あらすじ
フィリップ・マーロウも72歳。探偵はとっくに引退、ホテルのテラスでマルガリータを飲み、カードを楽しむ日々を送っている。保険屋を名乗る怪しげな男たちの依頼で十年ぶりに仕事に復帰するが、なぜ今になって彼に仕事が……。新鋭が描く、1988年のマーロウ譚
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Posted by ブクログ
レイモンド・チャンドラーの生んだ私立探偵フィリップ・マーロウは、多くのミステリー作家に愛されている。本書も老境に達したマーロウが登場するパスティーシュとして書かれた。 マーロウファンとしては読むしかない。
探偵業は10年前に引退し、メキシコで余生を送る72歳のマーロウの元に、保険会社からの依頼が舞い込んだ。 溺死した富豪の件を調べて欲しいという。 久しぶりの調査に乗り出したマーロウは、若く美しい未亡人に出会うが....
チャンドラーが生前に残したのは「プードル・スプリング物語」の最初の数章までなので、その後のマーロウがどのような人生を歩んだのかはわからない。 そこは読者が自由に想像して良いところで、イメージに合うかどうかを考えながら読むのも、本書の楽しみ方の一つ。しかし、文体はともかくとしてプロットには入り込めなかった。 老いたマーロウの心境は興味深く、ラストなどにマーロウらしさも残ってはいるのだけど。 あまりすっきりしない読後感だった。
Posted by ブクログ
いつまでも語り継がれ、愛される私立探偵フィリップ・マーロー。またの名をハードボイルドの代名詞。卑しき街をゆく騎士道精神。作者チャンドラー亡き後、遺構を引き継いだロバート・B・パーカーの二作『プー
ドル・スプリングス物語』、『夢を見るかもしれない(文庫版で『おそらくは夢を』と改題)』、ベンジャミン・ブラックによる『長いお別れ』の続編『黒い瞳のブロンド』。そこまではマーローを如何に復活させるかを意図して書かれたもの。しかし本書は少し違う。
老いたマーローの活躍をえがく本書では、マーローは72歳。足を悪くし、杖を突く。一線から身を引いてメキシコに隠遁していたが、保険会社から詐欺の疑いのある事故死を調査するよう依頼を打診され、それを受ける。全編メキシコ沿岸を舞台としており、同じ青空と太陽の光の中に生きるマーローとは言え、それはあの洒落た大都会ロス・アンジェルスではないのだ。
ぼくが最初にマーローと出くわしたのは『大いなる眠り』。映画ではロバート・ミッチャムがマーローを演じ、キャデラックか何かを運転して、豪邸のファサードに向けて広い車回しを走るシーンが、小説とともに印象的だ。何故かハードボイルドに不可欠な存在としてぼくのイメージは<郊外の豪邸>がある。そしてそれは富と権力を誇るとともに大いなる秘密までが内包されているように見える。
本書でも避暑地やマリーナ、ビーチ、といった陽光に包まれた大西洋沿岸のリゾート、今にも噴火しそうな火山と火山礫に覆われた山麓、多種多様のサボテンの群れが夕陽を遮る広大なメキシコの砂漠、などふんだんに舞台が変わる。老マーロウは車で、バスで荒野をゆくのだ。
ハードボイルドに欠かすことのできない悪女は、これ以上ないほどに美しく魅力的で、多面的な様相を見せて探偵を惑わすし、怪しげな死体、その周辺をうろつく残忍な殺し屋、といったところも抑えている。
何よりもマーロウの主観たる一人称が切り取る風景や人々の模様は、ハードボイルド文体でなければ表現のしようのない緻密と繊細に飾られ、レトリックの王道をゆく様々な作家たちの表情までが想起されるほどである。熱い太陽と砂の中で沸騰する血をそのままに、老探偵がおそらく人生で最後に引き受けたと思われる謎に挑んでゆく。
ジン・ライム片手に「カンパイ」と日本語で言うシーンや、映画『座頭市』からの着想で用意している仕込み杖も活躍の場を求めてうずく、そんな日本贔屓も観られるのがこの作品。作者は世界を放浪し現在はバンコク在住の英国人、とあって、オリエンタルなものへの造詣が深い辺り、個性を出してきたとも思われる。
老いた釣り人とウィスキーを傾け合うシーンに何とも言えない大人テイストを感じる。今は失われてしまった抑制の利いた文体によって物語られる世界に乾杯! 最後のページにじんと来る人は少なくなかろうと思われる。