【感想・ネタバレ】武漢日記 封鎖下60日の魂の記録のレビュー

あらすじ

新型コロナウイルス蔓延により、突如強行された1100万人都市の封鎖。親しい人が次々と死んでいく……その渦中で女性作家が克明に記録し、全世界が注目した“真実”のドキュメント。

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Posted by ブクログ

うわさに聞いていた一冊

「武漢」この都市名は
日本で言えば
「ヒロシマ」「ナガサキ」
「フクシマ」
に相当するほどの世界の歴史に
刻まれる固有名詞になっている
その「武漢」が「都市封鎖」を
された60日間の日々が
綴られている

食べること
飲むこと
見えること
聞こえてくること
そして
考える事

「都市のロックダウン」
という非日常の日々のなかで
起こっている様々なことが
克明に記録されている
いつ(封鎖が)終わるとも知れない
日々が詳細に綴られる

身動きの取れない状態で
あるのに
いや そうであるからこそ
見通すことのできた真実
考えることのできた真実
が ここに綴られている

とんでもない一冊を
読んでしまった

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2021年06月24日

Posted by ブクログ

武漢が封鎖されている頃の日々の記録。
ようやく読むことが出来た。
見たり読んだりしたことを思い出しながら方方さんの日記を読むとさらに理解が深くなった。
どこの国も似たり寄ったりなんだなぁと思う。
日本もそうだ。誰も責任を取ろうとしない。
心に残った言葉は私の日記にメモとして残しました。
『ある国の文明度を知る唯一の基準は、弱者に対して国がどういう態度を取るかだ』
この言葉は特に心に響きました。
たくさんの人に読んでもらいたい本です。

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2021年02月14日

Posted by ブクログ

途中で読み続けられないかと思ったが、少しずつ日記のように少しずつ読み終えることができた。
世界で五千万人もが感染しパンデミックが明らかな中で
も暢気な構えの無策日本の政治屋どもこそ読むべき本だ。メディアも併せて暢気だが、どうするのかコロナを。「神のみぞ知る」と投げ捨てて恥ずかしくないのか。

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2020年11月22日

Posted by ブクログ

コロナ初期を知る良い本です。ただ、中国共産党の価値観も含まれているので、日本の感覚とは全く違います。

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2022年02月19日

Posted by ブクログ

コロナ禍が始まってほぼ1年後に読んだ。「週間読書人」に方方さんのインタビューがあって、それで読もうと思ったのだ。中国で、書いては削除されるブログを、知人の助けを受けながら書き公開し続けた著者は、勇気のある人だと思う。

2020年の1月から3月にかけて都市封鎖された武漢はこんな状況だったのかということが分かる貴重な記録である。
当たり前だが、著者と兄嫁も同じ武漢にいてそれぞれ違うことを考えていたことも分かる。
その時期に自分が日本で何をしていたか、どんな気持ちだったかもあわせて思い出した。
こういう記録が各地に残っていくことがとても大切だと思う。

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2021年03月14日

Posted by ブクログ

コロナ発祥の武漢で封鎖時のリアルな生活。

著者が日々ブログに更新した内容がまとめられている。

至極真っ当かつ読者にも有益な内容だが、ネット検閲にあって大半が翌日には削除されるという状況が中国にはリアルに存在する。

ただ引きこもっているだけでなく、友人の医師から入手した感染状況なども記され、そういう伝手がない人には大いに参考となっただろう。

中国の体制に適応して暮らす中で、家族や友人とつながり、役人の不作為に憤るという当たり前の人々がここにはいる。

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2021年02月09日

Posted by ブクログ

 新型コロナウイルスの世界最初の感染爆発が起こった武漢。武漢に住む小説家が1000万都市が封鎖されてから、解除が発表されるまでの60日間を克明に綴る。市民の生活、医療、行政・・・直接の観察、友人からの情報、ネットを飛び交う様々な情報から現状を記録していく。武漢市民の抑制されたそして我慢強い行動、医療従事者とエッセンシャルワーカーの献身が記される一方、特に初期の対応における行政や病院トップへの鋭い批判と責任の追及。多くの犠牲者のためにも、責任を明らかにし、責任を取らせなければならない、との追及はするどい。

 ここには、2021年1月の今から日本の大都市でおそらくなされるであろうロックダウンとその中での生活のありよう、行政や病院のなすべきことの多くが書かれている。
 この日記は2020年3月末まで。その時にはすでにここに書かれていたことを世界中は知っていた。でも、活かすことができなかった。残念。

