あらすじ
夏休み,兵吾と主税の兄弟は,鎌倉に住む大叔父さんのお屋敷に預けられることに.地元の少女,静音と知り合って遊ぶようになるが,ある日,切り通しを滑っているうちに,“時間が止まった”不思議な谷に迷い込み…….謎解きに乗り出した三人は,やがて瑠璃の伝説と,大姫の悲恋物語に行き当たる.本格ファンタジー.
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Posted by ブクログ
鎌倉を舞台にした歴史がらみのファンタジー。
鎌倉ならあり得るかもと思わせてくれる。
代々伝わる古い屋敷での親元を離れた夏休み、と大枠は非常に古典的。というか、あちらの世界との行き来や導き手である謎の白猫も含めて、舞台設定は全体的に古典的かもしれない。でも、何か心をつかまれて、最後のほうは一気に読んだ。
謎に迫っていく過程もかなりぐるぐるしていて、けっして鮮やかとはいえないし、大おじさんがいろいろ知ってそうなら、もっと早くきいてみればいいのに、なんて言いたくもなったけれど、夢か幻のようなことを正面切って訊くには、それなりの人間関係ができなくてはならない。バカにしないで話を聴いてくれる人だという信頼感がなくては、踏みこんだ話なんかできないのだ。そこらへんの機微が、大おじさんのちょっとした言動をあちこちにちりばめてちゃんと描かれているのがいい。
あと、静音のママ、夏子さん。大人である夏子さんがすんなり冒険の仲間に加わったのは、子どものころ冒険が途中で途切れてしまったからなんだろう。だから歳を重ね、一児の母になってはいても、夏子さんの心のなかには、子どものままストップしているところがある。それがタイムスリップで喪の儀式を経たことで少しだけ解凍されたのかもしれない。大人のかかえる問題をきっちり描いた児童書って実は好き。大人視点の読み方なのかもしれないけど。
夏子さんの冒険が途中で終わってしまったのは、当時仲よしで、あこがれの人でもあった27代兵吾(兄弟の伯父にあたる人)が、謎を解きあかす直前に海で命を落としてしまったから。そこらへん、何も書かれてはいないけど、ファンタジーの世界に足を突っこむことの危険性を暗示しているような気もする。大おじさんの奧さんも早く亡くなっているし、土蔵も焼け落ちているし、じつはこの家、いろいろと不幸に襲われている。その昔、古井戸に落ちた十代ぐらい前の主税だって、見つけてもらわなければどうなったかわからないのだし。だから、この兄弟が無事に謎を解くことができたのは、ほんとうによかった。
さいごに瑠璃(ラピスラズリの画像を検索してしまった)を井戸に投げこんだときの、華々しいフィナーレ感と、そのあとの寂しさ。瑠璃が手元に残らないからよけいに寂しいのだけど、お兄ちゃんの兵吾が何もかも書きとめてくれたからよかったね。亡くなった兵吾も記録者だったし、この兄弟はそういう役割分担なのだなあと。書きとめることで、冒険が、子ども時代のただのまぼろしではなく、この家の歴史として、また彼らの人生の1ページとして記録される。
そんなこんなを積み重ねたあとのエピローグが美しくて、涙が出た。いい物語でした。