あらすじ
悲劇のヒーローという日本人好みの物語として、次第に形作られた義経伝説を、『平家物語』諸本や『吾妻鏡』、日記などと比較しながら解剖。武家社会と貴族社会との対比の中で、天才的戦略家の実像に迫る。
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Posted by ブクログ
20年前の本、義経は奇策を弄した直感型天才武士ではなく、堅実で合理的・実社会にも対応できる人物である、事前準備(情報収集・根回し)や兵站・大群の統率もこなすこの時代では優れものの人材だそうです
義経伝説と史実との乖離を丁寧に紐解き「戦略家・行政官としての義経」の実像を描く本書のより現在の常識がある
【一ノ谷】鵯越の逆落としは多田行綱のエピソードだが、搦手大将として大軍を率いたなかで、要所攻撃(丹波路)と別隊・兄の本隊との連携による包囲戦略を成功させている
【屋島】嵐の中の「奇襲上陸」ではなく、京出発から1ヶ月近くかけて兵糧徴収・渡辺党(水軍)動員・阿波の反平家勢力(近藤氏ら)との事前連絡を整えた進軍計画による渡海(敢えての悪天候ではなく、準備後の実行)
【壇ノ浦】熊野水軍の取り込み、事前工作と艦隊運用
こんな戦闘の活躍よりも大事なのは頼朝の代官として在京における政治任務を帯びた活動、義仲の失敗した京洛の治安回復(武士狼藉の停止)、朝廷の要望と鎌倉が求められている関係の維持という困難な任務をそつなくこなしたと評価できる(玉葉など)
本書は鎌倉の内部事情として①頼朝に代表される親朝廷の配下としての存続②武家中心社会を目指す鎌倉御家人の不満がある事を認識すべきという
(義経の問題だけに絞っても、御家人どもの「自分たちこそが戦功を立てたのに、朝廷が贔屓してずるい」とか)
文治元年3月とか笑える記述があるのが難点