あらすじ
曲った手で 水をすくう
こぼれても こぼれても
みたされる水の
はげしさに
いつも なみなみと
生命の水は手の中にある
指は曲っていても
天をさすには少しの不自由も感じない
(「曲った手で」)
大きな困難の中にあって、生きることの喜びと光を求め続け、言葉を紡ぎ続けた伝説の詩人。
キリスト教信仰に裏打ちされたひたむきで純粋なことばたち。長く入手困難だった詩作品が、ついによみがえる。
これまでに刊行された二冊の詩集『志樹逸馬詩集』(方向社、1960年)、『島の四季』(編集工房ノア、1984年)に収録された全詩に加え、遺稿ノートから未公刊の詩を選んで編む。
付録の投げ込み栞(若松英輔、込山志保子執筆、8ページ)を電子版では巻末に収録しました。
【もくじ】
詩集『島の四季』
詩集『志樹逸馬詩集』
未公刊詩選
解説(若松英輔)
年譜(込山志保子)
栞(若松英輔、込山志保子)
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
長島愛生園を訪れたあとに。
癩を患い瀬戸内の小さな島に隔離された志樹逸馬の詩は、その閉ざされた生活空間の中で生まれた。
花や木、虫、野菜⋯、空、風、空気、水⋯、手にすることのできたものから彼が受け取り表現した詩は、
強制された限界をはるかに越えて遠くまで届く。
私の胸に、あなたの胸に。
畑を耕ち、野菜を育てた。
種子
志樹逸馬
ひとにぎりの土さえあれば
生命はどこからでも芽を吹いた
かなしみの病床にも
よろこびの花畑にも
こぼれ落ちたところが故里(ふるさと)
種子は
天地の約束された言葉の中に
ただみのる
汗や疲れを懐かしがらせるものよ
夢
黒土の汚れ
生きてさえおれば
花ひらく憧れをこそ持ってくる
癩者として生きた。
肉体と心
落ちてゆく私と
飛翔してゆく私と
ああ この私は一つの体であるというのに
園長さん(その一部)
※光田健輔のこと
⋯
指が曲っても
食物をかきよせるだけの動物になるな
人間の魂を開墾する鍬をにぎれ
心の手は使えば延びる と
あなたは若い時から病者とともにみずからも
汗やどろにまみれることをとうとんだ
⋯
外の世界を知ろうとし本を読み、キリスト者にもなった。
土壤
わたしは耕す
世界の足音が響くこの土を
全身を一枚の落ち葉のようにふるわせ 沈め
あすの土壌に芽ばえるであろう生命のことばに渇く
だれもが求め まく種子から
緑のかおりと 収穫が
原因と結果とをひとつの線にむすぶもの
まさぐって流す汗が ただいとしい
原爆の死を 骸骨の冷たさを
血のしずくを 幾億の人間の
人種や 国境を ここに砕いて
かなしみを腐敗させてゆく
わたしは
おろおろと しびれた手で 足もとの 土を耕す
どろにまみれる いつか暗さの中にも延してくる根に
すべての母体である この土壌に
ただ 耳をかたむける
この世に生きたしるしを強く意識し、生きる希望を表現した。
曲った手で
曲った手で 水をすくう
こぼれても こぼれても みたされる水の
はげしさに
いつも なみなみと 生命の水は手の中にある
指は曲っていても
天をさすには少しの不自由も感じない
窓をあけよ
自分だけのへやに閉じこもっていた人は
窓をあけたとき
外から吹いて来る風に きっと
痛みを覚えるだろう
しかし
その驚きは 瞬間に 明るさにかわる
次第に カビくさい因習や
じめじめしけた ひとりよがりの欺瞞が
ぬぐわれてゆき
外の広い世界のだれとでも
友だちになれるのだから
※しっかり生きないと恥ずかしいね。
Posted by ブクログ
ハンセン病でありキリスト者である志樹逸馬による詩集。
代表的な詩集「志樹逸馬詩集」と「島の四季」の全詩に加え、未公刊の詩もいくつか収録している。
八木重吉ほど文字数は短くはないが、シンプルかつ純真性のある詩で感動しました。
構成やあとがきなども丁寧で、愛情がこもった本の作りで好感が持てました。