あらすじ
最愛の人は〝善き人″ではなかったのか?
利他とは。善とは。勇敢さとは。
ほろ苦くも優しい、再生の物語。
むつみの婚約者だった春臣は、通り魔から妊婦をかばい、〈英雄〉として死んだ。その死を引きずる彼女のもとに、春臣の弟・真央が転がり込んでくる。「エディ・ウッド・ゴー」を信条に善い生き方を心掛けていた春臣をなぞるように、二人は日常の中で「善いこと」を実践し、報告し合っていた。駅で真央を待ち続ける「募金ちゃん」、ノンデリな職場の同僚・松下、高校の同窓会で再会した春臣の死を知らない同級生……。彼らとの関わりの中でむつみと真央は、春臣の死を、自らのもとへ取り戻してゆく――。
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Posted by ブクログ
とても引き込まれるお話だった。
夢のような綺麗な物語かと思えば、人間の弱さや悪さが見えてくる。誰もがどこかで間違えているのだけれど、この人が全て悪いと言い切れる人間はいない。
人の数だけ物語がある。同じ物事への見方も、人によって全く違う。人は見たいようにしか見ないし、信じたいものしか信じられない。正しいとか、正しくないとか、何の根拠もない自分だけの基準で世の中を判断する。正しい人間なんていなくて、誰かを責められる人間も存在しないと思っている。
自分とは違う人の気持ちを理解したいと心から思う、だけど、だからこそ自分の気持ちだけは見失わないようにしたい。誰も傷つけずに生きていくことなんてできないし、世の中の全てに対して善となる行動はできない。
でも、大切な人が自ら過ちに気づかないふりをして自ら進んでいくのであれば、止められる人間でいたい。自分から道を外れることはしたくない。自分で考えること、何かと向き合うことから逃げず、本気で生きていきたい。
Posted by ブクログ
外科医だった頃、学会へ向かう飛行機で急病人対応に向かったら一人っきりだった時のモヤモヤを思い出しながら読み始めました。佐原先生の作品では味わったことのない急激なギアチェンジ加速をくらい呼吸も止まった作品でした。当事者たちの途中で齟齬、行き違いが見えてなかったものが顕在化してからがもう呼吸できない。
Posted by ブクログ
小説幻冬連載時に読んでいた時は真央のことが好きななれず、あまり再生の物語とも思えずにいましたが、今回単行本で読んだら、真央に寄り添ってあげたくなり、やはりこれは再生の物語だとなりました。読み終わったあとに表紙の装画をあらためて見るとさらにその印象が深まります。
自分は佐原さんの小説では助演的なキャラクターがとにかく大好きで今回は松下さんが好きでした。彼くらいの無神経さ、思いやりと愛情表現のバランスで生きるのがいいのだろうな。
善い人であることを期待されてしまうことがまあまあ多い自分にとっては繰り返し読みたい作品となりました。
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通り魔から妊婦を庇い亡くなった婚約者、彼の行いは世間から称賛された。しかし、残された者達は未だ受け止められない。"利他"への各々の想いが交錯し、正解のない深みへ。
中盤からのまさかの展開はハラハラした〜!!死人に口無し、真意はもう確かめられない。
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善い行いを迷いなく行うことはできるのか。
そもそも勧善懲悪はあり得るのか。
迷い葛藤するむっちゃんと真央。そして答えは出るのか。
重いけど自分ならむっちゃんか、真央か、松下さんか等考えさせられる。
Posted by ブクログ
時代小説は避け気味、本格推理はそろそろ卒業しようかな、翻訳物は読める気がしない……となってくると、こういう小説が、これからの私の読書のメインになっていくのかな、と思う。
主人公の婚約者は、通り魔から妊婦を庇って亡くなる。知り合ってからずっと、他人のために行動することを求めるような人だった。
当然、突然亡くなった愛する人を忘れられない主人公の、その後の心境と生活が中心となる小説なのだけれど、やがて彼の生前の、善人というだけでは片づけられない不確かな行動を知ることになる。
彼の死に取り残された人たちの心情は、誰のものもとても苦しい。
ただ、作者は私よりよほど優しい。
残された人たちが、再生していくところまで描き納めている。
……でも、私はもう少し揉めてもよかったんじゃないかと思う。
もっと泣いて、もっと揉めろや、と(笑)。
なんなら、刺し違えでもいいかも、と思ってしまった。
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自分を犠牲にしてまで人を救うことも、待っている誰かのために他の人を見捨てることも、どちらが正しいかの答えはない。
亡くなった人への向き合い方も百万通りあるだろう。
大切な人を失い、寄り添い合う2人の、何気ないやりとりがたまらなかった。
悲しいだけ、辛いだけの話でないところが、そのまま救いであり、残された人がこれから生きていくうえでの灯火になると思った。
Posted by ブクログ
自分を犠牲にして他人を助けられるのは、どこまでなら可能なのか?を問われているような内容だった。そういう意味では、松下さんは対照的。
死などの重い犠牲の上で助けられた場合、助けられた方は単によかったでは済まず、苦しい気持ちもあって当然だと思った。まさに、サバイバーズギルト。
Posted by ブクログ
婚約者が通り魔から妊婦をかばい
「英雄」のごとく死んでしまった私の
悲しみと苦しみ、やり場のない怒り
そして再生の物語なのかと期待したら
事件に関わる人々を深掘りすることもなく
その年下イケメン弟との
傷を舐めあう
独りよがりなふたりの世界に陥ってた…
利他とは、勇敢さとは、と問われ
人が人を思いやることの痛みとか
ほろ苦さなんかを求めていた分
余計に甘ったるさを感じてしまった。
Posted by ブクログ
良い行いとは何か考えさせられた。
人それぞれの偽善があって、それを行動に移すかも人それぞれなわけで。
それでも私は自分を犠牲にしてまでも赤の他人を助けることはできない。
大切な人が待っている元に必ず帰りたい。
◾️心に残った文章
僕は間違っても誰かを助けて死なない。
人でなしだろうがなんだろうが、僕は僕が待つ人のところに無事帰ることを優先します。
Posted by ブクログ
自分を犠牲にして周りの危険から誰かを守る、英雄と言われた人が婚約者だった。正義感にあふれる人が実は不誠実な裏の顔があったら。婚約者の弟と同居することがお互いのためになったのか、疑問に感じた。
Posted by ブクログ
自分の命を危険に晒してまで人を救えるだろうか。
親や夫の存在、何より恐怖で体が動かないと思う。
けれども身を挺して人を助けることは紛れもなく善で、議論の余地なく立派な行いである。
遺された人は色々な物語を編み出すけれど、その一瞬の当事者の判断は普遍的で人間くさい、見栄だったり保身だったりするのだ。
しかし行動したこと自体に価値があるし善が宿ると思うので、動機からみて偽善だなどというは良くない。
松下さんがめっちゃ好きだった。
善を貫き通す人より「あなたの元に帰ってくる」と言い切ってくれる人と一緒にいた方が幸せになれる。
松下さんとくっついて欲しい。