あらすじ
独裁者が消えないのは、なぜだ?
なぜプラトンは「独裁」を理想の政治形態と考えたのか? 独裁者の台頭を防いだ古代ローマの知恵とは? 革命家ロベスピエールはなぜ独裁者と化したのか? 古代ローマ史の泰斗が2500年規模の世界史を大胆に整理し、「独裁」を切り口に語りなおす類例なき一冊。悪政に抗う知恵は歴史に学べ!
感情タグBEST3
このページにはネタバレを含むレビューが表示されています
Posted by ブクログ
古代ギリシア、ローマ帝国、ナポレオンやビスマルク、ロシア、ムッソリーニとヒトラー、最後にヴェネツィア共和国を取り上げ、それぞれに見られる、「独裁政」、「共和政」、「民主政」の姿や歴史を明らかにし、今の時代にどういった政治がふさわしいのか、「デジタル独裁」の到来する時代にどんな教訓が得られるか、歴史、とりわけ古代史あるいは前近代史を学ぶことの意義について議論したもの。
全体としては、「独裁」と聞くと色々な権利が制限されたり弾圧されたり、「民主主義」に対置するものとして悪く捉えられがちであるが、
「独裁政であろうと民主政であろうと、優秀な指導者がいなくなったあとなのです。次期有力者は、必ず民衆の不満に乗っかるかたちで台頭し、ポピュリズムに走っていってしまう危険がある」(p.51)、「民主政でも独裁政でも、結局はリーダーの資質が物をいうのです。」(p.64)、ということから、著者は民主主義は「ましなポピュリズム」(同)であり、「民主政は基本的にはポピュリズム、つまり多数者である民衆による支配ですが、それがましな方向に向いていればまだいいでしょう。しかし、民衆の独善的意見や欲得に流されてしまうと、それは否定的な意味でのポピュリズム、大衆迎合主義になってしまいます。(略)もちろん、国民にも自覚と見識が求められます。フェイクニュースに振り回されたり、ラクな話や得する話に飛びついたり、聞こえのいい話になびいたりするようでは、危険なデマゴーゴスや独裁者をのさばらせることになるでしょう。」(pp.64-5)というのが一つの結論であると思った。ローマ帝国の歴史も、「悪帝が立てば政治は混乱し、辛酸を舐めることになります。それでも強さと賢さのバランス感覚を併せ持った賢帝を擁することができれば、強力に改革を推し進め、国を反映させることができる」(p.144)ということを教えてくれて、プラトンが哲人政治が理想、って説いたというのは倫理で習って、その時はあまり何も思わなかったが、こういう話なのか、ということが分かった。
以下、具体的な部分で気になったことのメモ。まず古代ギリシアというと、民主主義が徹底されて哲学者も生まれた古代にあって先進的、という浅い理解があるが、例えば有名な陶片追放なんかは「民主政の代名詞のようにもいわれ」(p.42)るが、「実際には政争の道具に使われるようになってしまいます。政敵のリーダーの名を陶片に記して陥れようとしたり、ときには独裁者となる危険があるかどうかに関わりなく、単に気に入らないという理由で陶片に名を刻んだり、周囲の人に呼びかけて追放票を集めようとする例もありました。民主政を独裁者から守る防波堤として、必ずしも正しく機能したわけではありません」(p.42)ということで、しかもその原因の一つは、現在と同じ「無記名投票」だからという問題があった、というのは知らなかった。そして著者も述べるように、これは現代のSNSやネットと同じ、ということなので、世界史の勉強の初めに出てくるギリシアの歴史からも現代人が学ばないといけないことがあるというのを感じる。その中でも前五世紀後半のアテネに現れたペリクレスという人が語った民主政の理想が、pp.48-9に紹介されていて、すごい立派だった。「(略)よし隣人が己の楽しみを求めても、これを怒ったり、あるいは実害なしとはいえ不快を催すような冷視を浴せることはない。私の生活においてわれらは互いに征肘を加えることはしない、だが事公けに関するときは、法を犯す振舞いを深く恥じおそれる。時の政治をあずかる者に従い、法を敬い、とくに、侵された者を救う掟と、万人に廉恥の心を呼びさます不文の掟とを、厚く尊ぶことを忘れない」という部分は、本当に崇高な感じで、理想論かもしれないけど、憧れる。あと、独裁=全体主義=ファシズム、というなんとなくそんな理解があったが、「実はファシズムという言葉には、もともと独裁の意味はありません。ファシズムの語源は、ラテン語の『ファスケス』。これは、古代ローマで権威の象徴とされた斧飾りをさす言葉です。