【感想・ネタバレ】戦争と読書 水木しげる出征前手記のレビュー

あらすじ

水木しげるが徴兵される直前、人生の一大事に臨んで綴った「覚悟の表明」たる手記。そこから浮かびあがるのは、これまで見たことがない懊悩する水木しげるの姿。太平洋戦争下の若者の苦悩と絶望、そして救いとは。

【目次】
第1章 水木しげる出征前手記
新発見された水木しげるの出征前手記を、できるだけ原本に忠実なまま完全収録。

第2章 青春と戦争――水木しげる出征前手記の背景
荒俣宏による縦横無尽の解読解題により、知的な芸術家志望の若者だった水木しげるの、思想と実像が浮かび上がる。戦時下の若者の絶望と救いが読み解かれる。

第3章 水木しげるの戦中書簡
全て書籍初収録の貴重な書簡集。特に復員後、母へと宛てた手紙からは、出征前と復員後でぶれない水木しげるの思想哲学が読みとれる。

第4章 年表 水木しげると社会情勢

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Posted by ブクログ

徴兵されて戦場に行くとなれば、死というリスクが目の前にはっきりと現れてくる。戦争などなく、病気になる可能性はありながらも、多くの人は70年、80年を超えて長寿を全うできる(現在なら100歳を超えても元気な人は沢山いる)。戦争という暗い空気が世の中を支配している。そこに自分が20歳前後の若者で真っ先に戦争に連れて行かれる可能性がある年頃なら、戦場という大きな恐怖、国のために自らの命を捧げることへの意義、自分がこの世に生まれてきた意味など、凡ゆる考えが頭の中を巡っただろう。「ゲゲゲの鬼太郎」の作者として誰もが知る水木しげる氏も、この時期、その様な苦悩の中で生きていた。同氏の代表作としては、前述の妖怪漫画が有名であるが、本人が徴兵され派遣された南方ラバウルでの戦争体験に基づく戦記物を描いたことでも知られている。寧ろ戦争で片腕を爆撃により失いながらも生き延び、戦場での出来事を生々しく描き切った戦記物「総員玉砕せよ!」の方が有名かもしれない。近年はそんな水木の生涯を扱ったドラマなども話題となった。
同氏は真珠湾攻撃に端を発して、日米が衝突した太平洋戦争に於いて、日本が開戦からの快進撃により支配下に置いていた南太平洋の島々がアメリカの反撃により次々と奪われていく様な状況で召集を受ける。徴兵前の身体検査では、極度の近視により乙種合格ではあったが、これは兵士として戦うには支障のない判定である。よって、水木はやがて訪れる戦地への赴任を控えた状況にあり、その戦地は正に日本軍が玉砕を続けているような、「死」が避けられ難い事を充分に理解していた。
本書はその様な状態にある水木が描いた日記である。日記に描かれているのは死への恐怖と、それを克服するための手段を読書に求め、それでも乗り越えることが難しく苦悩と葛藤を続ける水木の姿を垣間見ることができる。当然、日記は他人に見られる事を意識せずに描いたものだから、書いた瞬間の本人の気持ちを嘘偽りなく吐き出したと言っても良い(中には後から見つかる事を期待して装飾して描かれた日記もあるが)。日記を付ける間隔にもよるが、毎日付ける場合だと(私も学生時代は毎日付けていた)、日々の一寸したことにも感覚が敏感になり、情緒の不安定さを見つけ出す良い記録簿になっていたりする。水木は日々聖書やらゲーテについて書かれた書籍を読みながら、何かがその日にあったのではないかと想像させる様な情緒の不安定さを見せる。ここであくまで現在を生きる我々の平和な感覚とは違う事を認識しなければならない。我々が日々苦しみ悩むのは(不治の病でもない限り)死を伴わないものが大半だ。だが水木の苦悩はその死に対する恐怖と、それを克服したい(克服しなければならない)という感情がベースになっている。それは現在を生きる私には到底辿り着けない思考領域である。水木は前日までの自分を否定し、当日の頭とお尻の文中に於いても考え方の変化や逆戻りを見せるなど、正に日記だからこそただ吐き出されるがままの心の内を見せてくれる。
本書は水木の下で働き水木から戦時中の話を直接聞いた筆者が、この発見された水木の日記に解説を加えるとともに、戦時という特殊な状況における、読書の果たした役割を考察していくものである。前半の水木の日記自体はかなり読み辛く感じるかもしれない。だが最後まで本書を読んだ後に、改めて前頁の日記を読み直す事をお勧めしたい。水木の精神状態になり切って涙するかもしれない、大切な人を思い出すかもしれない。そんな一冊だ。

