あらすじ
おかあさんが入院してしまったかのこは、長い髪の毛がひとりでまとめられず、くずれたポニーテールで下を向きながら学校に行きました。うしろの席の男子に、髪のことでいじわるをいわれてしまいます。そんな中、小鳥がついた看板のお店から、すてきな女性があらわれて…。子どもたちに人気の職業をテーマにした童話シリーズ「おしごとのおはなし」。10人の豪華執筆陣が描き下ろした、小学中級向け創作童話です。
...続きを読む感情タグBEST3
Posted by ブクログ
本書は、シリーズ『おしごとのおはなし』ということで、物語は二の次なんでしょと思っている、そこのあなた、物語だけでも充分に読む価値のある、美容師の仕事の素晴らしさを知りながらも、女の子の成長を描いた作品なのです(小学校中級から)。
しかも本書の場合、『しずかな魔女』や『小やぎのかんむり』といった素敵な物語を書かれてきた市川朔久子さんと、私の好きな種村有希子さんの色鉛筆の素朴な愛らしさが光る絵による、最高のコラボレーションである点も見逃せないけれど、物語の始まりは決して明るいものではありません。
いつも大切にしている長い髪を、お母さんに結んだり編んだりしてもらっていた、女の子「かのこ」だったが、お母さんの具合が突然悪くなり、ゆっくり休ませてあげたいことから、お父さんと二人で朝の準備をすることになったのだが、かのこは一人で髪を梳かすだけでもひと苦労で、お父さんに助けを求めてもこればかりは役に立たずと、結局、頭の高い位置でポニーテールにしてから毛先を三つ編みにしてくれるお母さんのようにはできず、首の後ろでひとつに結わえただけで学校に行くことになった。
女の子にとって、髪型がいつも通りではなく、自ら変だと感じている時の気持ちが如何ほどのものなのか痛いほど感じられた、その後のかのこは、仲良しの「美菜」ちゃんには素気ない態度をし、真後ろの席の「涼太」からはその髪型が邪魔だと指摘されて、「きのう、ちゃんとかわさなかったんじゃないのかあ。髪ぐらいちゃんとしろよな」とまで言われる始末。自分は坊主頭のくせにね。
そんな悲しいことのあった放課後の帰り道で、偶然かのこが出会ったのが美容院「Alouette(アルエット)」の美容師さんで、その時、長い髪の毛がランドセルに絡み付いて焦っていた彼女の髪を器用にほぐしながらも、「すごい。魔法みたい」と彼女に言わしめた、その『くるくるぱちん』は、あっと言う間に頭の後ろできれいなお団子にまとめられた、まさに魔法のような出来事に加えて、美容師さんの「うふふ、バレリーナさんみたいね」と片目をつぶってみせる仕種も素敵で、かのこにとっては一転して嬉しい出来事となった。
その後、かのこにとって更に辛い出来事が起こるものの、その助けになったのが偶然にも再会できたあの美容師さんであり、そこでのシャンプーのシーンは、市川さんの作品『よるの美容院』を思い出させる、美容院のそれならではの気持ち良さが、まさしくかのこの心も優しく癒してくれながら、美容師さんのある言葉をきっかけとして、今の辛さは彼女自身でなんとかできることを知ることになり、おそらくそれはちょうど同じような悩みを抱えている女の子たちにも、きっと届くのだと思う。
『にあう髪型って、ひとつじゃない』
『新しい自分になれたときって、最高にわくわくするのよ』
最初は、自ら大切にしてきて、毎日お母さんに結んでもらっていた愛着のある髪型ということもあって、どうしようか考えたけれども、最終的にかのこが決断する理由となったのが『新しいわたしになるんだよ』という、彼女自身の高揚感溢れる言葉に表れていて、それは女の子が大人の階段を昇るための大切な一つのステップなのであり、自立への第一歩でもあるのだと私には思われた、そこには最早、かつての下を向いていた彼女は存在せず、代わりに自信満々に両手を腰に当てて、「ほら、もうわたしは一人でも大丈夫なんだよ」と高らかに宣言している様子が、表紙の印象的な絵であり、市川さんと種村さんが何故この絵を表紙に採用したのかがよく分かる。
「アルエット」には『ひばり』の意味があり、それは美容師さんのハサミがまるで軽やかに動く小鳥のような印象や、できあがった髪型のあまりの嬉しさは、まるで心に羽が生えたみたいに弾む、それはまさに美容師の仕事では一番大切なことだと本書にも書かれていた、『美容院に来た人をしあわせな気分にする』のにぴったりな言葉だと感じるのと共に、その場面をカラーで描いた種村さんによる、かのこの晴れ晴れとした喜びとじんわりと押し寄せる幸せとが入り混じる絵と、市川さんの『ばら色のほお』という表現には感動を覚える程の気持ちとなり、それは女性にとって、髪が如何に大切なものであるのかを痛感させるには充分すぎる、作家二人の思いが込められていたようにも感じられたのである。
最後に、本書に書かれていた美容師の仕事についての豆知識として印象的だったのは、『ただ髪を短くするのではなくて、乾かしたときにまとまるように工夫しながら、切っていかねばならない』ことや『伸びたときに広がりすぎないようにするわざなどをつかって』といった技術的な部分と、お客さんから話を引き出す『コミュニケーション力』や、長時間立ちっぱなしで働く体力が必要といった、個人の能力を活かす部分とがあって、特に体力に関しては、かがんで行うシャンプーは腰が痛くなり、お湯や薬剤などで手が荒れたりといった、見た目の華やかさに反して重労働であることも、予め理解しておかなければならないことと感じられました。
また、美容専門学校で学んで国家試験に合格したとしても、すぐに美容師になれるわけではなく、アシスタントとして美容院で働きながら技術を磨いていき、営業時間後には自分でシャンプーやカットの練習をしてと、そうした数年間の積み重ねの末にお客さんの髪を切れるようになることも想定しておいた方が良いと思いましたが、技術力があれば、いつでもどこでもやっていけることや、将来自分のセンスでお店を持つこともできる魅力もありますし、本書を読んできっと美容師になりたい方もいると思う、そんな物語の良さと実際の仕事の情報とのバランスも絶妙で、美容師に興味のある小学生にはおすすめです。