【感想・ネタバレ】マロニエの花が言った 下巻のレビュー

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Posted by ブクログ

ネタバレ

その終りはやや唐突気味に幕を下ろした感があるが、それにしても愉しくも長い旅路だったように思う。
この詩と散文と批評の壮大な織物が書き起こされたのは1989年、月刊誌「新潮」の1月号からだった。その後、95年7月から数年の中断を挟みつつも、98年5月号に一挙に480枚を上梓し完結編とされた、という。
読後、ふっと心に湧いた小さな疑念がある。それは下巻全体のかなりを占める金子光晴に関する部分においては、藤田嗣治や岡鹿之助、あるいはブルトンらのシュルレアリストたちに触れた他の部分に比して、なんとなく滞留感というか一抹の重さのようなものがつきまとう、そんな気がする。その因は光晴という素材の資質によるものか、あるいはパリにおける嗣治と光晴の、実際の接点があったのには違いなかろうが、他の登場人物たちに比して、その関わりの稀薄さといったものにあるのかもしれない。さらにいえば光晴と三千代のパリ滞在の暮らしぶりやパリ在住の日本人やパリ人たちとの交流ぶりに、資料不足だったのか、嗣治や鹿之助ほどの詳細な活写が乏しいように覗われ、些か精彩を欠いたかのように思われる。
先に挙げた、95年7月の連載中断を挟んで、98年5月に480枚を一挙に掲載して完としたという事情も、このあたりの問題が加味していたのではないか。480枚に相当する部分が終盤の4章「二人の詩人の奇妙な出会い」「『パリの屋根の下』をめぐって」「日本人の画家さまざま」「あとどれほどの夏」にあたるとすれば、そんな小さな瑕疵も止むを得なかったのかと、なんだか腑に落ちてくる気もする。

下巻冒頭は、パリ国際大学都市で華々しい活躍を見せる日本人大富豪薩摩次郎八の登場に始まり、藤田嗣治・ユキ夫妻の栄光の帰国エピソード、ブルトンらのシュルレアリスム内の対立抗争劇へと分け入っていく。
これらを序章として、いよいよ登場するのが詩人金子光晴だが、以後この巻の大部はほぼ光晴の詳密な評伝と化していくかと見えるのだが、とにかくおもしろい、実作者が実作者について肉薄し掘り下げていく作業というものは、まさに表象世界の内奥に迫って実に説得力ある像を結ばせてくれるものだ、とつくづく感じ入る。
妻の三千代を伴った放浪ともいうべき二度目の長いヨーロッパ旅行から帰国した光晴は、ほどなく8歳下の山之口漠と初めて出会う。以後、貘の胃がん発症による’63-S38-年の死にいたるまでの30年を、光晴と貘は互いに恋情にもひとしい友情に生きたようである。

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2011年08月07日

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