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Posted by ブクログ
今年6月に40周年記念行事の一つとして英国南部旅行に出かけたが、その目的の一つがポーツマスにある新設の「メアリーローズ・ミュージアム」を訪れる事であった。同館の中にあるガラス張りの1室には、470年前に建造された全長45mの発掘された同船の躯体が、ポリエチレン・グリコール溶剤で吹付け処理された上で巨大なダクトで乾燥処理されながら保存されていた。我々は幾つもの小さなガラス窓から全貌を見るのだが、その迫力には殊のほか圧倒された。その理由は、本件で紹介する井上たかひこさんとの出会いがあったからである。
大半の方は、「水中考古学」という言葉に馴染みが無いのではなかろうか?
水中考古学とは、遺跡・遺物の保護、そしてそれらを通して人間の営みの歴史を解き明かす学問である
今年4月の40回帆船模型展に、井上さんが見学に来られて面談する機会を得た。井上さんは3月に掲載された日経新聞文化欄の記事「帆船模型の世界航海」を読まれて来場されたとの事で、帆船の時代に同じ思いを持つ
ザ・ロープの作品をご覧になりたかったようだ。
井上さんは、水中考古学に魅せられて大学卒業後1987年に、水中考古学の父ジョージ・バス教授が教えるテキサスA&M大学に東洋人として初めて飛込んでその門下生となり、名だたる世界の海底遺跡の発掘にも加わられている。日本ではこの分野の草分けの研究者の一人である。そして元寇船や千葉県沖に沈没した幕末の黒船「ハーマン号」など数多く海底調査に精力的に携われている。(余談:ザ・ロープの方に外輪船ハーマン号の制作をして欲しいとの希望がありました。)
面談中に、水中考古学とは?調査発掘の手法?保存処理?など複雑な工程と研究について概略説明を受けた。加えてメアリーローズ号の発掘プロジェクトについても具体的に教えていただいた事が、英国旅行で同号との出会いを一層楽しみにさせてくれた次第である。
さて中公新書「水中考古学」について少し紹介させていただこう。
本書では、ご自身の体験も踏まえた水中考古学の歴史や日本の現状と課題が展開されている。調査、発掘、保存方法などの説明は一見専門的に見えるが、帆船模型を制作している我々にとっては馴染みの帆船も多く登場してくるので、とてもワクワクしながらテンポよく読む事が出来る。
この本に登場する沈没船、遺跡発掘を一部紹介させていただくと、海外での沈没船発掘では、メアリーローズ号、ヴァーサ号、タイタニック号など、遺跡発掘では、水中考古学発祥の地と言われるトルコ南部でのボドルム遺跡(古代エジプト・ツタンカーメン王時代の王家の船など)、クレオパトラの海中宮殿、日本では、元寇船発掘を中心とした長崎県鷹島神崎海底遺跡、沈没船では和歌山県串本沖のトルコ海軍エルトゥールル号、千葉県勝浦沖の外輪船ハーマン号、江戸幕府の軍艦海陽丸などが紹介されている。
我々が帆船模型を制作する時にはその船の歴史を調べるが、本書は帆船などの調査・発掘の具体的な説明をされており未知の世界が多い海へのロマンそのものである。皆さんにも一読をお薦めしたい。
(余談:トルコから寄贈されたエルトゥールル号の模型が串本町トルコ記念館に飾ってあるが、船の経年劣化が激しい為に、2010年に船の科学館経由で当会に修復依頼を受けて会員有志が協力した経緯がある。)
最後に井上さんからは、日本では海洋基本法の成立やユネスコ水中文化遺産保護条約の後押しもあり、水中考古学が次第に脚光を浴びるようになってきたが、残念ながら未だ認知度も低く日本の海の歴史には空白が多いとの事で、これからも精力的に活動PRしていきたいとの熱意が伝わってきた。
(参考)井上たかひこさんの他の著書;「水中考古学のABC」成山堂、「海の底の考古学 水中に眠る財宝と文化遺産、そして過去からのメッセージ」舵社 など多数
(田中武敏)
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簡単には行けない場所の話を聞くのが好き笑 シュノーケリングですらろくに潜れない自分からすれば、海底遺跡はまさに夢のような場所である。
水中考古学者である著者が、海底遺跡及びその調査方法を順次解説。水中考古学を修得すべく、アメリカの大学に留学。卒業後は恩師のよしみで調査に携わり、徐々にそのフィールドを広げていく。大学に最精鋭の調査チーム、そして海底遺跡…夢のような場所に自ら行く、ではなく飛び込む人生ですか…!
・第一章: ツタンカーメン王への積荷
’82年トルコ海域。ツタンカーメン王時代の、王家への寄贈品を積んだ船が発見される。鳥肌なのが、ある遺物の発見場所から沈没年代(紀元前1,300年頃)を推定していること。状態が良ければここまで分かるのか…!
・コラム1: 「引き揚げてから」が考古学
イギリスのメアリーローズ号他2船を例に、遺物引き揚げ後の保存処理について触れる。
中でもメアリーローズ号の修復作業は大掛かりだったが、骨まで残っていたのは流石に信じられなかった。437年間も海の牢獄にいたなんて……ゴクリ。
・第二章: 元寇船の発見
今の教科書は"元寇"ではなく"蒙古襲来"らしい。(ヒソヒソ声)
船の発見場所は長崎県 鷹島沖。何とあの「てつはう」も現物で見つかっている。おかげで、その素材や殺傷能力の高さまで一気に調べがついた。なかなかに世紀の大発見では!?
