あらすじ
「彼は憎しみでも怒りでも何でもいい、身体に満ちることを願った。…大きなハードルも小さなハードルも、次々と乗り越えてみせる」危機をひたむきに乗り越えようとする主人公と家族を描く表題作をはじめ八〇年代に書き継がれた「秀雄もの」と呼ばれる私小説的連作を中心に編まれた没後の作品集。最後まで生の輝きを求めつづけた作家・佐藤泰志の核心と魅力をあざやかにしめす。
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Posted by ブクログ
解説より
みなが前がかりになっているときに、下を向くだけでなく後ろを向かなければならない自分を、あるいは、流れに逆らって後戻りしなければならない自分を見据えてみた者の焦りや怒りが、文章単位では明るく小気味のいいリズムのなかから、ふつふつとわき出してくる。
まさに、わたしが感じていた佐藤泰志の小説でした。
最初に読んだ佐藤泰志の小説は「美しい夏」でした。
秀雄シリーズと言われるものの最初の作品だったんですね。
本著にはこの秀雄シリーズが時系列に収められており、その他、表題の他「夜、鳥たちが啼く」があります。
佐藤泰志は奇妙な三角関係、奇妙な疑似家族関係が良く出てくる設定なのでしょうか?あと、季節は夏が多いでしょうか?
秀雄シリーズ 85
私小説的な作品ということらしい。時系列に並べられていて、秀雄と光恵と陽子の変遷が垣間見えて面白い。41歳で妻と子供を残して自死してしまうという結末を知っているせいか、その緊張感が美しいと思ってしまう。
鬼ケ島 75
近親相姦と家族、障がい児、堕児、吐物、閉塞感と苛立ちがへばり付いているが、ビリヤード場の老婆の諦観の光が薄暗い闇の中に有るような、無いような
夜、鳥たちが啼く 85
独りがいい時もあるけど、やっぱり人恋しい時もある。閉塞感と苛立ちは解消されてはいないけど、前を向いて歩いていこうとふと思ってしまう。解説にもあったが、秀雄シリーズの一編目の緑色の光が、本作では花火に昇華しカタルシスを感じてしまう。
この作品順は絶妙!
Posted by ブクログ
この時期に読めてよかった。暑すぎる夏にぴったりの作品集だ。
IIに収録されている「鬼ガ島」と「夜、鳥たちが啼く」がとても好き。どちらも最後が良かった。最後の良い小説は、読んでいてうんと元気が出る。
Posted by ブクログ
41歳で止まってしまった作者死後にまとめられた最後の作品集という。しかし、どうしてこんなにみずみずしいのだろうか。生前芥川賞候補に何回もなりながら受賞しなかったというが、これこそ芥川賞じゃないか!
文章リズムの若々しさと、雰囲気がえもいわれぬ。そして何しろ登場人物たちの会話がいい。エスプリとはこういうものを言うので。
例えば「夜、鳥たちが鳴く」の一節
(浮気をされた友人の妻が、主人公の借家に飛び込んできて同居する羽目になったのだが、友人妻のやけくそ行動に心穏やかならず、ついになるべくしてなってしまったその後に・・・)
・・・・・・・
「なんだ」
「あたし、どこかおかしい?」
男のことだとわかった。考えるふりをした。慎重に言葉を選んだ。まず、首を振った。それからいった。
「ただ、とっかえひっかえじゃ、疲れないか」
「かもしれないわ」
「それでいいと思っていたんだろ」
「ええ」
「俺ならしない」
「あんたはあたしじゃないわ」
「でも、自分でやっておいて、そんなことを喋ることはないだろ。違うか」
「かもしれないわ。・・・・・・・
収められている5つの短編がそれぞれ、言葉と言葉、文章と文章の間のきらめきを感じる。
古いところで長塚節氏「土」の文章と会話のリアリズムになぞらえてしまう。あれは俳句的な要素もあったが、ここでは現代詩的要素と言いたい。短編それぞれのタイトルがいいのは前にも言った。
またこの文庫本の堀江敏幸さんの「陽の光は消えずに色を変える」解説が抜群、すっきりとよくわかるこれ以上の解説はないと思う。(堀江敏幸さんは未読なのでぜひ読もう)
Posted by ブクログ
佐藤泰志作品の映像化は欠かさず観てるので未読だった『夜、鳥たちが啼く』の制作が決まってこの文庫購入。
まずこちらから先に読んでしまったけど、収蔵順に読んだほうがよかったかな?
