あらすじ
最近の学説では「浮世絵の祖」といわれ、また「奇想の絵師」のひとりとして江戸絵画で注目の絵師・岩佐又兵衛を正面から描く、力作長編。
母のお葉とともに暮らす又兵衛は、寺の下働きをしていたが、生来、吃音が激しく、ままならぬ日常を送っていた。そんなある日、寺の襖絵を描きに来た絵師・土佐光信と出会い、絵を描く喜びを知る。
その後、自分の出自を知らぬ又兵衛は何者かに追われ京に移るが、新たに狩野派で学ぶ機会を得て、兄弟子でもあり師ともいえる狩野内膳と出会い、更なる絵の研鑽を積む。しかしある日、何者かに母を殺される。
その後もなんとか絵の道で生きていた又兵衛だったが、じつは自分の父は荒木村重であること、母だと思っていたお葉はもともと乳母で、しかも彼女を殺した首謀者が村重だったことを知る。
母を想い、父を恨み、人と関わることも不得手な又兵衛にあるのは、絵だけだった――。
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Posted by ブクログ
谷津矢車の歴史小説。主人公絵師岩佐又兵衛は実在の絵師で荒木村重の子供というのも史実らしい。てっきり架空の人物架空の設定かと思ったのだが…。
物語は天賦の画描才能を有しつつも、将来の吃癖と不器用な生きざまの主人公又兵衛が、器用な立ち回りが生き残る必須の術ともいえる織田豊臣徳川の時代変遷の中に生きていく様を描く。
絵を描く描写の丁寧さが読みどころながら、絵心が皆無な俺にとっては、人間描写の巧さが核心部であり味わいどころだった。
人と関わることに不器用で苦手な又兵衛がその煩悶の逃げ口として余計に絵にのめりこむ様や、後半のある瞬間に自分の絵を完遂させるために、人との関わりをひとつ深く入り込むあたりの下りは、のめりこみ過ぎて通勤電車で危うく目的駅を通過しそうになったほど。
「人は誰しも後悔を引きずって生きるもの」という結論に自分のくだらない人生を照らし合わせて、なんかすごく安心させてもらった。
Posted by ブクログ
海の見える寺に住み込み幼いながらも働く又兵衛は、吃音で生きづらい日々を送っていた。
そんな又兵衛が絵師と出会い、絵を描くことの喜びを知る。
絵の道を進みながら、自分の生まれを知り、母を殺された怒りや恨みを心に抱きつつ歩む、又兵衛の人生を描いた作品。
吃音とその生い立ちで苦労をする又兵衛なのだが、実は周りに支えてくれる人や力になってくれる人がいるなぁと思いながら読んだ。
マイナスの感情にとらわれて生きる又兵衛の人間らしさが愛おしく、心配しながら応援しながら読み進めて、色々な人との関わりの中で最後にたどり着いた心がとても嬉しく思いました。
大満足の一冊です。
Posted by ブクログ
豊国祭礼図の作製で,内膳が又兵衛を外したのは,真実を曲げろという指示を聞かないのを嫌ったのではなく,そのようなことをさせたくなかったからだと思う.
