【感想・ネタバレ】井上靖全詩集のレビュー

あらすじ

清冽な抒情のあふれる散文詩の世界は、井上文学の精髄であるとともに、現代詩の系譜のなかでも類を見ないユニークな光彩を放っている。人生への愛、使者への慟哭、青春の疼き、運命に対する畏怖など、さまざまなモチーフを謳った詩篇には深い静寂と諦念にも似た明澄さが漲っている。既刊の5冊の詩集のすべてと最新作、拾遺詩篇多数を収録する。半世紀に及ぶ詩業の集大成。

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Posted by ブクログ

『北国』『地中海』『運河』『季節』『遠征路』の五つの詩集と、その後に書かれた著者の詩を収録しています。

著者の詩は、そのほとんどが散文詩であり、宮崎健三の「解説」にも書かれているように、いくつかの詩は著者の小説作品のなかにかたちを変えて取り入れられています。著者も『北国』の「あとがき」で、「私にとっては、これらの文章は、詩というより、非常に便利調法な詩の保存器であり、多少面倒臭い操作を施した詩の覚書である」と述べています。興味深いのは、著者の小説作品の文章から、そのエッセンスを結晶化して詩が生まれたのではなく、逆に本書に収められているような凝縮されたことばから、リーダビリティの高い著者の小説が生まれたということです。著者の小説の文章は、つい何気なく読まされてしまう、といった感じで、ごく自然にその作品世界のなかに読者を招き入れるようなものに感じられるのですが、そうした著者の文章がもつ魅力の一端が、本書に収められた詩を通して垣間見ることができるように思います。

もうひとつ気づいたこととして、著者が西域やヨーロッパに足を運びそこでの感銘をつづった詩編に、ドメスティックな匂いが強く感じられることがあげられるように思います。著者の歴史小説に対しては、そこにえがかれているのはどこまでも近代人にすぎないという大岡昇平や呉智英らの批判があることはよく知られており、わたくしもそうした見かたにかなり同調していたのですが、むしろ現代日本人らしい大時代的な大陸へのロマン的なあこがれを臆面もなく語っているところに、現代日本という場に根ざした著者の作品世界の魅力を見るべきなのかもしれないという気もします。

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2019年11月05日

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