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2021年01月03日

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方方(ファンファン)氏は、1955年に南京市に生まれ、2歳のときから武漢市に住む作家。本名は汪芳(ワンファン)。湖北省作家協会主席も務め、2010年に『琴断口』」が中国で最も名誉ある文学賞の一つ魯迅文学賞を受賞するなど、「新写実小説」の担い手として高い評価を受けている。
本書は、武漢が封鎖された60日間に、著者が毎日発信したブログをまとめたものである。
私は、歴史上例がないと言われる1,000万都市の完全封鎖が如何なるものであったかには、大いに関心を持っており、9月に相次いで出版された本書と郭晶氏の『武漢封城日記』は気にはなっていたが、徹底した情報・言論統制下にある中国において、どこまで真実が書かれているだろうかと疑問に思い、一旦購入を保留していた。
しかし、その後放映されたTVドキュメンタリーで、本書の中の次のような一節が紹介されたのを見て、読んでみることにした。「私は言っておきたい。ある国の文明度を測る基準は、どれほど高いビルがあるか、どれほど速い車があるかではない。どれほど強力な武器があるか、どれほど勇ましい軍隊があるかでもない。どれほど科学技術が発達しているか、どれほど芸術が素晴らしいかでもない。ましてや、どれほど豪華な会議を開き、どれほど絢爛たる花火を上げるかでもなければ、どれほど多くの人が世界各地を豪遊して爆買いするかでもない。ある国の文明度を測る唯一の基準は、弱者に対して国がどういう態度を取るかだ。」
基本的には、著者を含めた武漢人が60日間をどのように過ごしたかという生活日記であるが、作家・知識人という立場から、随所に多角的な記述がみられ、概ね以下のようなスタンス、トーンで語られている。
◆一般庶民は、隣近所で助け合い、励まし合いながら難局を乗り越えようとしており、おしなべて善意に満ちて描かれている。
◆献身的に働く医療関係者に対しては最大級の敬意を表し、感謝を惜しまない。
◆地方政府(武漢市、湖北省)に対しては、感染初期の対応が遅れたこと、声を上げた医師を処分し事実を隠蔽したことの責任を強く追及している。
◆著者の発信に対して猛烈な攻撃をしてきた「極左」(中国では体制寄りの保守派が左翼であり、いわば「ネトサヨ」ともいうべき存在)とは、徹底的に戦う姿勢を示している。
◆北京中央政府に対しては、それ自体の責任を問うというよりも、地方政府の責任をうやむやにせずに明らかにするべき、また、極左勢力を抑えるべき、と注文し、それができなければ中国の改革開放は成し遂げられない、と述べている。
著者は、ブログはネット検閲で何度も削除されたと語っており、本書の内容は、中国当局が、本書の中国国内での出版、更には外国語への翻訳を認めるギリギリのものと言うことができるのかも知れない。(確かに、中央政府の対応を直接批判する内容にはなっていない)
1,000万都市封鎖という事象の記録でありながら、同時に現在の中国の様々な面が垣間見られる一冊と思う。
(2020年12月了)

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2021年03月13日

Posted by ブクログ

一言で言えば、たくましい。
65才、武漢で一人暮らしの女性作家が、コロナによるロックダウンの直後から、封鎖解除直前までネットに一日一編発表した記事の集成。
コロナに対する理解も今ほどは無く、先も見えず、いきなりで準備もなく、嘆いたり不安になったりしてもいいところだが、冷静に判断し、自分を守り、前を向いている。
武漢の人々もまた、たくましいのだ。外出が制限されて買物が難しければ、共同購入グループが作られ、代表が買い物に行き、分配が難しければ、時差やボランティアによる配布でなんとかする。多くがネットを駆使し、意見を交換し、行政府への批判もする。中国は、近現代の中では今が一番いい時期なのかも知れない。国力が充実し、平均的な人々の知識、生活水準が向上し、それでいて田舎めいた互助精神が残っている。
もちろん嘆きはする。しかし、ただ嘆くのではない。コロナの犠牲者を悼む時も、心の傷みを、哀悼を、歴史に刻みつけるように悼む。そうだ、彼女の言葉からは、現在の仲間への共感と同時に、後世への責任が感じられる。
仲間は直接には友人、知人、同じ団地の住人だったりするが、それを超えて武漢の人々、時間、空間の上で同じ災厄を共にすることになった人々を含む。そして自分たちの行動を歴史の法廷に証拠として差し出せるように語るのだ。
方方は、「極左」(ネトウヨみたいなもの)に絡まれるが、自説を曲げない。これは、文革を経験し、歴史的な眼を持つ人の強さかなと思う。

