あらすじ
小林秀雄の慧眼は批評を、分析でも悪口でもなく、愛情と感動だと喝破した。芸術に対峙し、心打たれることに意義を見出す。この近代批評の確立者も当初、生計を支える稼ぎ手として書く。東大新聞の下品な問いにも不機嫌さを隠さず応じた。一方で美に昏い世を警醒し続ける。人間的な素顔の窺える文庫初収録随想と入手困難だった批評を併せて収録。22歳から30歳まで、瑞々しい52編の文芸論集。(解説・池田雅延)
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Posted by ブクログ
小林秀雄は多くの作家の作品を読み、毎月雑誌に文芸時評を出稿していたが、「30歳にして隠居した」と宣言し「時評家」であることをやめた。
これは彼のその頃の批評家論である。
自分の「書評を書く」ことについて、これほど基本から原理・原則・応用までを教えられたことはない。
20年前から濫読を始め、数年前から書評を書く。
その数年間の無手勝流の試行で溜まった問題意識に存分に応えてくれる。この論考はこうした行為を確信させ鼓舞するものと読めた。
小林秀雄は以前からよく読んだ。
本質を抉る思考の深さと文体の潔さに痺れる。
予期しない角度から覚醒させる表現の連なりと、
バッサリ論断する鮮やかな文章に脳が解される。
どこからこんな空気を生み出すのか‥‥。
しかし、それは既存の情調レベルの話だ。
この『批評家失格』という初期論考集は、更に
そもそもの言語や言葉や文章、小説や文章を読むことと批評を書くこと、作者や作品と読む自分との決着の付け方、批評と評論・・・・切実な諸々を思考し惜しみなく吐露する。
読むことは書くことだ、書くならこんな深度で書け、自分に詰め寄り、電流となって脳を穿つ。
「批評とは人をほめる技術だ、‥‥その人をその人たらしめている所以、平たく言えばその人の持って生まれた星や気質を素早く見ぬき、熟視することを言うのである。‥‥なぜ相手をほめたのか。自分を知るためにである、自分を知って自分の生き方を模索するためにである。」
当時小林秀雄はマルクス思想が日本に上陸し多くの文学者がプロレタリア文学に靡くなか、受容はするがそれには一線を画して冷静に文学のあり方を求めた。
群れることなく一人で考え、その姿勢を貫いた。
「社会的立場から小説を読んで、左翼であるか右翼であるかばかりしか見えぬならば、読まぬ方がましである。文学的立場から小説を読んで心理派か理知派かと心配になるようなら、読むだけ無益である。
どんな立場から文学を眺めようが、立場を意識しなければものがいえない以上、眼前には依然たる文学という仮面だけがある。重要な事は、立場を捨てる事だ。捨て切れた時、はじめて理想が人を捕らえるであろう。そして確かに理想に捕らえられるものは人間ならば、人間を捕らえた理想は、各人の独創となって現れるはずではないか。」