あらすじ
スキー中の事故で脚に癒せない傷を負ったアリーチェ。けた外れの数学の才能を持ちながら、孤独の殻に閉じこもるマッティア。この少女と少年の出会いは必然だった。ふたりは理由も分からず惹かれあい、喧嘩をしながら、互いに寄り添いながら大人になった。だが、ささいな誤解がかけがえのない恋を引き裂く――イタリアで二百万部の記録的ベストセラー! 同国最高峰の文学賞ストレーガ賞に輝いた、痛切に心に響く恋愛小説。
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まずタイトルがいいです。理系が大好きな素数ですよ。タイトル買いでした。
幼少期のスキー事故で足が不自由になり、拒食症の少女アリーチェと、ある過去の罪を背負い、自傷癖のある数学の天才少年マッティアの幼少期から大人になるまでの物語です。
マッティアが数学専攻なので、双子素数という話がでてきて、間に一つだけ偶数をはさむ素数のペアのことらしいですが、まるで主人公の二人のようでした。
二人を取り巻く周りの人たちも苦しんでいる素数たち。心理描写が美しい。分かり合えない苦悩を数学にかけてるのがおしゃれだなあと思います。
孤独な二人がお互いを必要としながらも、不器用な接し方しかできない、二重螺旋のように近づいたり離れたり、もどかしい話大好きです。
久々に読みごたえのある良作
イタリアベストセラーというのが半分驚き。
というのも中身がけっこう暗めで、マイノリティの話なので、そんな大勢に読まれるのか、と・・・。
しかしながら読書好きは東西問わず、重さ、孤独が好きなのかもしれない。
感情移入しながら読んでしまう。
Posted by ブクログ
なんの話か?と思うような断片的なエピソードが重なり、人物像があらわれてくる。
エピソードの中にはかなり生理的に受け付け難いものもあり、主人公たちが受ける心の傷を理解できる。
理解はできるけれど、なんで、もう、そんなにも不器用なの?なんでそんなに、あちこちつまづくの?さらっと流して行けないの???
と言いたくなるような不器用すぎる人生にイライラしっぱなし。
拒食気味で偏屈なアリーチェと、自閉症気味のマッティア。
他人も巻き込んで、はた迷惑ながんこさ。
拒食で出産を拒否する妻に絶望して去っていく、アリーチェの夫ファビオは被害者とも思う。
その時に、アリーチェは9年ぶりにマッティアに連絡を取る。魂の半分ともいえそうな相手とふたたび会い、今度こそうまく行くかと思ったが、ファビオと破綻したとしらなかったマッティアは、彼女のもとを去る。運命と相手との決定的なすれ違い。
それでも読後感がいいのは、2人が共に前を向いたから。あの時ああしていたら、という思いと決別していく。
お互いに愛しあっていることを、お互いわからずに、それでも、別れることに納得した時に前を向いていける。
運命の相手よりもなお、自分自身と向かい合うことが2人を変えていく。イタリア的なBildungsromanとでも言えそう。
Posted by ブクログ
過去の傷を引き摺る男女の人生を辿りながら、その出会い、交錯、別れ、再会を繊細な筆致で綴る傑作。処女作で権威あるイタリア文学賞を受賞し、人口6000万人のイタリアで200万部を売り上げたのも納得。物語全体の完成度の高さはもちろんのこと、一文一文の表現の巧みさまで語り尽くしたくなる作品です。原語が読めたら、もっと素敵なのでしょう。
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【読書会参加】2026年3月15日(日)都内某所
課題本:パオロ・ジョルダーノ「素数たちの孤独」
スキー中の事故で脚に癒せない傷を負ったアリーチェ。けた外れの数学の才能を持ちながら、孤独の殻に閉じこもるマッティア。この少女と少年の出会いは必然だった。
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1.双子素数という切なくも美しいモチーフ
