あらすじ
【第69回芥川賞受賞作】「少年は疾走していた。木々の葉の間を縫って光は斜めに射し、放射する幕のなかで狂ったような霧が踊っていた」。敗戦で秩序の破壊された大陸で、無法と死に追われる少年の目に、飢えと疾病に晒された世界が焼きつく。芥川賞受賞作「鶸」をはじめ「砲撃のあとで」「曠野」「竪笛」「流れのほとり」など、戦争の生々しい傷あとを描く連鎖状作品を集める。表題作含む14編を収録。
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Posted by ブクログ
合計で短篇及び掌編を14篇収録。篇中の「鶸」は、1973年上半期芥川賞受賞作。大連(小説中には地名が書かれていないが)で、終戦を迎えた時、著者は10歳。それとほぼ等身大の主人公の眼を通して、終戦から引揚げまでの混乱期が活写される。芥川賞の選考委員たちの選評は必ずしも絶賛というわけではないが、それは素材の古さ(戦後28年が経過していた)に、作品の新しさが認識できなかったからだろう。今読むと、実にうまい小説だ。少年の心理の綾から、不安感までが見事に描き出されていたことに驚く。彼の散文は、まさに詩的でさえある。
著者の三木卓は詩人としても名高いが、そのことは小説においても言葉の密度の高さとして表れているようだ。
Posted by ブクログ
近年の三木作品にはやわらかな温かさを感じるが初期作品には感じないのは、書いた三木さんが若かったからかな、と思っていた。
本書を読んでその冷徹さが理解できた気がした。
満州引き揚げ前後の日々を描く連作短編集。
死と隣り合わせで生きる少年の毎日。常に飢えている。
生きるためには泥棒もする。
引き揚げ途中祖母の具合が悪くなり足止めされ、彼女の死を望む。
大人の醜さもつぶさに見る。
引き揚げの無蓋列車でコレラの青年に接触してしまう恐怖。
小学生がこんな体験をすれば、世の中に対して期待を抱いたり、甘い夢を持ち続けたりするのは不可能だろう。
『震える舌』でも死に直面した娘を見る目がクールだと感じたが、どんな人だろうと、死ぬ時は死ぬ、そういう体験がしっかりと焼き付いているからなんだな、と改めて思った。
戦後60年経ってようやく文章に温かさが感じられるようになるとは、どれだけ深い傷を負って生きてきたのか、と。
今も世界の戦場でこの少年と同じように生きる子供たちがいることを思うと胸塞がれる思いがする。
Posted by ブクログ
小説においてリアリズムこそが素晴らしいと言うわけではないと思うが、リアリズムが素晴らしい作品。
無慈悲であることに対しての救いを求めるのではなく、祈りたくなる作品。
Posted by ブクログ
主人公は10歳の少年です。最初の「朝」で敗戦を知り、最後の「朝」で日本への連絡船に乗ります。それまでの間の、寒さや飢えに対する生存競争が語られます。それは悲惨です。一方何故か、満州人による日本人虐待については、ほとんど描かれて居ません。無かったのか、体験しなかったのか、あえて避けたのか。
時に少年らしい残酷さが表に出ます。例えば足手まといになる祖母への憎悪などです。また一方で、少年らしい冒険心なども見せます。
とはいえ、やはり人間を描いたというより、事件を描いた記録文学という感じがします。