あらすじ
■電子版は掲載写真をカラー化!
考古学のその先へ――縄文人の思考に迫る面白さ。学校では教えてくれない縄文文化の魅力、縄文人のすごさ。日本人の精神性のルーツがここにあります!
・なぜ富士山を神々しく思い、太陽に手を合わせるのか
・世界で一番古い土器は縄文土器、器の存在も超えた
・俳句は、縄文の自然との共感共鳴を伝えている
・フグを食べ、ウニはおいしい旬に食べていた
・縄文人は「数」を認識していた ほか。
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Posted by ブクログ
15000年もの間日本で育まれていた縄文文化。
社会歴史の本では、我々の時代は、
弥生のそれが進んでて、縄文は軽んじられていたし、
文字がなかったことで、日本の言葉の文化も
なかったのでは、大陸から?と思われていた。
今でも、そう思われている学者が多い。
縄文土器は、世界規模で見ても、
日本独特の文化で、詳しく調べれば調べるほど、
農耕文化の前にすでに、日本人は、自然の中にあって、
社会を構成し、村を作り、定住を始め、定住することで
身近な自然の洞察が深まり、夏至、冬至を生活に取り込み、
世界では軽んじられる春分、秋分をも生活に。
生活集団を形成する場所の他に、
夏至、冬至、春分、秋分に
美しい太陽と山の稜線が作るダイヤモンドフラッシュを
意識的に見られる場所を神聖な場所として
イベントを行なっていたのだ。
自然を観察し、定住したことにより、
狩や採取に出掛けられない老人などが
文化を次の世代の子供達に伝え、脈々と文化を伝承。
読めば、読むほど面白い!!
Posted by ブクログ
縄文の概要を掴むには最適。
寒川神社州編に集落があったとは知らず、行ってみたが、史跡の看板しかなく周辺は団地になっていた。仕方ないとは思うが、縄文を感じる何かが欲しい。
Posted by ブクログ
小林達雄氏(1937年~)は、縄文文化を専門とする考古学者で、國學院大学名誉教授。新潟県立歴史博物館名誉館長。
私は日本の人類史についての特段の専門知識は持たないが、縄文時代・文化に対する解釈は専門家の間でも見解が分かれているらしく、著者はそうした点も踏まえて自らの考えであることを断りつつも、強い自信と信念をもって筆を進めている。
著者は本書で、縄文時代の、集落、記念物(ストーンサークル等)、縄文火焔土器、土偶、大和言葉、狩猟採集生活などがどのようなもので、よって縄文文化が他の文化と如何に異なる特徴を持っていたのかについて様々な分析をしているが、一貫して強調しているのは、縄文時代がヨーロッパや中国大陸の新石器時代とほぼ同年代にありながら、大陸の新石器時代が「農耕」を伴っていたのに対し、縄文時代は1万年以上に亘り農耕ではなく「狩猟・採集」を行っていたという点で、更に以下のように展開している。
◆大陸の新石器時代では、農耕とともに定住するようになった人々は、自然と共生せずに自然を征服しようとしてきた。人工的に作られた集落(ムラ)の外側には人工的な機能を持つ耕作地(ノラ)があり、ムラの周りの自然は開墾すべき対象だった。一方、縄文時代では、人々は狩猟・漁労・採集(更に、土器の発明により煮炊きが可能となったこと)によって定住を果たし、自然と共存共生してきた。ムラの周りには自然(ハラ)を温存し、自然の秩序を保ちながら、自然の恵みをそのまま利用してきた。
◆人類の歴史で重要なことは、第一段階の遊動的生活から第二段階の定住的生活への変革であり、その基盤が農耕か狩猟・採集かで優劣はない。日本がその後弥生文化の農耕を受け入れることになるのは、遅れた縄文文化が進んだ弥生文化に移行したということではなく、二つの文化の対立の結果、何らかの歴史的事件があったと考えられる。
◆日本的観念、日本的姿勢とは、縄文文化に始まる「自然との共生」をベースとしており、「自然との対決」をベースとするヨーロッパ的、中国的観念・姿勢とは根本的に異なる。
