あらすじ
日本史上最大級の内戦・島原の乱。
「宗教と戦争」を問う、慟哭の歴史巨編!
3人のキリシタン侍を待つ過酷な運命とは!?
幕府軍12万vs一揆軍3万7000
宗教とはいったいなんなのか? どうして人殺しを禁じた
教えを抱く者たちが、殺し合わなければならないのか?(中略)
私は声を大にして言いたい。
「宗教を知らぬ人にこそ、本作は響く!」
―――――――矢野 隆氏(作家・解説より)
信仰とは。自由とは。生きるとは。
慟哭必至の大河巨篇!
天下分け目の関ケ原の戦いに西軍で参陣した小西行長の小姓・彦九郎と善大夫、そして肥後の地で守りにつく佐平次。彼らは幼馴染みの若きキリシタン侍だった。敗れて主家を失った三人はそれぞれ全く別の道を歩むことに。やがて、激しい弾圧と苛政に苦しむ民が、奇跡を起こすという四郎という少年の下に起ち上がる。三人は敵同士となって再会するが―。
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Posted by ブクログ
島原の乱を題材に、3人の小西行長の旧家臣(関ヶ原で改易)たちの目を通して描く。
まあでも、伊東潤さんは箒木蓬生の「守教」を一読した方がいいと思う。したかもしれないけど。生き方としても島原の乱を起こすタイプと真逆なのかもしれない。としても、ちょっとガサツという気がしてしまった。
関ヶ原の合戦が始まった。小西行長は西軍として参加している。小早川が裏切った。行長は落ちるしかない。伊吹山に分けいる。成り行きから加わったものの、あまり乗り気ではなかった。投降して首を刎ねられる。
九州の行長の領地宇土城では、加藤清正勢が攻めてきていた。宇土城は降伏開城した。小西を旧主として仰ぐものでも、信教も不問で加藤家に取り立ててくれるという。
行長の小姓だった善大夫は服部半蔵に囚われた。金地院崇伝に面会させられる。崇伝はキリシタンを探していたらしい。徳川の天下取りに際して、豊臣方に転ばないようにキリシタンを抑えて欲しいと言われる。
清正の熊本城天守が出来上がった。左平次は清正の家臣になっている。彦九郎は宣教師として生きていくことにした。善大夫は家康に拝謁する。キリスト教信者の岡本大八と有馬晴信が争い、その裁定に善次郎は関わる。家康のキリスト教への心象が悪くなる。
家康と秀頼の会見に付き従った清正が重体になって帰国。左平次は禁教令が出た場合には棄教すると約束する。棄教しない者を追放、棄教したと偽って家中にいる者は殺せと命じられる。
やがて禁教令が出される。効果があまりなく、繰り返し出される。左平次はついに棄教し、家中の取り締まりに乗り出す。
バテレン追放令がでて、教会は破却され、宣教師達は国外追放。彦九郎はしかし布教を諦めてはいない。フェレイラ神父と中原ジュリアンの潜伏を助ける。
大坂城内は牢人でごった返していた。善大夫は明石全登と会う。生きるように説いても受け入れられなかった。大坂冬と夏の陣が終わる。
キリシタンの取り締まりがだんだん厳しくなってきて、肥後藩宮津に指導者たちを集めることにした。指導者たちは村々で一揆のように裏切らないという名簿を作ってしまえという。
善大夫は棄教して崇伝の元にいる。京都にもキリシタンが多かった。52人のキリシタンを説得したが、無駄だった。死刑になった。
彦九郎のところに宣教師トマスがやってきて、転んだふりをして長崎奉行所を探るという。天草屋八兵衛という商人を連絡係に使うことになった。
松倉重政が島原城を作ろうとしている。ありとあらゆるものに税をかけて徴収している。
家光の代になる。加藤家が改易になる。左平次は仕官しようと頑張るが、結局平蔵の食客になる。
知恵伊豆と呼ばれる松平綱重の名代となった善大夫、大目付井上政重の名代となった左平次、そしてキリシタンの彦九郎が九州に集まる。彦九郎は益田甚兵衛のもとでお世話になっていた。そのうちには13歳の子供がおり、四郎を名乗っていた。