あらすじ
粋なやつ、不器用なやつ、土地っ子、よそ者……、色とりどりの人間模様が見られる東京浅草。その奥深さに、作家自らも吸い寄せられてゆくかのように書かれた連作小説全12話。SFから時代小説まで幅広い作品を残した半村良。彼が愛した昭和末年の浅草を舞台に、なさけ、酒、色恋を実際の風物を織り交ぜながら描いた人情小説の最高傑作。
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Posted by ブクログ
知り合いが多くて、会話も多い。なんて羨ましい環境だろうか。
第五話「一文の酔い」を読んでいるときに、ふとそんな思いがよぎった。元来の人脈の乏しさに輪をかけて、いまは非常に限定的な範囲でしか人と交流できていない。
私の浅草来訪歴は、(恐らく)ほんの1回。数年前、新春浅草歌舞伎を観に上京した時だ。
本書は帰る途中に立ち寄った本屋に置いてあって、来訪記念に購入したものである。今回初めて読み通したが、筆者が住み着いた昭和末年の浅草が、私が目にしたそれとは全く異なっていた。
外国人の影はなく、至るところで江戸っ子言葉が飛び交う、まさにイメージ通りの浅草。人物の容姿を揶揄する等ムッとするような描写もあったが、タイムスリップして覗いてみたくもなった。
「下駄をはいて浅草うろつく私は、ひと足ごとに過去を踏んづけて歩いているわけだ」(P. 75)
「みんな、生きたいように生きればそれでいいのさ。日和下駄を鳴らして」(P. 298)
物語は筆者目線で語られており、彼を取り巻く人々の人情噺が展開されている。(人間関係に関しては、どこまでが真実か分かりかねるが…)
筆者は下駄を愛用しており、カラコロと街を練り歩く姿は両津勘吉を彷彿とさせた。両さんほど口やかましくなくて寧ろおとなしい方だけど、両さん同様、浅草にベタ惚れしているのがよく伝わってくる。
よそ者には手厳しそうだけど、あんな賑やかな環境にいたら確かに退屈しなさそう。
実際筆者は、充実した日々を送られていたと思う。それでも物語の進行的にはこう願わずにいられなかった。
周りの浅草っ子たちには、どんどん筆者を巻き込んでいってほしい。憧憬しながらもその輪に入れなかった私の代わりに。
Posted by ブクログ
コレよかったなぁ。
空気感が伝わる。
浅草に歩いていける(がんばれば)
下町暮らしを始めて10年以上。
お祭のあり方。
島内⁉︎村内のおじさま方々。
美味しそぉ。
いとうせいこうの解説もよかった。
Posted by ブクログ
▼サラリーマン一家で育ち自分も会社勤めで、まして転勤族な上に海外でも暮らしたような人(僕とか)には、実はこういうのって一種、SFのような神話性がある気もする小説です。
▼半村良、というとSF小説家だという偏見が自分にありましたが(素直な意味での)、これはなんというか、「山口瞳風の正統派人情現代劇(書かれた当時の)」。
山口瞳さんの小説が分からない人も多いと思いますが・・・。
ある時期以降は椎名誠さんもこういう人情モノ書いてたかなあ・・・。
▼1988年の本だそうで、まあバブル時代ということなのでしょうか。
語り部の「私」が浅草に引っ越してきます。小説家で、中年の男性、独身。
浅草の近くで育ったけど、浅草の人間では無い、みたいな距離感。
で、本の作りは連作短編で、「私」は、お金はあるし独身、小説家として浅草を取材しようという意思もある。そして時代はまだネットなんかなくて、携帯もない。つまり足を運んで人と会うより他に無い時代なんですね。
▼この「私」の背中越しに、ちょっとしたディープ地元系の浅草というか、そういう
「浅草で自営みたいに、水商売みたいに、働いている男女の体臭みたいなもの」
とでも言うか、そういうものが味わえる一冊。
▼「だからなんなのよ」と言えば突っ込みどころは満載で、居酒屋、酒、男女、下町、歳月、水商売、みたいなことへのロマンチズムが、臭いと言えば臭いとも言えます。
▼でも、こういうことを書きたくて、こういう風に一冊になる。そういう意味では小説家としての技術は確かだなあ、と思いました。あと、時代というか・・・風俗の移り変わりを期せずして楽しめるのも、小説というカタチの愉しみ。そういう意味では深い味わい。
Posted by ブクログ
この空気感。いいな〜
浅草の人情もグタグタ感もひっくるめて愛すべき町、愛すべき人が描かれた傑作。浅草に、そして故郷に帰って古い友に会って、町にがんじがらめにつかまりたい衝動にかられた。
Posted by ブクログ
半村良さん、初読み。
浅草の住人たちの日常を描いた、古きよき昭和の臭いのする小説。
実在のお店などもたくさん登場し、浅草に土地勘がある人にはより楽しめると思う。