あらすじ
磨きすぎた女子力はもはや
「妖刀」である
「女子力アップ」の果てには何があるのか? 「結婚」で幸せになれるのか――気鋭の論客らが、“女子会”の場を借りて、若い女性を取り巻く環境を分析する。結婚観の変遷、専業主婦志向などをテーマとした論考も加わった、女子必読の一冊。著者は千田有紀、水無田気流、西森路代、古市憲寿、白河桃子、石崎裕子の6氏。
第1章 結婚で幸せになれますか?(結婚で幸せになれますか?
恋愛と結婚はつながっているのか?―ロマンティック・ラブ・イデオロギーを見直す
「憧れ」か、「リスク」か―専業主婦という選択)
第2章 「女子力」アップの果てに(男性に選ばれないと「かわいそう」ですか?
「玉の輿幻想」と「理想の妻」の変遷―夢と希望の同床異夢を検証する
あなたの「ロールモデル」は?―生き方が細分化する時代の“お手本”像)
第3章 真に“自由”になるために(磨きすぎた「女子力」はもはや妖刀である
モヤモヤ女子に捧ぐ―不確定な人生を生き抜くための「武器」四か条)
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このページにはネタバレを含むレビューが表示されています
Posted by ブクログ
ページを開くと、一番最初に「この恐ろしい本ができるまで」というタイトルが出てくる。
この本を読んでいると、まさに「恐ろしい」という感想を持つ。なぜかと言うと、「現実はそんなに甘くない!」という事を統計やアンケートからまざまざと見せ付けられた気分になるから。
この本が一番言いたいところは、「現代女性は自分の将来像を自分の母親と重ねてはいけない」というところだと思う。
高度経済成長期に結婚した夫婦モデルは、父親は外で働き生活費を稼ぐ、母親は就職した会社で結婚相手を見つけ、職場結婚をしたら専業主婦になり、子どもがある程度大きくなったらパートに出る。というものだった。日本の会社も今ほど不安定ではなく、一度社員になったら年功序列制で給料は上がり、終身雇用で将来も安泰だった。だからほぼ父親の収入だけで一家が十分暮らせていた。
でも今の時代、このモデルは通用しなくなってきてる。現代男性が結婚相手に選ぶのは、共に生活費を稼いでくれる女性。更に、結婚する時点で、自分と同水準の収入がある女性。
そんな男性達の希望とは逆に、現代の女性は、正規雇用社員になれずに派遣社員やアルバイト生活をしている人も多く、思ったような収入を得られていない人が増えている。そして生活水準の高い男性と結婚して、自分の生活水準を向上させる事を望んでいる。
この男女間の考え方の差は、これからますます未婚率を上げていくと本では語られる。
この本でモヤモヤ女子と名づけられる、現代女子の6割は、モヤモヤのまま、「稼げず」「産めず」にいる。
最終的にこの本に出てくるアラフォー女子達から、現代を生きるモヤモヤ女子に対してのアドバイスは、結婚してもしていなくても「自活力」を付けなさいという事だ。まずは稼げる女子が増える事で、社会も潤い、女性の社会的地位も今より高くなり、何より結婚を女性が自分で選べる時代になるという。
現代に生きる女性ならみな、興味を持つ内容だと思う。
男性もこれを読んでみたら、現代女性の持つ悩み、考えが分かるのではないかな。
Posted by ブクログ
本の内容と主旨は、すでに皆さんがかなり正確にまとめているので、あまり指摘されていない点について感想を述べる(タダ乗りは失礼?)。
この本は、「女子会」という名目でおこなわれた、現代女性という広いテーマを扱ったディスカッションの内容をまとめたものだ。付録として、後日、参加者がめいめいの論考を寄稿している。
付録の方はまだしも、ディスカッションの部分では、肉声ならではの「思いつき」「首尾の非一貫性」「不用意な言葉」が飛び交い、論題はあちこちに飛ぶうえ、各議論の結論が示されていない。
これは本紙の美点であるが、汚点ともなる。多彩な考えを知ることができる半面、その正誤を判断するのも、論者の意図を掴むのも、我々読者に任されているからだ。
「不用意な言葉」の一例として、文中に示されていた「ホモソーシャル」という言葉を挙げる。
私はこの言葉を知らなかった。こうした難解語に対して、本紙ではきちんと注釈をつけている。その点は素晴らしい。
しかし、最近、海外小説の「ミレニアム」を読んでいた私は、その説明を読んで「つまり、マチズモのことじゃないの?」と考えた。wikipediaで両者を比較すると、ほぼ同じ意味で、マチズモの社会学的用法がホモソーシャルであるようだ。
ならば、より社会で通用する言葉を使うべきだと思う。
両者はカタカナ語であることから、本来の形である英語を含めて用例を比較すべきと考えて、Googleの検索エンジンで「ホモソーシャル」「homosocial」「マチズモ」「machismo」をそれぞれ検索し、ヒット数を比較した。この結果、投稿時点では「machismo」(約196万件)>>「ホモソーシャル」(約88万7000件)>「homosocial」(約19万件)>>「マチズモ」(約1万9000件)であり、カタカナ語としては「ホモソーシャル」の方が多用されているが、英語を含めれば、「machismo」の方が桁違いに通用していることがわかった。
であれば、本紙も「machismo」のカタカナ語である「マチズモ」を正式表記とする方が正確ではないか、と指摘するのは、恐らく私だけではないと思う。
(注記:「machismo」のヒット数は、同じGoogleの検索エンジンであっても、Google日本とGoogleUKの場合でさえヒット数が違う。上記の数値はGoogleUKの場合。Google日本のヒット数は約43万5000件。「homosocial」は両者相違なし)
このように、指摘しようと考えれば多方面から指摘できる程度の内容を、ほとんど校正せずに、女子会の雰囲気を活かしてそのまま載せたのが、本書だ。
繰り返すが、これは本書の美点であり、汚点でもある。
私は、本書で示されている多彩なアイデアを買った。そして、本書が間違いのない事実を記載した学術書ではないという点は重々承知している。
これから本書を手に取る読者諸氏にも、斯様であられたしと思う。
Posted by ブクログ
フェミニスト中核女性論客+新進気鋭の社会学者の女のなかに黒一点という奇妙な対話本。
古市は年上女に合わせるのがうまい。
けれど、他の男性との対談本を見るに、かなり知性を抑えているんだろうな、馬鹿でかわいいふりをしているな、と感じる。つまり最近の草食男子は、おばさんたちの前で女の子ぶっているのだろう、と。
大学教授の千田の論考はデータが緻密に提出されており、さすがと感じるのだが。いかんせん、他の女性陣は自分がたりが酷かったり(水無田)、韓国押しがうっとおしかったり(西森)、女性雑誌の歴史をぺらぺら述べている(石森)が、実際のそのときの女性からインタビューしかたわけでもなく、実態に乏しい。西森はだらだら、海外ドラマや映画に関しての自分のバブル脳っぷりとオタクぶりを披露しているが、はっきりいってどうでもいい。頁の無駄。
こういう意識の高い女性フェミニストたちは、実際のところ、「誰にも語りかけないし、誰とも対話しようとしていない」のだ。
本書で価値があるのが、婚活ジャーナリストの白河の寄稿文。女性に自活せよ、専業主夫の母親をモデルにするな、妊娠から逆算した結婚のタイムリミットとライフデザインを説く。男が、女が、とぐちゃぐちゃ論点をまぜっかえしてなにも解答が得られないフェミニストの発言とは大違い。