あらすじ
スキー中の事故で脚に癒せない傷を負ったアリーチェ。けた外れの数学の才能を持ちながら、孤独の殻に閉じこもるマッティア。この少女と少年の出会いは必然だった。ふたりは理由も分からず惹かれあい、喧嘩をしながら、互いに寄り添いながら大人になった。だが、ささいな誤解がかけがえのない恋を引き裂く――イタリアで二百万部の記録的ベストセラー! 同国最高峰の文学賞ストレーガ賞に輝いた、痛切に心に響く恋愛小説。
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Posted by ブクログ
なんの話か?と思うような断片的なエピソードが重なり、人物像があらわれてくる。
エピソードの中にはかなり生理的に受け付け難いものもあり、主人公たちが受ける心の傷を理解できる。
理解はできるけれど、なんで、もう、そんなにも不器用なの?なんでそんなに、あちこちつまづくの?さらっと流して行けないの???
と言いたくなるような不器用すぎる人生にイライラしっぱなし。
拒食気味で偏屈なアリーチェと、自閉症気味のマッティア。
他人も巻き込んで、はた迷惑ながんこさ。
拒食で出産を拒否する妻に絶望して去っていく、アリーチェの夫ファビオは被害者とも思う。
その時に、アリーチェは9年ぶりにマッティアに連絡を取る。魂の半分ともいえそうな相手とふたたび会い、今度こそうまく行くかと思ったが、ファビオと破綻したとしらなかったマッティアは、彼女のもとを去る。運命と相手との決定的なすれ違い。
それでも読後感がいいのは、2人が共に前を向いたから。あの時ああしていたら、という思いと決別していく。
お互いに愛しあっていることを、お互いわからずに、それでも、別れることに納得した時に前を向いていける。
運命の相手よりもなお、自分自身と向かい合うことが2人を変えていく。イタリア的なBildungsromanとでも言えそう。
Posted by ブクログ
【読書会参加】2026年3月15日(日)都内某所
課題本:パオロ・ジョルダーノ「素数たちの孤独」
スキー中の事故で脚に癒せない傷を負ったアリーチェ。けた外れの数学の才能を持ちながら、孤独の殻に閉じこもるマッティア。この少女と少年の出会いは必然だった。
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1.双子素数という切なくも美しいモチーフ
本作を象徴する「双子素数」。11と13、569と571、3257と3259のように、間に一つの偶数を挟んで隣り合うものの、決して重なることのない素数のペアのことです。
近しくも触れ合わない…幼少期のトラウマを抱えた主人公アリーチェとマッティアは、まさにこの双子素数のような関係でした。
アリーチェはスキー事故で脚に障害を負い、拒食症を患う。(単なる痩せ願望ではなく、身体を思い通りにしたいという思念を感じるもの)
マッティアは幼い頃に知的障害のある妹を公園に置き去りにし、失踪させてしまった罪悪感から自傷行為を繰り返しています。
この「1と自分自身でしか割り切れない」という定義は、他者を介入させられない二人の魂の在り方そのもの。孤独は欠陥ではなく、その人がその人であるための「素数的性質」であるというメッセージのように思えました。
2.ステレオタイプなイタリア人像の不在
「イタリアの小説」と聞くと、家族愛が深く、陽気でおしゃべりで、とにかく食べるのが大好き!というイメージを抱く方が多いかもしれません。しかし、本作では家族との関係がよろしくない。
アリーチェが食に関心を持てない(拒食症)ことからもわかるように、ステレオタイプな「イタリアらしさ」はほとんど感じられません。社会から疎外され、ひたすら内向的な若者たちの姿が描かれています。
そんな重い物語が、イタリア国内で200万部(日本の人口に換算すれば400万部クラスの特大ヒット)も売れたのはなぜか。読書会では、国や文化を問わず、現代人が本質的に抱えている普遍的な孤独感や「生きづらさ」を見事にすくい上げたからではないか、という意見が出ました。
陽気なイメージのある国の人々の中にも、口に出せない深い痛みが確実に存在するはず。それに多くの読者が共鳴したのかもしれません。
3.安易な大団円より自立というリアリズム
