あらすじ
なぜ人間だけが言葉で話すようになったのか? 言語はコミュニケーションの手段ではなく、世界を俯瞰する眼としての自己を産み出した。人間のあらゆる認識、思考、行為の根幹をなす言語という現象の本質に迫るスリリングな論考。言語は内面に向かい、孤独は人を結びつける。
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Posted by ブクログ
時間を置きながら読んだので、理解出来ているか不明なまま、ひとまず所感を残したい。
そもそも孤独とはいかなる状態か。
全く一人であることが孤独ではないように思う。
一つには、他者との距離を感じることだと言える。
この、距離を測るために人間は眼を駆使してきた。
目で見える範囲だけではなく、俯瞰するという能力にまで発展させた。
この俯瞰によって、自分を客観視することも、他者に憑依することも出来るようになった。
ただ、孤独にはもう一つ要素がある。
それが、自身との対話である。
つまり、言語があることで人間は孤独を発見することが出来た(と言いたいのではないか、笑)
この、視覚と言語と俯瞰という繋がりの中で、社会や森羅万象に論を展開させていく。
見る、見られることの話の中で、先日読んだ『Ank』というミステリー小説を思い出した。
チンパンジーのアンクが人間を操り、暴動を起こしていくその源には、見る、見られることを媒介とする「共感」があった。
宗教的感動にも文学的感動にも、感動には「共感」が含まれているように思う。
そして、その「共感」において、自身と他者が一体化する、またはもっと大きく世界と一体化するような、ある種の幻覚を抱くのだと思う。
私たちは見えるものも見えないものも、例え騙されていても、言葉によってそれが在るように認識し、また自身のように、肉体という分かりやすい現実を持つ存在であっても「ここにいない」ような認識もする。
非常に歯応えがあったけれど、記憶に留めておきたい内容ばかりだった。
拙くてすいません。