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2025年09月21日

Posted by ブクログ

 水木先生、大変なインテリ読書家である。
 第1章の出征前手記は難解かつ送り仮名の使い方が変で読みにくい。常々「なまけものになりなさい」と説いていた先生が二十歳の時点では「怠惰」を厳に戒めている。どういうことだ?と思ったら、それについて弟子 荒俣宏による解説があった。
 第2章は、戦前の読書事情、日本人と日記の関わりについて知るところが多かった。

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2021年12月17日

Posted by ブクログ

水木しげるが20歳やそこらの青年であり、
戦地へ赴く直前の手記に荒俣氏が解説を加えた一冊。
世間一般に知られたる水木氏のどこかとぼけたような達観は感じられず、
日々自分の価値観が変わっていっているような葛藤がそのまま記されている。
それにしても現代視点で見たときには、とても20歳が書き記したとは思えないような深い思索の跡がみてとれる。語彙も大変に豊かである。
これが往時の標準的な青年の姿であるならば、
現在の若者が幼稚化しているという論に逆らうことはできない。

荒俣氏の、手記の解説に留まらず「日記」という形態についての研究や水木氏がなぜゲーテを愛読していたか、を時代背景をもとに読みとく第2章も読み応え抜群。

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2015年09月13日

Posted by ブクログ

その飄々としたお人柄に加えて"両親が心配して一年遅らせて小学校に入れた"などのエピソードから想像しがちなのんびりした少年時代、でもそれは水木サン一流の照れ隠しであり実の姿は凄まじい天才少年であったことを裏付ける貴重な書簡集。
その出征を前に懊悩たる思いを書き綴った手記や戦地からの手紙は哲学そのものであり死を前にして生とは何かを自らに問いかける手法は時代を超えて心に強く響く。
愛弟子荒俣氏の解説も良く出来ており戦争と言う狂気の現場に立たされた若者の心の拠り所としての「読書」の意義がつぶさに書き表されている。読書の幸せ…この言葉を今考えなければ

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2016年10月06日

Posted by ブクログ

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仏教もやる。博物もやる……いじけるな、自分を小さくするな、俺は哲学者になる。21
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自分と言ふものにびつくりした。俺なる実在は、俺の思考がとうてい及びもつかない程、複雑怪奇だ。ひとつ一生涯をこのものを観察しつゝ暮さうか。24
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芸術品を造るものは何よりも人にならねばならぬ。25
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仏教のような唯心論には反対だ。人間は心と肉とよりなる。27
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一たらんと欲すれど本性が多なる以上、死する決意あらざる限り、一とは成り得ない。30
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宗教には情熱があるけれども道徳にはない。だから道徳はいやだ。32
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「習慣でない限り自分のものではない」とは真理だ。43
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一分でも一秒でも自分になつて行く事だ。自分の中にある自分を進ませまいとするものに一分でも一秒でも心をゆるしてはならぬ。

キリストを見よ。彼は全身を以て、そして一生を以てつ彼自身と戦つたのではないか。油断は禁物だ。48

人生と言ふ広い所での隣人は、努力し、努力し、自分の思ふものを造る人達だ。48

そう言ふ人がキリストの友だ。熱心に人間になろうとする人が友だ。

釈迦でもキリストでも、その教団の凡人共より、漱石やニイチエやそんな人を愛する事を欲したのだ。49
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「学問は分かれて科学と哲学となる。科学の対象は現象であり、哲学の対象は価値である」119

河合は本題の「読書の意義」を次のようにまとめるのです。読書とは自己教育であり、自己とは何であり、何であるべきかの内容を与えるのが読書である。ここに読書の第一の意義がある。121
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「漱石の語を否定する程俺は自惚がない。それは損んだ。こんな時代で一番ものを言ふものは自惚だからな――」

自分を自分にする最大の力は「自惚だ」と語っています。184
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2015年12月27日

Posted by ブクログ

戦時、若者の心の拠り所として、読書があった。宮沢賢治やゲーテを持ち歩いていたという。死と隣り合わせの環境下、死ぬ事を強制され、権力に服従せざるを得なかった時代。どのように事態を昇華し、気持ちを落ち着かせたのだろうか。服従を奉仕という思想に置き換えたり、哲学や物語りに夢想したり。水木しげるも、その一人だった。そして戦後、その事を伝える立場を得た。

読書は救いである。知識を得、自らや事物を再定義し、その設定で妄想に生き、かつ現実に生きる。

戦時の読書について綴られた貴重な一冊だ。

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2015年10月08日

Posted by ブクログ

まとまりがなくて面白い。
人の日記を覗き見するような楽しさがある。
手記から滲む当時の時代の雰囲気もよい。
後に名を上げる作家の無名のころの手記ってのもまた面白い。

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2017年05月07日

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