・コラム2: 女王クレオパトラの海中宮殿
大地震で水没したアレクサンドリア遺構・ファロス大灯台を指す。遺跡の噂があったにも拘らず、政府が港湾整備を進めかけていたのは初耳!
・第三章: 海を渡った日本の陶磁器
肥前磁器のこと。メジャーだった中国磁器にも負けない上質なつくりで、やがてヨーロッパ、果ては南アまで輸出されるようになる。あまりに縦横無尽な交易図…これはこれで、別で興味が湧いた。
・コラム3: 近代の海難事故
和歌山県串本町沖に沈んだトルコのエルトゥールル号、そしてかの有名なタイタニック号。両船の引き揚げは依然されておらず、特にタイタニックは水深3,800メートルにあるとか…映画にはない"その後"も胸に刻んだ。
・第四章: 中国の沈船、韓国の沈船
中国では干潮時に古船が、韓国では漁民の網に陶磁器が掛かったことから沈没船の存在が明らかになる。水中考古学の調査経験が浅かった両国がノウハウを得ていく過程もドラマの一つ。
・終章: 千葉県勝浦沖に沈む黒船ハーマン号
戊辰戦争時に熊本藩がチャーターした蒸気船だが、千葉県沖にてシケに遭い破船。無酸素状態だったとは言え、洋食器や燃料の石炭まで原形を留めているのが陸上では敵わないところ…
振り返れば「…」の多いこと笑
水中の出来事なのに息をのんでばかりいた。
地球上の海底遺跡を調べ尽くしたら、一体どのくらいの歴史が解明される…?
Posted by ブクログ
海賊、トレジャーハント、というようなロマンチックな切り口から楽しむこともできる新書だが、それだけではなく知的好奇心を満たしてくれる。
世界中の海底に沈没した船の調査で、日本の肥前焼が出土するその分布から中世・近世の交易ルートをたどる等々、学問的切り口から見ても硬派な一冊である。
伊万里湾の海底に沈む元の船の碇が横たわる向きから、「神風」の風向きが推測出来る等々、非常に面白いと感じた。
Posted by ブクログ
一攫千金を狙って沈没船の金銀財宝を引き上げようとする海底深くに
潜るトレジャーハンターがいる一方で、学術調査の為に海に潜る人
たちがいる。
本書は後者のお話。トレジャーハンターも学術調査も、海の深くで
眠る獲物を発掘するのってロマンだと思うわ。
地上の遺跡と違って発掘作業には困難が伴う海底という条件からか、
水中考古学の歴史は意外と浅いのだ。ダイバーが潜水できる時間も
限られているし、堆積物などを取り除きながらの作業になるので
時間もかかる。
それでも、技術の発達で近年では事前調査で、沈没船の位置などの
特定がある程度正確になってはいるようだ。そのうち、人間が潜ら
なくても沈没船の調査・引き上げが出来るようになるのかな。
引き上げた沈没船の保存の為の処理や、船と共に沈んだ生活用品
から当時の文化を知る部分は面白かった。
ただ、本書では沈没船の事例ばかりで海底遺跡についてはエジプト・
アレキサンドリア沖のクレオパトラの海底神殿だけだったのが残念。
インドのドワールカ神殿や、与那国島の海底遺跡の話もあるかと
思ったんだよな。沈没船にもロマンはあるが、海底遺跡ってそれ
以上に想像を掻き立てられるのだ。
だから、個人的にはこの辺りの話がもう少し欲しかった。沈没船の
事例ばかりなので中だるみしてしまったのは、読み手である私の期待
と若干ずれていたからかな。
まだまだ若い学問である水中考古学の概論というところか。
Posted by ブクログ
水中考古学とは、水面下の遺跡や沈没船を発掘、保存、調査する研究のこと。
水中考古学の父ジョージ・バス博士の下で水中考を学び、千葉県勝浦沖の米国蒸気船を引き揚げ、現在も研究を続ける研究者が書いた水中考古学の入門書。
本書で取り上げられている調査事例は13例あるが、うち12例が沈船に関するもの。ツタンカーメン王への献上品を積んだトルコ沖の沈船から発見された大量の献上品、東インド会社の沈船からは日本の陶器などが発見されている。また、福岡に沈む元寇船(元船)の錨と船の位置関係は、その船は南からの強い風(台風=神風)によって沈んでいることを裏付ける証拠となる。
沈船から貴重品を引き上げるサルベージに止まらない水中考古学は、学問領域としては比較的新しい分野だと思う。
また。保存状態によっては、地上の遺跡、墳墓などより良い状態で、歴史の証拠が残っていることもあるようだ。
水中での発掘作業は、活動時間の制約もあり、なかなか困難な現場だと思う。しかし、地球の表面の7割を占める海で活躍できる研究分野に、興味をもつ若い研究者が増えたら、さらに色々な発見などあるのかもしれないと、そんなことを思った。