本作を象徴する「双子素数」。11と13、569と571、3257と3259のように、間に一つの偶数を挟んで隣り合うものの、決して重なることのない素数のペアのことです。
近しくも触れ合わない…幼少期のトラウマを抱えた主人公アリーチェとマッティアは、まさにこの双子素数のような関係でした。
アリーチェはスキー事故で脚に障害を負い、拒食症を患う。(単なる痩せ願望ではなく、身体を思い通りにしたいという思念を感じるもの)
マッティアは幼い頃に知的障害のある妹を公園に置き去りにし、失踪させてしまった罪悪感から自傷行為を繰り返しています。
この「1と自分自身でしか割り切れない」という定義は、他者を介入させられない二人の魂の在り方そのもの。孤独は欠陥ではなく、その人がその人であるための「素数的性質」であるというメッセージのように思えました。
2.ステレオタイプなイタリア人像の不在
「イタリアの小説」と聞くと、家族愛が深く、陽気でおしゃべりで、とにかく食べるのが大好き!というイメージを抱く方が多いかもしれません。しかし、本作では家族との関係がよろしくない。
アリーチェが食に関心を持てない(拒食症)ことからもわかるように、ステレオタイプな「イタリアらしさ」はほとんど感じられません。社会から疎外され、ひたすら内向的な若者たちの姿が描かれています。
そんな重い物語が、イタリア国内で200万部(日本の人口に換算すれば400万部クラスの特大ヒット)も売れたのはなぜか。読書会では、国や文化を問わず、現代人が本質的に抱えている普遍的な孤独感や「生きづらさ」を見事にすくい上げたからではないか、という意見が出ました。
陽気なイメージのある国の人々の中にも、口に出せない深い痛みが確実に存在するはず。それに多くの読者が共鳴したのかもしれません。
3.安易な大団円より自立というリアリズム
出版社キャッチコピーなど「痛切な恋愛小説」として紹介されることも多い本作ですが、いわゆるご都合主義の大団円や、甘いハッピーエンドは用意されていません。お互いに傷を舐め合って依存するのではなく、最終的に彼らは自分の「孤独」を引き受け、自分の足で生きていく道を選びます。
作中には「選択はいつもほんの数秒でなされるが、残りの時間、その報いを受けることになる」という印象的な言葉も。
それは決して絶望的な結末ではなく、ある種の「自立」を感じさせる静かな力強さがあります。無理に綺麗に終わらせないからこそ、ドキュメンタリーを見たようなリアルな余韻が心に長く残るのでしょうか。
4.まだまだ小ネタも語りたい
・理系作家ならではの独特すぎる比喩表現
キスは「陳腐なベクトルの連続」、人が手を振る動作は「ヘリコイド(螺旋面)の形を真似しているかのよう」、足が震えることを「非弾性的」。素粒子物理学の博士号を持つ著者らしく、作中には主人公マッティアの思考を通して、他の本では見ないような理系メタファーがたくさん登場しました。
・普通じゃない絆の「タトゥー削り取り事件」
アリーチェはノリで入れてしまったタトゥーを激しく後悔し、それを消そうとします。その際、彼女が頼ったのがマッティアですが「自傷行為で体を傷つけることに慣れていそうだから」という思考が透けて見えてしまう。
一般的な青春小説ではありえない、不器用で歪んだ距離感がよく表れています。それを諭すマッティアの言葉もまた良かった。
・アリーチェと写真
マッティアが数学を得意とし、一生をかけて打ち込むものとしているのに憧れがあったのかもしれない。アリーチェが「カメラを始めたい」と言い出したのはタトゥー同様の気まぐれに思えましたが、その後写真スタジオでの仕事につなげます。
わたしには実際に職業カメラマンの友人がいますが、結婚式写真などは「絶対に失敗できない」プレッシャーが非常に強く、機材運搬など体力を使うことも多いため、ストレスをためがちだとか。何年も続けていられるのは彼女のタフさが現れているかもしれません。
