宗教建築へのアプローチがすでに礼拝に含まれていることが多いのだ。それゆえ、本書ではアプローチのありかたをも含めて、〈回る〉〈進む〉〈彼方を視る〉の三類型に分けてそれをさらに展開、そして最終的には「どこに意識が向かうのか」をキーワードとして世界の宗教建築に臨むことにする。 宗教とか宗教建築とか言うと、どこか胡散臭く、カビが生えたようなイメージがつきまとうと感じる向きがあるかもしれない。だが宗教建築は人びとの礼拝のしかたを決めているとともに、その宗教が想定する世界観を体現しているのであり、けっして古臭いものではない。人類にとって不変かつ普遍の価値をもつものだ。だからこそ、いまでもわれわれの心を打つ存在でありつづけているのだ。 本書が読者を誘うのは宗教建築が発している、人類が記憶すべき多様な世界観の数々である。そこから、どんなあらたな気づきが得られるだろうか? 本書で得られる宗教建築のイメージは従来のそれを塗り替え、一新するものとなると自負している。読者にとって宗教と建築との、あたらしくもみずみずしい出会いとなることを期して、ともに宗教建築探訪の旅に出よう。(プロローグより)
  • 天皇たちの寺社戦略 ――法隆寺・薬師寺・伊勢神宮にみる三極構造
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    古代の天皇たちが建立した社寺建築は天皇の血筋を可視化し、即位の正統性を強くアピールしていた。社寺建築の配置タイプは天皇たちの血筋に明確に対応していたのだ。聖徳太子創建の法隆寺若草伽藍は塔と金堂がタテ一列だったが、天智天皇はこれを真っ向から否定し、塔と金堂がヨコに並ぶ法隆寺西院伽藍を建立。一方、天武天皇は三極構造の薬師寺を建立し、その妻持統天皇は三極構造を伊勢神宮の社殿配置に導入した。〈タテ→ヨコ→三極〉の変遷に秘められた天皇たちの戦略を探る。

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