あらすじ
わが道を極め、自在に生きる――剣術と人としての生き方を書き記した類まれなる書!
宮本武蔵(1582~1645)は、戦国時代を浪人(当時の表記は「牢人」)として生き、晩年は熊本にて細川家につかえた剣の達人である。
13歳で初めて剣の勝負をし、21歳からは都に上ったのち全国武者修行を始め、29歳までに60あまりの勝負をして、一度も敗れたことがなかったという。この時代、牢人たちは仕官の途を得るため、武名を上げる必要があり、武者修行という命がけのリクルート活動をしていたのだ。武蔵がそこで体得した剣術の極意を、晩年に著したのが『五輪書(ごりんのしょ)』である。
そこには、剣で敵を倒すための方法が書かれているが、それにとどまらず、厳しい鍛錬に耐え驕らない自分を保つための心得や、状況を見きわめ正しい判断をするための極意をはじめ、敵を知る(相手の立場に立つ)ことの重要性、突飛な手法の戒め、鍛錬の先に開ける自由などが記され、現代を生きる私たちに多くの示唆を与え、また活用できると著者はいう。その表現は文学的かつ哲学的で、それゆえに「名著」として読み継がれてきた。宮本武蔵研究の第一人者の一人である著者が、この歴史的名著を懇切でリアルに読み解いてゆく。
2016年5月に放送された「NHK100分de名著」テキストに「書き下ろし特別章」を加えた、待望の「名著ブックス」版。
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Posted by ブクログ
『五輪書』はすごい本だった、ということが、ポイントが絞られてよく伝わってくる。『五輪書』の原文を読むかどうかはさておき、武道をやっている人間は、その内容について、一読の価値はあると思う。
大前提として、『五輪書』が、特に剣術での実践を中心とした武術書であることが、当たり前と言えば当たり前だけれども、意外だった。現代では、その精神論が強調されて、ビジネス書の文脈などで読まれることもあるが、この本を読むと、あくまで武蔵が実践で戦った剣術家であり、その中心は武術書であることがよく分かる。
「地・水・火・風・空」の五巻からなる『五輪書』は、その大部分「水・火・風」の三巻が、剣術の鍛錬法と兵法、各流派の欠点の指摘を中心として武術論になっている。「水の巻」では、一武士として戦ううえでの、剣術の基本を示している。続く「火の巻」では、一人による剣術を敷衍する形で、多勢対多勢の合戦における戦い方まで広げる。最後に、「風の巻」では、自身の実践経験から、当時の他流派それぞれに見られる考え方の欠陥を指摘する。
自分も武術をやっている身からして一番面白かったのは、やはり実技書である「水の巻」だった。様々な流派に、様々な型があれど、究極的には五種類に分類されるという「五方の構え」。とはいえ、実践においては、構えというのはあってないようなものだとする「有構無構」。「手」の「生き死に」。「目付」に関する「観」「見」の二種類の違い。
古流の武術をやったことがある人間なら、なんとなく聞いたことがある言葉や概念が、ここまで体系的にまとまっていたことを、そもそも知らなかった。それくらいに、わかりやすく、かつ、合理的に整理されている。
他にも、武道をやっていれば、感覚的には知っていることについて、もう名前がついていたんだ、という発見もある。「火の巻」で紹介される「三つの先」など、感覚的には知っていたけれど、改めて名前がつけられて、きちんと説明されていて、ものすごく納得感があった。
とにもかくにも、武士としての生き方や精神論以上に、武術の技術指南書としての『五輪書』の魅力が、この上なく伝わってくる一冊。ある程度の武道経験者で、本を読むことに抵抗のない人には、一見の価値があると思う。