あらすじ
史学・考古学双方の研究を駆使して描く実態
ローマ帝国は衰亡したのか、独自の価値をもつ「古代末期」という新しいポジティヴな時代と捉えなおすべきなのか。本書は長年のこの議論をわかりやすく解説しつつ、「ゲルマン民族が侵入してきたとき、経済や社会に何が起き、人びとの暮らしはどう変化したのか」を、文献史料や陶器・家畜の骨・建築物(の跡)などを使い、史学・考古学双方の研究を駆使して描き出している。
ローマ帝国はさまざまな方法で経済的発展を促進し、税収による莫大な金銭を再分配した。ライン川とドナウ川に沿って駐屯していた職業的な軍が五世紀に崩壊すると、給料を得ていた何万もの兵士たちの購買力も失われ、彼らの装備を製作していたイタリア北部の工場も姿を消した。また皇帝たちは自身のために、交易を円滑にするインフラを維持したが、実際には貨幣は徴税官よりも商人や一般市民の手に渡るほうがはるかに多く、道路を旅するのも、軍より荷馬車と駄獣のほうがずっと頻繁だった。帝国の終焉とともに、これらへの設備投資は劇的に減少した。結果、地域の農業・工業の専門分化や作物・工芸品の換金が困難になると、住民はより生産性の低いシステムへの回帰を強いられ、人口は減少していく。
ローマ帝国の洗練された生産・流通システムがひとたび崩壊してしまうと、地域によっては先史時代の水準にまで後退し、回復には数世紀を要したという事実は、かなり衝撃的である。英国ペンクラブのヘッセル=ティルトマン歴史賞受賞。
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Posted by ブクログ
蛮族であるゲルマン民族の大移動で西ローマ帝国は滅亡した,というのは皆が世界史で習って知っているが,この数十年,少し学説が変化しつつあったらしい.すなわち,「ゲルマン民族は平和裏にローマ帝国に侵入し,支配者の交替はスムーズに行なわれ,ローマ文明はゲルマン民族に受け継がれた」との考え方が広まっていたらしい.
本書の主題は,そのような学説を再否定することである.やはりゲルマン民族によってローマ帝国は蹂躙され,ローマ文明は瓦解したのである.著者はその証拠として発掘される年代別の陶器の量の推移に着目している.それによると特に西ローマでは急激に文明が崩壊したことが明らかになった.ローマ帝国の文明は分業体制により大量生産された工業製品が,通過を媒体として,高水準に整備されたインフラを使って帝国領内にくまなく供給されることによって成り立っており,辺境の地でも大量の陶器片が発掘される.一方,蛮族の侵入以降は,国境の兵士たちへの給与の供給が滞り,消費は急速に縮小して,工業の壊滅に至る.
前述の「蛮族平和移行説」を唱えて歴史の改竄を謀っているのが北方ヨーロッパ人(=ゲルマンの末裔でEU内の和合を推進)とアメリカ人(=キリスト教は絶対善であるという考えに執着)であることに納得.