あらすじ
決断と実行の集合体が経営なのである
企業の全体の方向性を決めるような戦略の決断、あるいは後継者人事の決断、大型買収の決断、海外進出の決断……。
経営者はさまざまな決断を下さなければならない。
そして、決断を下すのは、経営者だけではない。組織の中のそれぞれの立場の人が、大なり小なり「自分にとっては決断」というべき行為をとっている。
多数の決断と実行の集合体が、経営であり、組織なのである。
決断には、発想、検証、跳躍、この3つのステップが必要である。まず発想、次にその発想の適切さの検証、そして最後に迷った末の跳躍である。この3つのステップを支えるものが、直感、論理、哲学である。
直感で発想し、論理で検証し、哲学で躍進する
直感で発想し、論理で検証するのは、読者みなさんの納得を得やすいだろう。なぜ哲学が決断の本質である最後の跳躍に必要なのか。「思い切る」「見切る」という跳躍らしい行為を人が行なうためには、単に論理的な正しさに加えて、哲学がなければ跳べないからである。とくに、大きな決断であればあるほど、哲学の支えを必要とするだろう。
本書は、直感、論理、哲学、この3つの要素がどのうように影響し合い、支え合っているのかを明らかにしつつ、経営の知的思考の本質を明らかにしていく。
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第5章 検証のベースは、論理
p.132 直感をベースに発想した仮説を論理で検証する、といっても、その検証は一回で終わり、というふうにただ一直線につながっているものではない。直感的と論理的検証は、発想と検証という2つの間で行ったりきたりがあるのが、普通である。一つの仮説を直感的に思いつき、その適切さを論理的に検証しようとすると、新たな仮説あるいは発想の新たな仮説あるいは発想のバリエーションを思いつき、その思いつきを加えて新しくなった仮説の論理的検証が再び行われる。
第6章 仮説を育て、論理の肝を押さえる
p.177 過去への拘泥と目眩しは、ともに人間の弱点を生み出す「ついつい」の間違いである。しかし、「ついつい」であるだけに、意図的に大きな注意を払わないと、落ちてしまう落とし穴だとも言える。その穴に落ちないための対策は、当たり前のことをきちんと行い、現実をありのままに直視するというスタンスを強調し続ける、それしかないと思う。
第7章 跳躍できるための哲学
p.190 最初の不可逆なジャンプとその後の走り続けるプロセスと、この2つが跳躍全体が構成している。そのいずれにも不確実性があることを承知の上で、跳躍せざるを得ない。
1. 不可逆なジャンプへ踏み切ることによる、大きな資源投入のリスクと覚悟
2. 踏切後の実行プロセスを完走するための、長い努力の覚悟
第8章 哲学がもたらす、安定と奥行き
p.216 しかし、人はなんの「根拠」もなく跳躍することができない。万人が認める論理やデータでなくてもいいから、何か根拠と自分が思える、自分を納得させるものがなければ、跳躍には踏み切れないし、また踏み切った後で走り続ける覚悟はできない。自分としては跳躍することを納得できる根拠が必要である。それが、独断の根拠である。
第9章 定型思考からバカななるほど
p.266 いや、もっといえば、歴史は大小のさまざまな「ばかな」に満ちている。その多くが「バカな」ばかりで学ぶべき「なるほど」がないのだが、しかし「なるほど」の論理を背後に持っている「バカな」もまた多い。その「なるほど」の論理も背後に持っている「ばかな」もまた多い。
Posted by ブクログ
経営の意思決定について書いた一冊。
納得感がとても高かった。
直感的に良いアイデアを発想し、
それを論理的に正しいか検証し判断し、
最後の最後、論理で判断しきれない部分は跳躍して決断する
直感はそれまでのストックしていたもの(基盤)があることと、それをうまく直感につなげる(使い方)ことを磨くことによる。
何よりも大事なのは論理的に繋げること。
現実を直視することが大事、なぜなら現実は論理の積み重ねだから。
ここを突き詰めるから次の跳躍ができるし、論理的なストックをためておくと発想にもつながる。
最後の最後は跳躍。
出来得る限りで突き詰めた論理。その先で判断できなかった部分は哲学に基づいて跳躍をする。
本田宗一郎が当時の資本金の30倍近い金額の機械を導入した際「仮に事業が失敗しても、日本の未来にとっては価値がある」と哲学を持てたからこそ最後の最後踏み切ることができた。