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2020年11月21日

Posted by ブクログ

圧巻のボリュームで武漢の60日間を追体験。大物作家ならではの引用やレトリックなども散りばめられているけど、丁寧な注釈のついた翻訳で助かる。初めて武漢がどんな感じだったのか、空気感を理解できた気がする。

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2020年10月19日

Posted by ブクログ

見えないものを定義し、制度化する事は難しい。多義的な解釈が働き、時に分断を起こす。物理的に見えない存在だけではなく、物理的に見えるが理解できないもの、見えない観念的な存在もそうだ。物理的に見えず、未知の存在である新型コロナウイルスに対し、観念的な社会制度で物理的な制限を決める。こうして封鎖された武漢における当事者の日記だ。凄惨な感じはないが、当時の混乱を思い出す。

武漢から世界に蔓延した。真実はよく分からないが、我々は大方そのように認知し、武漢人に被害者ぶるなと思ってしまいがちだが、当然ながら、彼らも被害者である。人人感染はない、と言う誤報が感染を更に助長した事もこの日記で思い出す。至る所に人災があったのは確かだろう。

喉元過ぎれば熱さを忘れる、か。まだ、喉元も過ぎてないかも知れないが、周りでは、今でも当たり前のように感染し、ケロッとしている人が増えた。徐々に、未知の存在が、既知のものになったという事かも知れない。

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2023年09月29日

Posted by ブクログ

“非常時には、人間の善意と悪意がどちらも表に出てくる。まったく考えもしなかったことを目にする場合もある。人は驚き、悲しみ、怒り、そして慣れていくのだ。”(p.89)


“ある国の文明度を測る唯一の基準は、弱者に対して国がどういう態度を取るかだ。”(p.141)


“世間には心の温かい人もいれば、冷たい人もいる。いつの時代もそうだった。あきらめよう。自分がやるべきことをやるだけだ。”(p.199)


“政府は考えてほしい。普通の人の立場から、問題を考えてほしい。”(p.256)

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2021年05月16日

Posted by ブクログ

一年前の武漢。そこに暮らした作家による記録。
私たちは過去を振り返って読むわけだから、描かれていることの未来を知っている。日記の中の人たちは、先が見えない不安を抱えている。このタイムラグがタイムマシーンのようだ。
読んだ時期がちょうど日記の日付に近いので、一年前の自分とも照らし合わせて、それでいながら、まだ足踏みしているような今に焦ったい。
記録はこうやって、後々その意味を深めていく。もう何年か経ってから読む時に、この災いが過去のものとなっていますように。

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2021年03月06日

Posted by ブクログ

丁度一年前の武漢での新型コロナ禍発生とその際の完全なるロックアウトの市民の様子が窺える。既にコントロールされた中国と未だアンコントロールの日本の差はなんだろうか。強行的な施策とそれに準じざるを得ない中国国民。非常時に国民を守ることができるのは、反自由な世界かもしれない。

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2021年03月02日

Posted by ブクログ

ネタバレ

ロックダウンした武漢内部で書かれた日記です。
閉鎖された町の中でも多くの情報を得て、多くの情報を発信していることに驚きました。
自分のイメージでは、もっともっともっと情報統制されていて、市民が本当のことを知るのは難しいのかと思っていました。
著者が情報の正誤を熱心に確認し、事実だけを発信しようと努力している様子を読むと、自分が「努力しないで得た情報を信じ過ぎているのでは?」と思えてきます。
日本のジャーナリストにも武漢のジャーナリストにも、権力におもねる人とおもねらない人がいるだろうと思います。きっといるでしょう。
どの情報が正しいか見極める努力は、武漢でも、日本でも必要だと思いました。

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2021年02月21日

Posted by ブクログ

-2021/02/04
話題の本ではあるが、なかなか読み進める事ができなかった。それは「自分の得た情報を真偽を問わずSNSに上げているだけ」と第三者を装っている事が気に障る。中国共産党に対するインテリとしての誇りからだろうが、情報拡散に対する無責任さが伺われる。