Ⅰ部の5編は連作で登場人物が繋がってます。
Ⅱ部の2編は書かれた時期、掲載順などは全く関係ないのですが、通しで読むとこの順番の妙がわかりました。編集者ってやはり凄い!
(ちなみに映画は「夜、鳥たちが啼く」の一編からだけでなく、この一冊の中からいくつかのエピソードを入れ込んでいます。ですから一冊丸ごと読んだ方が映画は更に面白くなるのではないかと。)
小説は独特の〝視点〟の取り方に初めは混乱しましたが、そういう事ならそれを思いきり味わおうと、少し意識して読み始めました。が、そのうちそんなことも忘れてノってしまいました。
Ⅰ部における主人公秀雄は、ひどい人なんです。
でも変な色気というか、活き活きとしていないところで逆に生命力を感じるような、そんなダウナー的魅力を感じてしまった。
光恵も同じだったのかな………。
だからといって光恵には共感は出来ないけど。
II部の「鬼ヶ島」は、サラリと書かれているように見えつつ実はかなり重い。そして僕〝高橋君〟は、この先苦しくなるに違いないと思うのだけど、彼がそれを自分の事として捉えられるのか、が気になります。自己中なようで実は視野広め。でも我は強い。文子とは共依存的なのかもしれないな。
「夜、鳥たちが啼く」はこの一冊の最後の締めとして実に良いんです。佐藤泰志にしては珍しく、ある意味前向きな話で。
〝そうだね。でもそう考えただけで素晴らしいんじゃないか〟キーになるこの一文に救われる。
全編通して、何かを背負い込む男は優しいだけじゃないと教えてくれました。
既に何かを抱えてるからそうするんだな。
男に限った話じゃない。
他人に限った話じゃない。
もう一回観たいな、映画。
Posted by ブクログ
「凄春」という表現を使ったのは五木寛之先生だったであろうか…だが敢えて私はこの言葉を佐藤氏の小説に冠したいと思う。
今回は結婚、離婚を扱った中編1作と短編2作、当然ながら独特の視線で我々の日常では経験することのない設定がされていることは言うまでもない。その世界観が「受け入れられなかった作家」の理由なのでありやはり万人にお勧めすることは出来ないだろう。
しかしどの作品にも描かれる闇は決してネガティブなものでなく光を求めて切り拓こうともがく凄春は常に前を見ている。そしてそこから「輝く」ことこそが佐藤氏の永遠に追い求めたテーマなのである
Posted by ブクログ
この作品、労働小説色が濃くなかったぶん、読みやすかった。
あくまでも個人的に。
特に後半の二作「鬼ガ島」「夜、鳥たちが啼く」がよかった。
「夜、…」の方は、村上春樹「風の歌を聴け」を厭世的にではなく描いたら…という印象。
あくまでも個人的に。
Posted by ブクログ
”世間の眼などどうでもよかった。鳥は夜に眠り、啼かないものだ、と教えてくれる世間など。”
作品の空気感みたいなもので言えば、一番クセになっている著者。
今作も男女や家族の3つの短い物語から、カラッと晴れてはいないけど雨でもない、それでいてジトっとともしていないような、独特の空気を感じとれた。
どの作品も明るく朗らかって感じてはないし、早々特別なことがあるわけでもないけど、日常生活の些細な機微がきっかけとなり、微かなこれからへの希望を見出していた。
長い時間をかけて、この人の物語をできるだけ多く読んでいきたい。