あらすじ
いじめは被害者の人生を数十年にわたり損ない,ときに破壊してしまう――蓄積されてきたエビデンスやいじめ自殺事件の検証から,曖昧なままにされてきた「いじめ被害の長期的影響」を実証的に明らかにし,被害者軽視の実情からの抜本的転換を迫る.「ひきこもり」の専門医による,いじめ認識/対策を根底的に変える一冊.
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Posted by ブクログ
いじめがその後の人生に如何に大きな影響を与えるかは自分のような仕事についていると嫌というほど分かる。そういうことを分かり易く体系だってまとめてくれた書籍
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私自身もいじめの被害者であり、その影響から、人間不信や物事の捉え方の歪みなど、今でもいじめの後遺症を感じることが多い。そんな中で本書が刊行され、気になって手に取った。
本書では、アメリカで2012年に、53年越しにいじめへの復讐を果たした老人男性の事件も紹介されている。もちろん銃撃という手段は許されるものではないが、そこまで長い年月を経てもなお、いじめによる傷が残り続け、ついには事件にまで至ってしまったことには、被害者として共感してしまう部分もあった。
日本のいじめ対策は、加害者への指導に重点が置かれる一方で、被害者へのケアは十分とはいえない。しかも、加害者側はよほど大きな事件になってニュースで名前が知られるようなケースでもない限り、その後の人生に大きな影響を受けることは少ない。一方で、被害者は傷を抱えたまま、声を上げても否定されたり、泣き寝入りしたりすることもある。この状況はおかしいのではないか。
そうした、いじめが終わった後も被害者に残り続ける影響を「いじめ後遺症」と名付け、もっと社会に認知してほしいという思いが、本書には込められている。
さらに、こうした状況を生み出してしまう行政のクローズドな体質や、実際の事例を通した被害者ケアについても触れられている。
学校という檻は、集団教育である以上、いじめはなくならない。だからこそ、いじめが起きた後に「被害者を中心に考える」ことが重要なのだと感じた。
自分自身がいじめの影響を今でも感じているからこそ、他人事とは思えず、考えさせられる一冊だった。
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著者は、まずいじめの被害がその後の人生全体に及ぶほど甚大となる可能性があることを述べた。そして、そのような状況にありながら日本の教育現場がいまだにいじめの対応を調査や加害者への指導で終始していることを指摘した。そして、被害者中心主義への転換を提案している。
読んでいて感じたのは、加害者や被害が発覚してからも上手く動けなかった大人たちに対する著者の憤りだった。たしかに、被害者が人生を壊されていく様子を長年にわたって見ていけば、こうした憤りを抱くのは極めて当然だと言える。しかし、その感情に左右されてしまっては元も子もないだろう。禁止されている懲罰を、教育的指導と言い換えてやってしまえばよいというのは乱暴ではないか。懲罰にあたることを教育的指導と言い換えてやっていることが教育現場の現状だとして、それは非難されるべきことであり、そこに加害者への懲罰も忍ばせてしまおうというのは断じて許されない。それを、本書で一貫して教育現場のことなかれ主義や見て見ぬふりを批判していた著者自身が言うというのは余りにも誠実さに欠けている。
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著者の提唱するいじめ後遺症の入門書的位置づけ。いじめによって、その後の被害者の人生にどのような影響があるのか、その後遺症はいじめがおさまった後にも長く尾を引き、PTSDの症状が長く残ることもままある。実感としてはあったが、それをさまざまな実例で理解できた。また、被害者へのケアは、確かに日本の学校では軽視されてきたのも事実だろう(いじめの指導については教職過程で学んでも、被害者へのケアについて理論立てて学んだ教員がどれだけいるだろうか)。また、オープンダイアローグに関する記述も興味深い。
いくつか、個人的には共感しない点もある。たとえばいじめが絶対的な悪である理由について、著者は「被害者の人生を損ない、時には破壊しつくしてしまいかねない行為だから」と述べているが、その論理でいくと被害者の人生を損なわない程度のいじめなら許容することになってしまう。いじめが悪な理由は、人権の侵害や倫理学的な視点から考察すべきことだと感じる。
また、著者の加害者への処罰に賛同するような視点もあまり共感できない。著者は被害者を納得させるための必要悪だというが、オープンダイアローグを提唱する著者の主張と、処罰を肯定する主張が個人的にはかなり乖離しているように感じる。被害者へも、加害者へも、学校という教育機関がすべきことは、対話であり処罰ではない。もっといえば、加害者だけを処罰するのはトカゲの尻尾切りで根本的な解決にはならない。観衆や傍観者も含めて、全員が何がしかの責任を負っている、という意識を、対話を通じて育むことこそが必要ではないか。加害者へ罰(刑罰)を与えるのはあくまでも警察等が行うものである。
また、著者は「社会モデル」寄りだと語っているが、少なくとも本書を読む限りでは、「社会モデル」的な記述の仕方はほとんど見られないことには注意されたい。
とはいえ、いじめ後遺症という、あまり知られていない知識を得ることのできる良書である。旭川のいじめ自殺についての詳細が書かれた箇所には胸を締めつけられる。教育に関する粗めの記述には目を瞑って一読することをおすすめする。
Posted by ブクログ
読んでいておもしろい本ではないと思う。その理由は、本書の大半がいじめに対する実践的な対応法が書かれており、その内容も、いじめは発生する前提で(根絶は不可能という前提で)被害者中心の対応をすべき、という、「それはそうだろうな」とうなずける、いわば普通の内容である。
しかし、現状のいじめへの対応として、そのような現実的かつ常識的に思える対応さえなされていないのだろう。それは本書内で紙幅を割かれる旭川市いじめ自殺の経緯を読んでもよくわかる。
ちなみにラストは著者お得意のオープンダイアローグで終わる。内容的にはほかの著書とおなじくオープンダイアローグの説明なので、読んだことある人は飛ばしていい。