◆大陸的な「自然との対決」の姿勢は、いずれ「自然の征服」となり、それが正しい人類の歴史であるとする西洋的な歴史観につながってきて、今や後戻りのできない深刻な局面を迎えている。今こそ縄文文化の発想から我々の生き方を照らし出していく必要がある。
著者の主張する「自然との共存」は、サステイナブルな社会を実現していくために不可欠の考え方として世界中でかなり浸透してきているものの、一方で、政治家や成功した実業家のような社会的影響力の大きい人々の中にも(だからこそ?)、経済成長の呪縛から逃れられない輩が少なくない。
我々には縄文文化の「自然との共存共生」が遺伝子として刷り込まれているのであり、それを呼び覚まして、そうした取り組みをリードしていかなければならないと強く思う。そして、それこそが「日本人の(更には、世界の人々の)未来を拓く」ことになるのだ。
(2019年1月了)
Posted by ブクログ
なぜ縄文時代は1万年以上も続いたのか、その理由を著者は「自然との共存共生にある」と説く。
縄文人達は、住まいの空間「ムラ」を作り、生きるための糧を得る空間を「ハラ」として自然そのものとし、はっきりと区分けしていた。
「ハラ」では狩猟・漁労・採集を生業の三本柱とし、大陸的文明開花の第一歩とされた農耕には見向きもしなかった。
生活の糧を得るために縄文人達は「ハラ」に出向くのだが、必要最低限の量だけを分け与えてもらうというスタンスだ。
弥生時代以前に始まった農耕は、人々の食料事情を画期的に変えた反面、人々にとっては重労働を強いる事になる。
縄文人達は「ハラ」での狩猟・漁労・採集が労働だったのだが、当時の自然環境は縄文人達が生きて行く上では豊な資源供給量があり、労働時間も実質数時間で終わった可能性が高い。
農耕は穀物などの収穫のため、農作業には多くの労働が必要だということだ。
その代わりに安定した大量の食料は、人口の増加に大きな貢献をもたらした。
そして大量に生産される穀物から、資本主義の概念が生まれて行く事になる。
農耕の始まりによって広大な自然環境を人口的に変化させ、利便性を求めて高度な文明を築き上げた結果、地球環境は大きく様変わりし、今の地球は青息吐息となってしまった。
この一冊の表題『 縄文文化が日本人の未来を拓く 』では日本と謳っているが、これは世界と置き換えるべきかと思う。
まだ間に合うのかどうかは不明だが、この一冊から縄文人達が実践した「自然との共存共生」を一考する価値はあると思う。
Posted by ブクログ
地元に史跡もあり、博物館にも何度か足を運んでいますが、学術的な本を読んだことがなかったので読んでみました。
そして、読み終わって気づいたけど、著者も地元の方でした。しかも今年お亡くなりになられたそうで、例の博物館の初代館長さんだったと新聞記事で知りました。
縄文時代のことは色んな学者さんが、様々な見解を述べているそうですので、他の視点の本も読んでみないと分かりませんが、自分としては腑に落ちる内容ではありました。
またこの本の内容を確認して比較するために博物館に足を伸ばして、あらためて展示を見てみようと思います。
Posted by ブクログ
縄文にストーンサークルがあるのを知らなかった。自然からの恵みで自然と共生していた彼らにとって、太陽の軌道を知り、四季を巡る植物の循環を知り、それを群れで組織知化する戦略は合理的だ。
土器も、加工や保存で定住を後押しした。
そんな暮らしでは、生きる糧を得る労働時間は少なく、資本に搾取され、物欲と将来不安に金銭への欲求を追い立てられる我々より幸せに人生を楽しんだのだろう。
敬愛するソーローはそれを実証した。
その縄文が終焉し弥生を受け入れた。なぜその選択をしたのか考えれば、時計を戻して、我々が幸せに暮らせるベストバランスがわかるかもしれない。