Posted by ブクログ
絵師の作品が谷津矢車氏の著作の中でひときわ際立っていることは誰もが認めることだと思う。
創作に携わるということは小説家も同じであると思うのだけれども、創作へ何かをささげるということと同義だと思うのですよ。
戦国時代に生まれて、様々なものを背負うことになってしまった又兵衛の絵に対する想いや他の絵師に対する嫉妬や羨望。吃音のために自分の気持ちをすぐに示すことができないことにたいする自己嫌悪の気持ちもよくわかる。
誰もがそういうものを抱えているのだろうし、しかも創作にはそういう負の部分も大事だったりするのかもしれない。
余りに深い芸術の世界に読み終わった時に心打たれて、言葉にすることができなかった。
彼の次回作も大変楽しみです。
Posted by ブクログ
2022.7 説明も多いし、血肉躍るシーンもないしハッピーなシーンも無いけれど静謐な空気が流れる良い小説でした。
力のある若い作家さんの小説はいいね。
Posted by ブクログ
米澤穂信さんの「黒牢城」を読んだ後なので、その息子の物語がより感慨を持って入って来た。
この作品で描かれる荒木村重は「黒牢城」の彼とは違うのだが、代わりに息子・又兵衛をずっと見守るのが母代わりとなった乳母・お葉と遠い記憶の中にぼんやりといる実母・だし。そして彼の一生を支えた絵。
彼は吃音により言葉で伝えることが苦手。だが代わりに絵で「語る」。それがタイトルの意味だった。
実際の彼がどうだったのかは分からないが、この作品での又兵衛は自身が荒木村重の息子であることを大きくなるまで知らない。
それは『己の周囲三尺の中に引きこもり、その中で生きてきた』からなのだが、その元を辿るとやはり吃音ということにたどり着くのだろうか。
話せば笑われたり苛立たせたりするので話さなくなり、自身の思いを伝えることも聞きたいことを聞くこともしなくなる。
自分が何者なのか知りたいと伝えられたのは関ヶ原の戦いが終わってからだった。
だが彼の吃音を嗤うことも急かすことも、逆に落ち着いてなどと宥めることもせず普通にやり取りしてくれる人も多くいる。
乳母お葉はもちろんだが、パトロン笹屋、狩野工房での兄弟子・内膳、妻となるお徳、仕官する織田信雄と松平忠直、その父・結城秀康、最初の絵の師・土佐光吉、影響を与える長谷川等伯など。
又兵衛の人生も波乱万丈だが、お葉、内膳、結城秀康・忠直親子に織田信雄、長谷川等伯など彼の周囲にいる人々もまた波乱万丈。
忠直は一般に乱心者の悪いイメージでしかないが、彼は娘・鶴姫に何かを残したいと又兵衛に絵を依頼した。その父・秀康もまた息子・忠直に残したいと自分の似絵を又兵衛に依頼した。
自分から『すべてを奪った』父・村重とは真逆の人だった。
吃音と父・村重への憎しみは終始又兵衛を苦しめるが、彼もまた自分の息子や弟子たちとの関わり方を反省するところがあった。
内膳から『そうか。お前は武士にはなれなんだか』とがっかりされるが、信雄に仕え忠直に仕え、物語にはないがその後は江戸に招聘されるらしいし、御用絵師としてある意味武士に似た生き方をしたのではないだろうか。荒木家再興も父・村重が望む生き方も出来なかったが、絵師「岩佐又兵衛」の名は残したし岩佐家を継承する息子も育った。
言葉を操ることは出来なくでも絵で語り『弱くか細い糸』ながら人と繋がった。
結城秀康からは『世の静謐を乱す絵』、長谷川等伯からは『奇妙の絵師』、土佐光吉からは『人を寄せ付けぬ』『寒い絵』、内膳からは己を『曲げられぬか』と言われるが、彼の絵は何故か人を惹きつける。
織田から豊臣、さらに徳川の世へと目まぐるしく変わることへの反発も多くの人々の中にあり、それが又兵衛の絵への共感を呼んだということだろうか。
Posted by ブクログ
絵師の話が好きで、何冊か読んでいますが、今回も引き込まれました。
又兵衛とは何者なのか、という謎を秘めたまま、物語は進みます。狩野派の内膳、長谷川等伯、時の絵師に出会いながら、父親の結城秀康の義に応えるため、部下や家族といろいろな問題を起こしている松平忠直にも、忠義を尽くそうとします。
そして又兵衛が何者なのか、なぜ「母」は殺されたのか、誰が殺したのか、謎が明かされます。
「山中常盤」を描いた又兵衛の真意。絵師の心意気が、絵の持つ力を最大限に発揮し、人の心を動かしていく・・・ラストは心打たれました。
Posted by ブクログ
「絵」は好きである
自分で描くことも好きであり、
観ることも好きである、
いわゆる有名どころの画家たちには
あまり興味はないけれとど、
少し外れたところ(?)に位置づけられている
画家たち
ニコ・ピロスマニ
フリーダ・カーロ
小川芋銭
モード・ルイス
グランマ・モーゼス
大道あや
…
辺りになってくると
俄然 興味が湧いてしまう
そんな中のお一人が
岩佐又兵衛さん
ずっと以前から気になっていた
絵描きさんでしたが
最近どうやら取り沙汰されてきたことが
なにやら嬉しいやら、なにをいまさら…やら
本書の「背」に「又兵衛」を
見てしまったので
思わず 手に取ってしまいました
又兵衛さんを吃音者として
設定した筆者の谷津さんの着想も
面白く
最後まで読み進めさせてもらいました。
以前、京都に観に行った時の
「岩佐又兵衛展」の図録を
引っ張り出して来て
矯めつ眇めつつ
嬉しく 嬉しく