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2021年02月04日

Posted by ブクログ

世界を揺るがせている新型コロナウイルス禍は、2019年12月、中国・武漢に端を発する。原因不明の肺炎患者が発見されたのだ。コロナウイルスであるらしいとの情報が出てきたのはその月末だった。だが当局はこれをSNSで発信した医師らを処分した。加えて、当初は「ヒト-ヒト感染はない」とした。
初動が遅れ、年をまたいでそれは野火のように広がっていった。1月上旬には政治集会が開かれ、中旬には春節が始まった。大勢の人が料理を持ち寄る伝統的な大宴会も催された。
国家衛生健康委員会リーダーの医師が、当該疾患は「ヒト-ヒト感染する」と明言したのは1月20日のことだった。
1年で最も多く人が動くといってもよい時期を経て、感染は急拡大していた。
武漢は封鎖された。
1月23日、1100万都市は、交通網を断たれ、周囲との行き来を禁じられた。
4月8日、閉鎖が全面的に解除されるまで、市民の苦難の日々は続いた。
これはその封鎖下の日々を綴った作家の記録である。

著者・方方(ファンファン)は、現代中国を代表する女性作家の1人だという。
運搬工として働いた経験を持ち、武漢を舞台に社会の底辺で生きる人々の姿を書いた小説を多く発表してきた。湖北省作家協会の幹部も務めた人物である。
方方の日記はブログとして発信された。数多くの人々が日記を愛読したが、一方で、ブログは再三、削除されたり閉鎖されたりした。それでもなお、人々がコピーペーストしたものがネット上で拡散され続けた。
日記は全部で60篇。1月25日に始まり、武漢の閉鎖が解除されることが正式に決定した3月24日に終了した。
英語版、独語版が、4月、迅速に発刊されたことも話題になったが、邦訳版は中国語版から訳し起こされたもので、2020年9月に発行されている。

一読、なるほど当局を批判する部分は散見されるが、最初に胸を打つのは人々が助け合い、何とか苦難の日々を乗り越えようとする姿である。そしてまた、疫禍に斃れた人たちへの哀悼の意だ。
人々は共同購入で食物を分け合い、困窮する武漢には中国全土から新鮮な食材が送り届けられる。
一方で、封鎖の日々はやはりつらい。糖尿病を抱える方方は薬をもらいに行くのも躊躇うが出かけないわけにもいかない。料理をしてくれていた家政婦は武漢に戻ってこれない。飼い犬の皮膚病が悪化するが、なかなか医者にも見せてやれない。

方方は率直な人物のようで、当局の感染症対策や支援物資の分配に関して、歯に衣着せず改善すべきと思われる点はズバズバと指摘する。いわゆる「女傑」といった体である。武漢女性は言い争いに強いという。もめごとや交渉事を解決するのは往々にして女性たちだ。
武漢の女将(*引用者注:武漢での成人女性の呼称)は肝がすわっていて、声も大きい。
著者自身、おそらくこうした堂々たる”武漢女将”なのだろう。
時折挿入される漢詩の一節は、作家・方方の底力を感じさせる。

読んでいて改めて感じるのは、感染症というものの難しさだ。
人々は難事に当たり、手を取り合い、助け合おうとする。
だが、感染症下では、物理的な接触はすなわち、感染拡散の危険を意味する。
距離を取りながら、あるいはインターネットなどの技術を駆使して、私たちは心のつながりを得ようとし、何とか社会を維持しようとする。けれどもそれは本当にリアルなふれあいの代替物になりうるのだろうか?
コロナ禍は世界的にはなお収束が見えない。いわば、「手を取り合わずに手を取り合う」という課題は、まだこの先もしばらく私たちとともにある。

2ケ月余りの封鎖を、著者は多くの市民とともに耐え抜き、日記を書き上げる。最後はこう結ばれる。
私はうるわしい戦いを終えた。
私は走るべき道を走り終えた。
私は信じる道を守り通した。


女傑作家による封鎖都市の記録である。

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2020年11月28日

Posted by ブクログ

前半は武漢の街の様子,知人の状況,生活の様々なことと共に友人の医者からもたらされる情報などがいろいろ書かれていて,コロナ騒動がまだ終わってない私にも共感できるところが多かった.また,街が封鎖されるということも怖いことだと改めて思うことだった.後半になってさすが中国の作家の舌鋒鋭く,責任問題を鋭く追及するところ、ネット左翼の妨害にも負けず頑張っているところなど感服しました.

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2020年11月01日

Posted by ブクログ

新型コロナウィルスの大規模発生により、都市封鎖された武漢の60日間の様子が描かれている。 ネットの検疫で何回もブログが削除されたと言うことですが、それでも書き続けた彼女の精神に脱帽する。 このように一市民としての生活の様子を知れたことは貴重なことだと思う。

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2020年10月01日

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