あらすじ
読書猿氏推薦
「再読せよ。一生かけて読む本に、あなたはすでに出会っている」
本を繰り返し開くことは、自分自身と向き合うこと。
既知と未知のネットワークを作りかえる読書論!
――現代に生きるわたしたちはえてして「新しいもの」を
はじめとする刺激の強いものを求めがちです。
自分は何を大事にしているのか、
それを大事にしたい自分は何なのか、
こういった問いをおろそかにしたまま
強い刺激だけを追い求めていけば、
行き着く先はバーンアウトに他ならないでしょう。
より多く、より新しく、より生産的な読書に駆り立てられてはいないか。「多読という信仰」を相対化し、より深く読むために、自分ならではの時間を生きるために──。読書を通じて直面する「わからなさ」を洗練させることで、既知と未知のネットワークは創造的に再構築されていく。情報環境にあらがい、自律的な読書のありかたを提案する再読入門!
解説 木澤佐登志
【目次】
第一章 再読で「自分の時間」を生きる
第二章 本を読むことは困難である
第三章 ネットワークとテラフォーミング
第四章 再読だけが創造的な読書術である
第五章 創造的になることは孤独になることである
おわりに
解説 書物の生態系のなかで生き続けるもの 木澤佐登志
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Posted by ブクログ
永田希氏のことは「これって教養ですか?」というPodcastで知った。会話の節々に感じる知識の膨大さに惹かれ、彼がメインスピーカーの回が好きだった。急逝されたとPodcastで知ったときは驚いた。
本書は「再読」の効用と重要性を説く。
本書を読み進めるに従い、私は読んだ数をとにかく増やそうと躍起になって常に新しい本を手に取っていることに気づかされた。ただ積みあがる数字に固執して、読書を通じて自己のネットワークを構築するという営みを蔑ろにしていたのだ。
一度読み終えただけでは一義的な自己解釈にとどまる。再読を通じて、読み飛ばしたり抜け落ちている個所への再接触を図ることで作品-自己の相互補完的なネットワークを更新する機会を得るのだ。
貧乏性の私は、一度読んだものを再読する時間があれば次の新しい本を読んだほうがいいだろうと考えていた。その持論は、本書によって覆された。むしろその姿勢こそ、情報過多の現代によるアテンションエコノミーに飲み込まれている証左であると少し怖くなった。
再読の価値を真摯に問い直し、読者をその境地へと誘う。けれども、読書スランプや、そもそも本を読むことの難しさにも目を向けており、決して無理強いはしない。その筆致に、著者の優しさが感じられる。心地よく、そして自分の読書習慣を見直すきっかけをくれる一冊だった。
Posted by ブクログ
引き込まれました。
本を読むことの多層性。
何度も、いろんな角度から出会ってゆくこと。
つながりから思い出すこと。
本のことが一層愛おしくなってくる内容でした。
Posted by ブクログ
難しい本だった。題名にひかれて読んだ。いきなりモモの話が出るとは。読み終わってからそのつながりを理解する不思議な経験をした。まさにこの本の言いたいことなんだろう。内容の節々に私の知っている話もあり、デジャブ感があった。著者ほどの造詣はないが、ほんの一部自分の感性と重なるものがあったんだと思う。本を読む人は孤独であるが、孤独ではないということを読みながら体験できた。私のテーマ、時間についても書かれており、何かこの本に感性的に惹かれたんだろうと思う。難しいので読みにくさはあった。ただ共感できることは非常に多かった。最近はお金も無いので再読ばっかり。人間は覚えてないからシンプルに再読は新鮮、私にとって。何か新しい発見があるというより、やっぱりこの本好きだな、みたいな好きな曲聴く感じと同じ。読書も音楽と同じ感覚になってきている。目的を持たずに読む、それが理想なのではないか。その領域に達するには再読含め、数こなさないと見えないと思う。
Posted by ブクログ
テラフォーミングとしての再読
理解できなかったこと、思い出せなかったことを回収するため。自分が好きな部分をノスタルジックに反芻するため。そんな少しネガティヴで非生産的なイメージのある再読。
でも本書では、資本主義によって不毛な惑星のように荒廃した情報世界を生き延びるための、テラフォーミング技術という比喩でポジティブに表現されている。再読には、自分の生きられる情報環境を構築する機能がある。
なぜ再読したくなるのか?
その問い含まれる、自分をメタ認知する契機は、地球のように多様なそれぞれの人生を生きる出発点にもなるだろう。
ps再読
再読だけが、新しく生まれる私を教えてくれる
読書って、本って、そもそもなにか。
そんな読書論の深みにまで本書は降りて行く。
そこで著者が見つけた答えが、全てが「ネットワーク」であり、再読とはネットワークとしての私と本が再接続する出来事だということ。
例えば本なら、文字同士、文同士のネットワークを内側に抱えるし、本同士の参照や本屋に置かれることで外部のネットワークに繋がっている。
読書は、ネットワークにつながること。
そのことに気づく驚きを、まず本書は私にもたらしてくれた。
そして、初読する時と、再読する時の間に横たわる時間が、経験が、読み手というネットワークを組み替える。恋をして、子供が生まれ、仕事を失い、親が死んでいるかもしれない。美味しいものを食べ、初めて映画で泣くかもしれない。そんな私は、変わらず書庫にある本に接続することで、変わってしまった自分を知ることになる。
変わって行く私に対して、本は、組み変わらないネットワークを保って、ただ読まれることを待ってくれている。悠久の時を超えて。
だから、本のおかげで再読は創造的な営みになる。私が日々創造されていることを教えてくれる時間になる。
再読だけが、創造的な読書術である。いや、再読は創造的な読書にならざるを得ないという宿命のようなものかもしれない。かの哲学者が「同じ川の流れに2度足を踏み入れることはできない」と言ったように。
あくせくとした人間と、超然とした本との再会。本の側から見た再読にまで言葉が張り巡らされている本書は、本とそれを支える人と文化のネットワークへの穏やかな愛を感じさせる一冊だった。
Posted by ブクログ
本に限らず、現在はあらゆるコンテンツが飽和状態で、限りある人生ではとても全てを消化することができない。そんな現代社会で、あえて読書を選択して、しかもすでに読んだ本を改めて読む直すことの意義とはなにか、そんな疑問に著者は答えていく。なかでも古典と呼ばれる名著やベストセラーと謳われる本における再読の効用を教授しており、たとえ既読本の内容があやふやな状態でも、そこから得られるメッセージは毎度変わる。だからこそ、それが創造的な力を働かせて、その後の人生を豊かにしてくれる。
Posted by ブクログ
情報の濁流に抗う読書とは何なのか前作に続く第二弾という感じ。
タイトル通りなので、やはり再読も意識的にしていきたいなと思う。
そのうち再読したいなと思う本に出会う事も大切ですね。
その為なら積読だって全然あり。
Posted by ブクログ
何度となく読み返す、再読する本がある。
この本の中では古典やベストセラーを例に挙げていたが、私は片付けの本や読書術の本だ。私の中で開拓したいジャンルらしい。
再読は「環境や自分についての解像度をあげるのに役立つ」ように思った。
再読についてあまり深く考えたことはなかったので、これを機会に自分を客観的に見てみるのもいいかもしれないと思った。