あらすじ
男が任務を終え帰郷した時、新妻は別の男と失踪していた――
幻のデビュー第二作(表題作)他、初書籍化三篇を含む文庫オリジナル短篇集。
〈解説〉戸田義長
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Posted by ブクログ
松本清張『陽炎 清張短編レアセレクション 歴史・時代篇』中公文庫。
松本清張の短篇レアセレクションシリーズの第3作。9篇の短篇と1篇のエッセイを収録。
若い頃の自分であれば、幾ら松本清張とは言えど歴史小説と聞いただけで読まなかったことだろう。何故か歳を重ね、還暦が近付いた頃から、歴史小説もありかなと思うようになった。
松本清張の歴史小説の面白さの極意は最後に収録されている歴史小説について語ったエッセイを読むと、その一端が窺える。
『陽炎』。幻のデビュー第二作。自分を裏切った妻を何時までも思い遣る優しい男。主君の出府に同行した西本四郎左衛門が一年後に帰国すると妻の多美が川村寅次郎と密通し、逐電していた。伯父や同僚が女敵討ちを迫る中、四郎左衛門は意に返さず、黙々と主君のために働き、島原の乱で大きな手柄を上げる。やがて、寅次郎と多美の暮らす漁村に赴いた四郎左衛門であったが……
『二すじの道』。主君への忠心の道と己の信じる道は、どちらが正解だったのか。徳川家康の六番目の男子でありながら疎まれる松平上総介忠輝は合戦に間に合わず、挙句に部下が徳川軍の二名の武士を斬り捨ててしまうという失態を犯す。激怒した家康は部下を殺した下手人を差し出せと迫る。ところが実際に手を下した二人は逃走してしまい、三人の部下を身代りを立てて家康の元に送り出そうとする。
『疵』。なかなか面白い話だった。上が約束を違えることは今も昔も変わらない。備前中津から筑前福岡に国替えした黒田甲斐守長政は領内の土着の豪族から家中に附いた木谷太兵衛に手を焼いていた。すると家老の平野美作に高月藤次郎という女のような細づくの男が木谷の討伐を申し出てきた。藤次郎は木谷討伐の暁には平野の娘の萩江を嫁に欲しいと願う。平野は不本意ながら、藤次郎が返り討ちに合うだろうとそれを承諾する。しかし、藤次郎は一ヶ月の後に武士らしからぬ謀により木谷の首級を持ち帰るが、僅か十俵の禄を与えられただけで、萩江を嫁にすることを断わられる。余りにも酷い仕打ちに激怒して出奔した藤次郎は長政と平野に意趣返しを図る。
『武士くずれ』。余計な口出しは身を滅ぼす。中途半端な結末に様々な未来が見えて来る。ある時、主君の将棋の相手として目を掛けられ増長していた梶井喜代次は城中の控え間で自分より身分が上の村上市之助と寺岡仙十郎が将棋を指している所に居合わせ、二人の勝負に色々と口を出す。怒った仙十郎が梶井を斬り捨てたことから、仙十郎には福寿禅寺で切腹が申し渡される。仙十郎を寺に送る役目に市之助が選ばれるが、市之助は隙を見て仙十郎を逃がす。やがて、市之助にも藩から追放という沙汰が下り、市之助は浪人となって江戸へと向かう。
『五十四万石の嘘』。瓢箪から駒という話。豊後守光正は暇を持て余し、いたく臆病な茶道の坊主の玄斎をあの手この手で脅し、からかっていた。様々な脅しにも慣れてしまった玄斎に光正は他言無用と断り、光正が密かに謀反を企んでおり、玄斎を侍大将に取り立てるつもりだと嘘の話を伝える。
『蓆』。悪い事は出来ない。特に女遊びは全てを失わせる。主君に同行して一年間、江戸に滞在した冨高与一郎は許婚の待つ国に帰ることを思うと憂鬱な気持ちになっていた。真面目な与一郎は仲間から吉原に誘われても断っていたが、ある日、夜鷹に声を掛けられ、ついつい遊んでしまう。その夜鷹を忘れられず、与一郎は何度か遊んでいたが、ある日、局部が痛み出す。
『狂人』。上の者の過ちに右往左往するのが下の者の常ならん。五代将軍綱吉の部下の鳥居左京亮忠則は、綱吉の能狂言狂いを良しとせず、能狂言の悪口を触れ回る。綱吉はそれを耳にすると鳥居に門番を命ずる。
『水の中の顔』。珍しく小泉八雲のホラーのような短篇。片岡左兵衛という足軽が将棋を楽しんだ後で家に帰る途中、商家に忍び込もうとする二人の盗賊を目にする。一人は逃がしたが、もう一人は捕まえ、川まで引き摺り、溺死させる。それから二年後、江戸に向かう道中で一人の訳ありの女と知り合う。
『穴の中の護符』。半七老人が語る穴の中に残された護符の謎。松本清張にしては珍しい、岡本綺堂の『半七捕物帖』のパスティーシュ。この短篇だけは既読だった。身元不明の屍体を自分の父親だと引き取りに来た根岸に住む娘は隣近所の住人たちを集め、盛大な葬儀を行い、酒と料理を振る舞う。住人たちが家に帰ると、穴が掘られ、そこに護符が納められていた。
『エッセイ 歴史小説のこと』。松本清張は歴史小説のピークは森鴎外だったと語る。さらに事実を書くだけが歴史小説ではなく、そこに創作の入り込む余地を残している。
本体価格980円
★★★★