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高校時代に「孤独」「素数」が何故か自分の中にフィットしてタイトルだけ見て購入。
孤独を感じながらも不器用に生きて行く少年少女様子が書かれている。高校を卒業して大学に入っても孤独を感じていた時に読んでいた。読んでいると孤独でも別に良いじゃないか、孤独と向き合っていこうと思えた。「人は好きなものに偶然出会い、それにしがみついて人生を築いていく」というフレーズは、学生時代の孤独を感じながらも研究にしがみつく自分と重ねていた。
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なかなかおもしろかった
「素数は1とそれ自身でしか割り切ることができない。自然数の無限の連なりのなかの自分の位置で素数はじっと動かず、他の数と同じくふたつの数の間で押しつぶされてはいるが、その実、みんなよりも一歩前にいる。彼らは疑い深い孤独な数たちなのだ」と本文には書いてある。
そして、孤独には『積極的な孤独(Solitude)』と『消極的な孤独(Loneliness)』があり、原題では前者が使われている。
主人公はふたり。アリーチェという少女と、マッティアという少年。
アリーチェは拒食症で、マッティアは数字の天才。
子どものころ、アリーチェはいじめにあっていた。そしてマッティアは発達障害の妹を公園に置き去りにしたことがある。妹はそのまま行方が知れず、マッティアはいつもそのことを後悔している。
アリーチェとマッティアは出会う。恋愛感情はあるのだろうか。それもよくわからないが、特別な関係ではあるようだ。ふたりはそれぞれの道を歩む。それでも完全に疎遠になるわけではない。
イタリアの小説なのだが、ラテン系の情熱的な空気はまったくなくて、むしろ白夜のような寒々しいイメージがつらぬかれている。これでイタリアでは200万部売れたというのだから不思議なものだ。
恋愛小説として紹介されているのだが、首をかしげたくなる。これは恋愛なのだろうか。
むしろ、孤独な人間たちが自らの生きる場所を探して彷徨う物語のように思う。そこには恋愛の要素もあるのだが、「素数たちの孤独」というタイトルからして、推して知るべしというところ。
登場人物たちの気持ちというか、素数として生きる感覚はよくわかった。誰でもそうなんじゃないかと思ったが、よくよく考えてみると誰もが素数なのではなく、合成数もいるのかもしれない。そして小生は合成数の気持ちはわからない。うまいタイトルだ。素数はどこまでも孤独な素数なのだ。
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心と体に傷を負った少年少女が、苦しみを抱えながらもがきながら成長していく話。
それぞれの人生が交互に語られ、その孤独の深さにこちらも辛くなるが、微かな光が差し込むラストに心が救われた。人生の様々な局面で選ばなかった答えを、もし、自分が選んでいたら…そんなことを考え余韻に浸っている。
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これでいい。終わり方はこれでいいんだと思う。途中でおそらく誰もが想像する終わり方だったら、安っぽいし、だいたいファビオとナディアが「なんだったの」になってしまうではないか。この終わり方だからこそ、いろいろ考えてしまうし、しみじみとした余韻が残る。
Posted by ブクログ
体に傷を負った少女と心に傷を負った少年の
孤独な1人と1人の物語。
2人が出会う前、出会ってから、離れたり
再会したりする中でそれぞれに「救い」の
存在を探し求めながら成長していく姿が
描かれている。
事故で片足が動かなくなった少女アリーチェと、
知的障害がある双子の妹を自分の故意による
行動によって失ったマッティア。
同じ場所にいてもそれぞれの孤独が明確に
存在していて特にマッティアの孤独は深くて