直感を磨き
論理を鍛え
哲学を育てる
Posted by ブクログ
意思決定のために必要なステップまたは次元を、直感・論理・哲学と区切り見つめる。小倉昌男や安藤百福、西川彌太郎、本田宗一郎らを引き合いに、それら3つの組み合わせによる決断の重要性を示す。
Posted by ブクログ
直感や理論の思考について扱った本はいくつか見かける。この本は、実際にアクションを起こすために、さらに哲学を持つことの大切さまで記されている点がすばらしいと思う。
Posted by ブクログ
「哲学で跳躍」の観点はユニークで気付きがあった。
筋の良い跳躍ができる哲学を育む方法のひとつとして、他人の哲学に触れることは、自分が考えていた方向性と合致していたので勇気付けられた。
Posted by ブクログ
新型コロナウイルス感染症の先行きが見えず、不確実性が増す中、企業はいかに“決断”すべきか。危機への対応策を決断する際にも有用な「思考の筋道の基本」を説いた書籍。
すべての決断は、「発想し、論理的に検証し、最後に跳躍をする」という3ステップで構成される。この決断に至る3つのステップでは「直感、論理、哲学」という3つの思考法が、それぞれ重要になる。
「いい発想」の条件は、次の3つ。
①発想の大きさ:広い範囲で有効である可能性が高い。
②発想の奥行き:さらなる発想の展開可能性が大きい。
③発想の意外さ:類似の発想や常識からの距離が長い。
いくら論理的に考えても、不確実なことは残る。その迷う部分に見切りをつけ、不確実な未来に向かって「跳躍」しないと、実行は始まらない。跳躍するための哲学は、次の2つ。
①不可逆なジャンプに「踏み切る」ための哲学
②踏み切り後、「走り続ける」ための哲学
跳躍する前は、将来にとるべき行動は具体的には見えない。しかし、哲学をもっていれば、不確実な未来の中でも、自分の行動に対して市場などが反応し、その事態に合わせて行動できると信じられる。哲学は将来構想の拡がりの可能性「奥行き感」をもたらし、これが心の安定を生む。
データは、論理的検証のプロセスでは意義をもつが、跳躍にはあまり役立たない。その理由は、次の2つ。
①過去のデータは、跳躍を迫られているような状況では、エビデンスとしての意味が小さい。
②人間はデータには共感せず、魅力的な考え方に共感する。
Posted by ブクログ
本当に、タイトルそのままでで、これが如何に大切か、どうしたらそうなれるのかを、クロネコ、ホンダの例を出して詳述。
哲学で跳躍して決断した後の実行するには、さらに壁や溝があるのは、その通りだと思います。
Posted by ブクログ
伊丹先生の本は今まで読んだことがなかったのですが、
期待に反してとても面白かったです。
大学の先生の書く本って何だかつまらないイメージがあって、
さらにこの人、結構なおじいちゃんなので、なおさらつまらなさそう…という偏見を持っていたのですが、
完全なる偏見でした。。すみません、伊丹先生。。
むしろ、おじいちゃんの割に表現がオシャレ。
哲学で「跳躍」って…。跳躍ってどういうことや??と思いながら、読んでいましたが、
読みながら納得。自分なら味気なく「実行」とかにしそうなところ、
「跳躍」ってオシャレ過ぎます。
本の内容に全然言及していませんでしたが、
人が「決断」するときのプロセスについて、論じた本です。
ちょうど「決断」系のよいコンテンツを探していて、手に取りました。
著者はこの決断のプロセスを過去の決断の事例から帰納的に分析しています。
違和感が全くない訳ではないですが、そこそこの納得感もあります。
ちょっと気になったのは、
・事例が古すぎる(小倉昌男とか本田宗一郎とか安藤百福とか西山弥太郎とか)。
・古すぎるが故に、今も当てはまるのか不明瞭。特に変化の激しい現代において、
昔の人のように2年も考え続けていたら、外部環境が変わってしまう。
・データの裏にあるロジックが大事という意見もその通りだが、
ロジックが不明瞭でも相関や因果が見えるビッグ・データの価値はますます上がっていくのではないか。
あたりです。
頭の良いおじいちゃんの考察なのですが、
現代でも果たして通用するのか(もちろん基本的なところは通用すると思いますが)、
それはそのうち歴史が教えてくれるのかもしれません。
面白かったので、他の書籍も読んでみたくなりました。