あらすじ
「しだいに心身にしみ込んでくる、そういう知見に満たされている」――内田樹氏
人を育てるのは大自然であり、その手助けをするのが人間である、だが何をすべきか、あまりにも知らなさすぎるのが現状である――六十年後の日本の行く末を憂い、警鐘を鳴らし続けた岡潔。今まさに彼が危惧していた通り、日本は厳しさのうちにある。少子化が進み、教育の形が刻々と変化する現代社会において、岡が示す教育のあるべき姿は多くの気づきをもたらすに違いない。たおやかな語りの中に慧眼が冴える。
文庫版解説・内田樹
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Posted by ブクログ
角川ソフィア文庫から岡潔のエッセイが出るのは四冊目。『春宵十話』『春風夏雨』『夜雨の声』、そしてこの『風蘭』。
どの作品にも、情緒という感覚が深く絡んできて、その説明は分かるようで分からない、どこかに響いているようで、それがどことは言えない感じがする。
並々ならぬ数学者でありながら、教育するということもよく見つめてきた偉人である。
自分の世界だけに入り込みそうに思うのに、そうではなく、よく見ていると感心させられる。
「よく批判的精神などといって、小学校の一年生あたりから「批判」をさせているようですが、批判力というのは高等学校三年ぐらいにならなければ顕現しないと思われますから、批判できるはずがありません。
あれは、人の欠点を見いだして、そして全体を否定するというやり方で、これは明らかに衝動的判断です。」
この引用については、解説で内田樹も触れている。
インターネットの罵詈雑言は、正にここに値する。
ここに至らないためには「羞恥心」がいちばん大切であると、述べている。
「それからとくに中学校の教え方ですが、あのころは知性で申しますと、夜が明けようとしてなかなか明けきらない長い夜明けの時期です。それにたとえられます。目覚めようとして、まだ眠っているものが心の中にいろいろあるのです。
いわば、浅い眠りを揺り動かして目覚めさせる、こういうやり方をなさる先生の授業はみなおもしろい。」
「そういう点において最大の傑作は、ドストエフスキーの「白痴」です。
そこでは完全に行きづまっていると思うのに、つぎのページになるとまったく新しい道がひらけてくる。文学でさえこんなふうにやっているのに、数学がこんな壁ぐらい突き破れないなどというようなだらしなさでは仕方がないと思ったりして、勇気をふるいおこしてまたやるのです。」
いつも、岡潔を読むと、もう少しゆっくりものを見たり、考えたりしようと戒められる。
しばらくすると、また忘れているから、こんな風に折に触れて読もうと意識している人である。