救いはどこにあるのかと感じる。
たとえ神様が妹を蘇らせてくれても彼は救われ
ないのかもしれない。
これだけ孤独を書いているのに物語のそこかしこに
瑞々しさを感じるのは若い2人が主人公だからか、
著者の筆致の成せる技か。
Posted by ブクログ
イタリアの物理学者が描く恋愛小説。繊細過ぎる二人のすれ違いが、もどかしくて仕方がなかった。最後は、二人ともがそれぞれの道に進んでいくことになり、残念だけど、ひとまず安心すべきなのかもとも感じた。二人はまさに素数に象徴されるような孤独を生きている。スクールカーストのような関係や親子関係とか、万国共通だなと思った。
もっと他の作品も読んでみたい。
Posted by ブクログ
素数とは1とその数字以外に約数を持たない数字。つまり他の数字と共通点がないということになるだろうか。
アリーチェは幼い頃に習っていたスキーの練習中の事故で足に傷を負い、引き摺って歩かなければならなった少女。
マッティアは幼い頃に双子の妹を亡くしてしまった事に責任を感じている自閉症気味の少年。しかし、数学については天才的な才能がある。
この一見、何の共通点もない二人が出会い、お互いに強く惹かれだす。しかし、反発も生まれる。
双子素数というものがある。一つの偶数を挟んで隣り合う素数だ。11と13とか。
隣り合い、同じ素数という惹かれ合う関係でありながら、素数であるが故にそれ以外に共通項がない二人。
双子素数のように惹かれあいながらも、その間にある偶数のように確実な溝があり、それを超えられない二人。
そんな切ない恋愛小説。
Posted by ブクログ
1と自分の数字以外では割ることができない素数になぞらえた、それぞれが深い闇を抱えた男女の、運命的な出会いから、時に交わりながら歩んでいく孤独な人生譚。
独特なトーンで進んでいく物語は、不思議な吸引力を放ち、決してハッピーではないのに、なんともスッキリとした読後感を与えてくれる。
Posted by ブクログ
とにかくふたりがつらい。ずっとつらい。20年近くもつらい。それでも読まずにはいられなくて読み進むのですが途中本当に凹みました。ラストも、こうしか無いだろうな……という感じ。面白かったと言っていいのかよく分からない。とにかくすごい引力を感じる物語でした。
Posted by ブクログ
なんか淡々と感情に流されずに話はすすむ
素数なので交わることはないのだろうか
最後がなあ、やっぱり素数だからかなあ
結婚式の写真のエピソードは痛快
その後のフォローはどうなったんだろうか
Posted by ブクログ
これはかなり良かった
作者はイタリアで最も権威のある文学賞を受賞しているが量子物理学者だそうだ
描きたいテーマがタイトルに表明されており、終わり方も、、、
Posted by ブクログ
タイトルに惹かれて読んでみたけど、訳者のあとがきにもあるように数学的要素を期待しすぎていたのかもしれない。
ものすごく水を差すようなことを言うと、ファビオの料理をトイレに捨てて、あまつさえトイレを詰まらせたアリーチェをファビオはどう思ったんだろう…。私はその後のファビオがどういう言葉をアリーチェにかけたのかが一番知りたい。
Posted by ブクログ
子供の頃の出来事がもとで
それぞれ心と体に傷を負った
マッティアとアリーチェ。
思春期から大人になる過程で
めぐりあったふたりの物語。
もし登場人物の名前が日本風なら
イタリアが舞台とは思えないくらい。
繊細な子をとりまく環境って
世界でそんなに変わらないものなのね。
ラストをどう解釈すればいいのか困惑。
私としては幸せになってほしいので
ふたりも、マッティアの妹も
再会して新しい生活が続くと信じたい。
Posted by ブクログ
初めての恋愛小説。
2人の抱えてる闇に引っ張られて少ししんどくなりながら読んだ感じがしている。
最後の後悔しない選択が、そっちなんやなぁと思った。
子供は時に残酷だ。結局ミケーラはどうなったの?
