あらすじ
経済と環境保護。分裂し、対立するかのような両者が折り合う思想は可能なのか。このきわめて現代的な問題は、すでに19世紀に提起されていた。産業革命が隆盛を誇るロンドンで、哲学者ラスキンが環境と弱者を犠牲にする経済学に怒りを感じ、新しい経済学の枠組みを構想したのだ。本書は、同時代の経済学者との格闘に光を当てながら、この先駆的な思想を辿る。ありうべき価値体系とは何か。よりよい社会への道を探る。
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Posted by ブクログ
個人的にはラスキンの経済学の考え方より、「ポリティカル・エコノミーの歴史」が興味深く読めた。元々オイコノミアは家政術のことであり、「ポリティカル」がつくことにより、家政としての「オイコノミア」が社会全体に適用されるならば、どうなるか、というのが今で言う「経済学」の発想であることを学んだ。
ラスキンそれ自体は、あの「ユートピアだより」を書いたウィリアム・モリスの師匠であるのだが、彼の考え方自体、当時の経済学の潮流とは激しく異なる。彼はまず「人間」を主体に経済学の理を考える。彼は古代ギリシアの富の考え方を援用し、「自らのため」ではなく「共同体のため」の富を提唱した。これは古代ギリシアのクセノフォンやプラトン(これの発想は共産主義の端緒とみなすこともできる)の考え方とつうづる。
とあれ、彼の考え方に至るには古代ギリシアからアダム・スミスまでの思想を統括し、彼らを「抽象度が高い空論」であるとし、ラスキン自身は「生の学問」であるとした。ただし当時はほとんど注目されなかった。この批判はマルクスにもいえるだろうし、古代ギリシアからの援用はサンデルもしている。批判をする人は、つねに抽象から実践への揺り戻しなのかもしれない。