出版社キャッチコピーなど「痛切な恋愛小説」として紹介されることも多い本作ですが、いわゆるご都合主義の大団円や、甘いハッピーエンドは用意されていません。お互いに傷を舐め合って依存するのではなく、最終的に彼らは自分の「孤独」を引き受け、自分の足で生きていく道を選びます。
作中には「選択はいつもほんの数秒でなされるが、残りの時間、その報いを受けることになる」という印象的な言葉も。
それは決して絶望的な結末ではなく、ある種の「自立」を感じさせる静かな力強さがあります。無理に綺麗に終わらせないからこそ、ドキュメンタリーを見たようなリアルな余韻が心に長く残るのでしょうか。
4.まだまだ小ネタも語りたい
・理系作家ならではの独特すぎる比喩表現
キスは「陳腐なベクトルの連続」、人が手を振る動作は「ヘリコイド(螺旋面)の形を真似しているかのよう」、足が震えることを「非弾性的」。素粒子物理学の博士号を持つ著者らしく、作中には主人公マッティアの思考を通して、他の本では見ないような理系メタファーがたくさん登場しました。
・普通じゃない絆の「タトゥー削り取り事件」
アリーチェはノリで入れてしまったタトゥーを激しく後悔し、それを消そうとします。その際、彼女が頼ったのがマッティアですが「自傷行為で体を傷つけることに慣れていそうだから」という思考が透けて見えてしまう。
一般的な青春小説ではありえない、不器用で歪んだ距離感がよく表れています。それを諭すマッティアの言葉もまた良かった。
・アリーチェと写真
マッティアが数学を得意とし、一生をかけて打ち込むものとしているのに憧れがあったのかもしれない。アリーチェが「カメラを始めたい」と言い出したのはタトゥー同様の気まぐれに思えましたが、その後写真スタジオでの仕事につなげます。
わたしには実際に職業カメラマンの友人がいますが、結婚式写真などは「絶対に失敗できない」プレッシャーが非常に強く、機材運搬など体力を使うことも多いため、ストレスをためがちだとか。何年も続けていられるのは彼女のタフさが現れているかもしれません。
Posted by ブクログ
体に傷を負った少女と心に傷を負った少年の
孤独な1人と1人の物語。
2人が出会う前、出会ってから、離れたり
再会したりする中でそれぞれに「救い」の
存在を探し求めながら成長していく姿が
描かれている。
事故で片足が動かなくなった少女アリーチェと、
知的障害がある双子の妹を自分の故意による
行動によって失ったマッティア。
同じ場所にいてもそれぞれの孤独が明確に
存在していて特にマッティアの孤独は深くて
救いはどこにあるのかと感じる。
たとえ神様が妹を蘇らせてくれても彼は救われ
ないのかもしれない。
これだけ孤独を書いているのに物語のそこかしこに
瑞々しさを感じるのは若い2人が主人公だからか、
著者の筆致の成せる技か。
Posted by ブクログ
初めての恋愛小説。
2人の抱えてる闇に引っ張られて少ししんどくなりながら読んだ感じがしている。
最後の後悔しない選択が、そっちなんやなぁと思った。
子供は時に残酷だ。結局ミケーラはどうなったの?
Posted by ブクログ
心に消えない傷を負った少年と少女が惹かれあう、少年は天才的な数学の才能がある、というあらすじに加えてタイトルが素数たちの孤独。うまいなと思う。高尚な解釈をする事も出来るけど、個人的には『村上春樹+森博嗣÷2』という公式で良いかなと思った。
「孤独」とか「世界とうまくなじめない僕(私)」という世界観に加えて、数学の才能を持った少年が双子素数に二人をなぞらえ、「276088996665はアリーチェの数字」と二人の関係を数学に重ねる場面にキュンキュンした人は、絶対若かりし頃に「数字の中で、7だけが孤独ですもの」にキュンキュンした人だろうなと思う。大人になるとムズムズします。はい。この場面以外数学関係無く、世界を因数分解してくれるわけでもなく、正直数学の天才って設定は必要だったのかどうか。
物語は、男女の恋愛話ではない。「私(僕)は傷ついたんだ!」というのと同じくらい人は「周りを傷つけている」という事。そしてそこからまたみんな歩き出さなければいけないという事。
最後結局、ミケーラの謎もそのままで、アリーチェはマッティアだけ変わるのが嫌だったのか、それとも今更妹が見つかった所で誰も救われないという結論に至ったのか。二人がくっつかずに終わるのも無責任な気がした。
ベストセラーってものにもよるけど、いつも合わない。