Posted by ブクログ
心に消えない傷を負った少年と少女が惹かれあう、少年は天才的な数学の才能がある、というあらすじに加えてタイトルが素数たちの孤独。うまいなと思う。高尚な解釈をする事も出来るけど、個人的には『村上春樹+森博嗣÷2』という公式で良いかなと思った。
「孤独」とか「世界とうまくなじめない僕(私)」という世界観に加えて、数学の才能を持った少年が双子素数に二人をなぞらえ、「276088996665はアリーチェの数字」と二人の関係を数学に重ねる場面にキュンキュンした人は、絶対若かりし頃に「数字の中で、7だけが孤独ですもの」にキュンキュンした人だろうなと思う。大人になるとムズムズします。はい。この場面以外数学関係無く、世界を因数分解してくれるわけでもなく、正直数学の天才って設定は必要だったのかどうか。
物語は、男女の恋愛話ではない。「私(僕)は傷ついたんだ!」というのと同じくらい人は「周りを傷つけている」という事。そしてそこからまたみんな歩き出さなければいけないという事。
最後結局、ミケーラの謎もそのままで、アリーチェはマッティアだけ変わるのが嫌だったのか、それとも今更妹が見つかった所で誰も救われないという結論に至ったのか。二人がくっつかずに終わるのも無責任な気がした。
ベストセラーってものにもよるけど、いつも合わない。
Posted by ブクログ
双子素数を題材にしており、たびたびすれ違う様はあっても隣り合うことはない。まさに双子素数が無限に循環するがごとく、物語が切なく進められていくようであった。双子素数については多くの数論学者が無限に存在するだろうと予想しているが、数学上は未だ有限か無限かは解決されていない。この問題に対し、この小説は一つの答えを出しており、それが彼ら主人公2人が出した結論なのだと考えられる。ある意味、循環を断ち切った彼らは、「素数ではないもの」になれるのかもしれない。双子素数という題材を抜きにしたら陳腐になってしまうかもしれないが、今一度孤独について考えさせられたように思う。
Posted by ブクログ
双子素数は悲しかった。
孤独で寂しい。
でも、他人と交わるのを拒絶する。
結局ひとりぼっち。
みんな寂しい。
空疎。
どこかで繋がってたらいいな。
頭の中では誰かを想ってる。
Posted by ブクログ
小説の内容はともかく、イタリア人の書く、イタリア人が主人公の小説ということで興味深かった。
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スキー中の事故で足に癒せない傷を負ったアリーチェ。けたハズレの数学の才能を持ちながら、孤独の殻に閉じこもるマッティア。この少女と少年の出会いは必然だった。ふたりは理由もわからず惹かれあい、喧嘩をしながら、互いに寄り添いながら大人になった。だが、ささいな誤解がかけがえのない恋を引き裂く--イタリアで二百万分の記録的ベストセラー! 同国最高峰の文学賞ストレーガ賞に輝いた、痛切に心に響く恋愛小説。
Posted by ブクログ
イタリアでベストセラーとなったという帯に目がとまり、読んでみた。
翻訳作品だからかどうかわからないが、どこか表面をさらさらと滑るような本で、エピソードは色々あったが、いまいち入り込めなかった。
「結果の重み」というキーワードは印象に残った。
Posted by ブクログ
過去の出来事による心の重しから、
あまりに自分自身になり過ぎて、
他人、世界とのかかわりに不器用なアリーチェとマッティア。
あまりに世界を状態として捉えすぎていて、
そもそも、かかわりの必要さえ自律的には感じないかもしれない
マッティア。
マッティアが何かあるごとに内に内に向かっていくのに
アリーチェの前では開かれて外に向きかける一方で
アリーチェは何かのきっかけで外に向こうとしていくのに
マッティアとの関係では閉ざす方向で「結果の重み」を生み出してしまう。
分かち合う約数を「持てない」素数でありながら
ひとつはさんで並び合う双子の素数という存在と表された
お互いを、自分にとっても相手にとってもかけがえなく
必要な人生のパーツであると自覚しながら否定・拒否・閉ざして
二人寄り添いながら、すれ違いをつみ重ねていく、
ヒリヒリして苦しい恋愛小説。
ほんの少し、希望を信じて
自分だけで考える予測を裏切った結果、危険を冒せば、
異なる結果が得られるのに。
交わりあいながらも一緒にはなれない存在のもどかしさ