あらすじ
英国人女性旅行家イザベラ・バードが朝鮮を訪れたのは、1894年、62歳の時のことである。以後3年余、バードは4度にわたり朝鮮各地を旅した。折りしも朝鮮内外には、日清戦争、東学党の反乱、閔妃(びんひ)暗殺等の歴史的事件が続発する。国際情勢に翻弄される李朝末期の不穏な政情や、開国間もない朝鮮に色濃く残る伝統的風土・民俗・文化等々、バードの眼に映った朝鮮の素顔を忠実に伝える名紀行。
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Posted by ブクログ
『朝鮮紀行』という牧歌的なタイトルからは程遠い、激動の政治の中枢に触れる内容で、驚くほど面白かった。
イザベラ・バードは日本では1878年の東北・北海道の紀行で知られる旅行家/探検家/紀行作家/写真家である。
本書は1894年の日清戦争の直前からその後三年にわたる著者の見聞が綴られている。
「モンゴロイドの特性調査の一環として」行われた旅は、はからずも朝鮮が日清戦争と諸々の内紛・外圧によって変転する様子を克明に追うものとなっている。
辺境の風俗や生活を観察する過酷な調査研究の旅の一方、ジャーナリストのように政治と社会全般の事実を取材し評価する著者の態度と力量に感服した。
1831年生まれの著者はこのとき63歳! とんでもないバイタリティ……しかも、この間にどうやら中国奥地紀行にも出かけていたらしい。
なんでこれアニメにしないの? 大河ドラマにもなりそう。『日本奥地紀行』は漫画連載中だけども、こちらもぜひ、と言いたい。
以下は印象的だったことのメモ。
朝鮮到着(釜山)の最初から闊達な日本人の活動が記述されていて面映ゆい。郵便、汽船、銀行、商業あらゆる主要な業務は日本人によって運営されている。日清戦争勃発以前は清国民と日本人が朝鮮国を運営していたかのようである。日本をすでに旅行していた著者にとって日本人は旧知であり、清潔でこまかいところに気が付き、能力が高いという評価らしい。が、しかし矮人(こびと)と日本人を呼ぶところにちょこまかと気忙しい短所をあらわしていて、また朝鮮の人々に対する態度はひどいものだと述べている。
一方、朝鮮の人々は三世紀前の日本人による蛮行のせいで日本人をひどく憎んでいるという。日本人はそんな昔のことという意識しかなかったのではないだろうか? とにかく朝鮮全土で日本人嫌いは根強く、日清戦争が拍車をかけたとはいえ元来日本人は憎まれている。
著者の見立てでは朝鮮の人々に宗教の影響はまったくなく、鬼神信仰(シャーマニズム)ばかりである。仏教は禁止されて欠片も見られない、孔子廟はあるものの人々の精神に深く影響があるとは思えない、という。
このような状況で、実利的なご利益をきっかけにキリスト教が流行ることとなったということか。1897年にはキリスト教はブームとなっていて、多くのキリスト教系の学校も運営されている。
朝鮮民族というのは怠惰で、いつも仕事がなくぶらぶらしている両班と不潔で貧しいまま向上心のない庶民というのが著者の評価であったが、ウラジオストクから沿海州の旅でロシア領満州における朝鮮人移民の隆盛を見て考えを改める。朝鮮本国では少しでも豊かになると官僚に搾取されるので働く気が起こらない。少数民族に対して政治の寛大なロシア領では極貧の朝鮮人たちは仕事に精を出し、商業・農業で豊かな暮らしを手に入れている。
ーー王妃暗殺からほぼ1ヶ月後、王妃脱出の希望もついえたころ、新内閣の状況があまりに深刻なため、各国公使たちは井上(馨)伯に(中略) 朝鮮独自の軍隊に国王の信頼を得るにたるだけの力がつくまで日本軍が王宮を占拠するよう勧めて、事態を収拾しようと試みた。(中略)なかでも日本の干渉を最もつよく勧めたのはロシア公使(中略)ーー要求を断った日本政府が結果的にロシアに干渉を許してしまうことになるのも身から出たさびといわざるをえない。ーー
日本政府は事件を企てた日本人を逮捕し、政府としては閔妃暗殺に関与していないことを証明するため、力によって国王を守る役回りを固辞したという。昔、自分が学校で習った記憶で閔妃暗殺は日本が朝鮮支配へ向かう布石と思っていたので、このくだりには驚いた。この時点では列強も日本政府の関与は疑っていなかったという。日本政府は日清戦争(下関条約締結は半年前である)によって清から朝鮮を独立させた張本人であるから、保護国の役割を果たすべきという見方かもしれない。
日清終戦後から日本人は政策にかなり干渉していたのだが、長キセルの禁止だとかこまかいところに口を出して反感と混乱を招くところが多々あり、大きく統治すべきなのにやり方がまずいと著者はイギリス人らしい感想も述べている。
最初の旅行から三年、1987年に著者は完全に朝鮮を去る。日清戦争後、あらゆる改革を進歩と正義のために進め国政に関与した日本の影響は影もなく、もっぱらロシアの力が支配的である。朝鮮の国政は国王の主権の喪失、反対派の支配、絶対王政の復活と時代に逆行している。しかし、アメリカ人の財政顧問により財政は好転した。社会の開明は進んで三年前とは大きく変わった。
ロシアはイギリスによる税関と国家財政の監督もやめさせる意向のようである。日本は撤退したがそのまま黙ってはいないだろう。朝鮮はいずれロシア・日本いずれかの支配下に入るほかなくなるに違いない。
この状況で朝鮮を去るのは心残りだと著者は言う。
当時のイギリス人としてはこのくらいの予想は火を見るよりあきらかなことなんだろうか? 政治家でもない一旅行者である著者の洞察に恐れ入ってしまった。当時の人の感想を知ることができ、とても面白く、考えさせられることが多かった。
当時の日本人も義侠心にかられる人、利だけを考える人、いろいろいたんだろうな。完全に外から見た日本人を朝鮮という外地での存在を垣間見えて興味深かった。