あらすじ
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昭和期日本の住宅学を切り拓いた住宅学者、西山夘三(1911-1994)が、戦後二度にわたり、端島を訪問調査し、カラーを含む住宅と生活の写真を数多く撮影していたことはほとんど知られていない。本書は、それら未公開写真を中心に、当時の調査レポートや資料を加え編集し、活気ある軍艦島の生活を誌上で再現。世界にも類を見ない、高密・高層炭鉱住宅群を、日常のくらしを見据えた視線で捉えた、貴重なビジュアル・ブック。
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Posted by ブクログ
廃墟となった現在だけでなく、住民がいた当時の写真が見られた事、三種の神器がいち早く普及していた昭和中盤だけでなく強制労働などについても触れられていて良かった。
Posted by ブクログ
「軍艦島」こと「端島」へは、2015年に上陸したことがあった。
今から思えば英断で、今はもう無い/行けない場所へは他にもポツポツ訪問したことがあったが、ここは特別だ。
あの時の自分を存分に褒めたい。
もう一般客の上陸は不可能だが、可能だった頃でも「波が高くて上陸できず断念」ということを身近な人から聞いたことがある。この方は季節を変えて2度トライしたが、2度ともダメだったらしい。
それを思うと快晴の当日はいともすんなりと、道中の船旅も珍しく、船酔いもせずとても快適だった記憶がある。
が、上陸するや観光気分は一転、想像以上の廃墟と、時間の止まってしまったような生々しい島の様相は凄い迫力で迫り、圧倒されて押し黙った記憶がある。
一周を船ではすぐ回れる程度のギリギリの陸地に、5000人以上が犇いていたとは考えにくい程の大きさの島に、あらゆる施設があり、都会よりも家電は揃い、しかし緑は殆ど無く、海に囲まれていながら海水浴はできず(島の生活排水などでの衛生面から)、日が昇る前から日没まで石炭採掘で過酷な穴の中で仕事をしていた、なんて、そりゃぁ世界的に見ても特異だわ、といちいち感心・驚愕・戦慄していた。
極めて近いご近所との距離や、住宅設備に現れる明確なヒエラルキーなど、枚挙に遑がないほどのあれやこれや特筆すべきことばかりで、外野としての興味は尽きない。
が、色々見て回って、個人的にはここには住みたくないと思った。
あまりに世界が狭く、炭鉱の粉塵がではなく息が詰まりそうだ。(そもそももう炭鉱の粉塵など舞っていなかったし)
あの時こころに押し寄せた閉塞感が、写真からありありと伝わってくる。
ここに映る誰かの生活の跡はもう、すっかり失われた。
古代の廃墟ならここまでの感慨はないかもしれないが、まだそう遠い昔ではなく、写真の中のものの感触をいまの自分でも思い起こすことができ、なんならいくつかは知っている程度の昔の廃墟は、本当にいたたまれない気持ちになる。
要所要所の鳥瞰図は、間取り好きとしては緻密で楽しめる。
こういう手書きの風情もまた、古式ゆかしくノスタルジックでどこか物悲しい。
なんだか全体に寂寥感があるような感想だが、記録本としてはとても充実しており、楽しめた。
Posted by ブクログ
長崎県の沖合にある端島――通称「軍艦島」に関する「写真+論文」集である。
紹介されている写真は,1952年と1970年のものがある。
また,収録されている論文は,上記の時のようすを、専門家が1954年と1974年に発表したのもので,それぞれ比較すると面白い。
軍艦島へは行ったことがあるので,そのときの記憶をたどりながら,興味深く見ることができた。
いまでは,もう廃墟なので,生活感などなかった――唯一,説明員が当時の写真を紹介してくれた――けれども,本書を読むと,島での生活が感じられた。
「閉じられた島で生活していた」「アパートがたいへん狭かった」「水の確保が難しかった」「ゴミはすべて海に捨てていた」「人肥は,ときどき取りに来てくれることもあった」「水のないプールで子どもが野球をしていた」「お寺は何でもありの全宗だった」「お墓は,近くの島にあった」などなど。
家族で住む労働者の家庭は,結構裕福だったようだ。狭い部屋には,ソファーや巣テレをまで並んでいる写真もあった。しかし,その一方では,ほとんど日の当たらない部屋に住む人たちもいて,島の中でも差別があった。
1974年,端島の炭鉱が廃坑となり,島民が島を出て行ったとき,新天地での生活はたいへんだったらしい。が,このあたりのことは,本書には書かれていないので,別の本も読んでみたい。
島全体が三菱の物であり,労働組合もいわゆる御用組合。それでも,少しずつ生活環境がよくなっていったらしい。