そして、ローマ貴族にとって権威は、武功・武勲と直結するものでした」(p.111)ということで、あくまで民衆から尊敬され支持を得る象徴となるものだったそうだ。この本の中ではローマの共和政が割と高評価を得ている感じがして、シェイクスピアにも出てくる「元老院」とかの役割とかしれたのが良かった。後の近代の歴史の話の中でも、「民主的な社会においても、熱に浮かされたように戦争へと突入していくケースはあります。民主政を徹底すれば戦争は避けられる、というのは思い違いです。しかし、独裁政、民主政、貴族政の要素が三つ巴になって互いの暴走をチェックし、牽制する機能を備えた共和政には、『悪政・苛政』を避ける知恵が含まれています」(p.179)という話だったが、そんなローマでも、領土が拡大していき、五賢帝時代の後になると、次々に皇帝が暗殺されたりする時代になっていき、「次は誰にするかー人選に窮したのか、それとも面倒だったのか、こともあろうに帝位は競売にかけられることになりました。」(p.138)という時代もあったそうで、金で帝位が買えるとか、冗談のようなことが本当に起こっていたということを知った。あと時代は飛んで、ロシアのスターリンの独裁、とか今でこそ恐ろしい感じがするが、実はこれも後になって分かったこと、というのは意外だった。「私が小中学生の頃の日本の共産主義者は、そんなことが起こっているとは知らず、スターリンを肯定的に評価し、無邪気にソ連万歳を叫んでいました。状況が一変したのは、一九五三年にスターリンが他界してややあってからです。(略)フルシチョフは、党第一書記に就任して二〜三年たった頃からスターリン批判を始め、そこで初めてスターリンによる恐怖政治と大粛清の実態が明るみに出たのです。日本をはじめ、世界中の共産主義者が受けた衝撃は計り知れません」(p.188)というのは、そんな大きなことがその時には分かられていなかった、ということ自体も恐ろしい。「東西で異なる王権の強さ」(pp.188-90)の話は面白かったが、「ユーラシア大陸の西側では、時の権力者が積極的に民衆の前に姿を現し」(p.189)て、民衆との距離が近かったのに対して、「ユーラシア大陸の東側では多くの場合、権力者は御簾の奥に座しており、権力者の姿や立ち居振る舞いが一般大衆の目に触れる機会はほとんどありません。(略)権力者が表に出てこない存在だったからこそ、呵責な独裁を行えたという面は否定できないでしょう。ロシアはヨーロッパに近いこともあり、革命中は民衆の前に現れて鼓舞したりもしていますが、西欧諸国と違って秘密主義的なところがあり、精神的・文化的土壌としては東洋に近いものがある気がします。」(pp.189-90)ということで、ロシア独特の土壌というものがあるらしい。あとは「ムッソリーニはヒトラーの人種政策に対して極めて批判的でした。そもそも独裁政権を確立する過程でも、ムッソリーニはスターリンのように政敵や反対勢力を徹底粛清することもありませんでした。第二次世界大戦に関しても、ムッソリーニは当初、中立の立場を取り、『非交戦国』を宣言しています。」(p.203)ということで、なんかヒトラーもムッソリーニも全部独裁の悪い人、みたいなイメージしかなかったけど、やっぱりちゃんと勉強しないとダメだなと思った。最後にヴェネツィアの話はあまり知らなかったが、「議員の世襲制」を認めていた、という話で、日本では悪いこととされているが、「ローマの元老院貴族的な考えもありましたし、貴族政のほうがいいというアリストテレスの主張もありました。(略)世襲制の中で培われてきたものがあることに目を向けてもいいのではないでしょうか。」(p.219)という、確かに「現代の日本人にとってはピンとこないかもしれません。しかし、国を運営する『安定装置』として共和政をフラットに捉えなおし、学ぶべきは学ぶという姿勢が、私たちに求められています。」(p.220)ということも勉強になった。確かに「親の七光り」とか、あんまり良いイメージはないけど、それでも全体の混乱を避ける一つの手段、というのは新しい視点だった。
ということで、世界史の勉強をしながら、より良い政治、国家とは何かを考える、という本。でももしかしたら、実は政治や国というより、もっと身近なところで、自分の属している会社や組織が民主政っぽいのか独裁政っぽいのか共和政っぽいのか、そして何が問題なのかを考えるという意味で解釈しても面白いかもしれない、とか思った。(26/09/06)