あらすじ
天才科学者フランケンシュタインは生命の秘密を探り当て、ついに人造人間を生み出すことに成功する。しかし誕生した生物は、その醜悪な姿のためフランケンシュタインに見捨てられる。やがて知性と感情を獲得した「怪物」は、人間の理解と愛を求めて懇願する。「おれは妻が欲しい。友も欲しい……」だが拒絶と疎外の果てに悲劇は起こる。若き女性作家が書いた最も哀切な“怪奇小説”
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Posted by ブクログ
天才科学者フランケンシュタイン
自然の掟に反する創造
幼い弟ウィリアム、家政婦ジュスティーヌ、
親友クラーヴァル、妻エリザベスらの死
人間の醜さを知り、愛を求めた怪物
愛に育ち、絶望と復讐を知った科学者
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ふがふがフランケン。
思っていたのと全く違う話だった。
決して手に入ることのない母からの愛を求め続ける「子」。
その創造主、フランケン博士。
2人の感情の物語。
名前がない。
見てくれで呼ばれるから、怪物。
作者のメアリーは産まれてすぐ母を失っている。
夫は浮気性。
母からの愛を求めるのは全ての生き物共通。
それが得られないなら、異性からの愛を欲する。
愛が得られなかった「子」。
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探検家の手紙から始まる物語。
探検家がフランケンシュタインに出会い、その話を書き記すというのが序盤だった。
正直、出だしは全く惹かれない。失敗したかなと思った。
探検して、氷に阻まれて進まない……なんだそれ。と。フランケンシュタインの語りも、最初は人が次々に出てきてよく分からない。でも、怪物が出てくるあたりから面白いと思い始めた。
最終的に怪物が、いろんな人を殺し続ける……という狂気に陥るのだけど、ちゃんと堕ちていく過程が描かれているので、共感しやすい。で、思う。
これ、毒親と毒親に育てられた子供の話じゃないか。……そーいえば、名著でも、そんな話があったような…なかったかな。
愛情を注がれない事がどれだけ人を、歪に変えていくのか。
怪物と言われるものも、最初は『何も分からない無垢なるモノ』
その見た目から、周囲に怯えられて迫害されて、どんどん狂気を育てていく。
フランケンシュタインの『生命を作りたい』という感覚には一切、共感できないケド。
でも、『生命を作りたい』は普通に考えれば、大半の人が『子供をもつことが幸せ』と考えてるのと同じものなんだろうなと思う。
それらも含めてやっぱり『毒親(親になれない親)』の話なのだろうなと。
最終的に怪物は、創造者であるフランケンシュタインを憎んで、周囲の人を殺していく。そして、最後に創造者に「自分を追いかけさせる」ことにする。怪物を追いかけて殺す事がフランケンシュタインの役目になる。
なぜ、怪物はフランケンシュタイン(創造主)を殺せないのか。というのも『親だから』の一言に尽きる。
最後にはフランケンシュタインは怪物を殺すことなく、死んでしまう。
怪物も一人で誰もいない場所へ行って、死ぬことに決めて物語が終わる。
殺し合うほど憎み合いながら、殺すことは出来ない。
怪物といわれるものを作った後悔はあっても、怪物にしてしまった後悔を持つことがないフランケンシュタイン。なんていうか……あまりにもリアルな毒親家庭の図を読まされている気分になった。最終的に怪物は『自分だけを追いかける親』を手に入れている。
子供が必死で自分だけを見てと言うのと同じだな……と思いながら読んだ。
最初に戻る。最初は探検家の話だった。
探検家の方は探検を諦めて帰る……というオチになっていた。
そして、探検家には帰りを心配している家族がいる。平和で幸せな探検家の家族と、憎しみと恨みで拗れた家族。
その対照が、ますます怪物とフランケンシュタインの影を際立たせているのかな。
Posted by ブクログ
⚫︎受け取ったメッセージ
人間らしさとは
⚫︎あらすじ(本概要より転載)
天才科学者フランケンシュタインは生命の秘密を探り当て、ついに人造人間を生み出すことに成功する。しかし誕生した生物は、その醜悪な姿のためフランケンシュタインに見捨てられる。やがて知性と感情を獲得した「怪物」は、人間の理解と愛を求めるが、拒絶され疎外されて…。若き女性作家が書いた最も哀切な“怪奇小説”。
⚫︎感想
いろいろなテーマが含まれている
・科学至上主義の暴走
・外見の美醜が持つ圧倒的な力
・内面と外面
・創造主と被創造主のパワーバランス
・愛とは何か
非常に悲しい物語である。
本能として、似て非なるものが最も恐ろしく感じてしまうのだと思う。彼がロボットでもなく、人間でもないという見た目のみに、人は恐怖する。人の心を持つが故に悲しみは憎しみへと増大する。彼はコミュニケーションの第一歩も踏ませてもらえない。
「人を見た目で判断してはいけない」とは言うものの、情報を得る場合、五感の割合は知覚が83%であるという。いかに直感的に人が視覚で物事の判断しているかがわかる。
彼が、創造主であるフランケンシュタインにだけは愛されたいと願ったがそれも叶わず、産み出してくれるなと訴えた。まさに今、現実世界でも生きるのが苦しくて同様の気持ちを持って生きながらえている人は居るだろう。特に親に拒否されるというのは耐え難いことであろう。
フロムは「愛することは技術であり、努力である」というようなことを「愛について」で説いている。外見の良さというものは、いとも簡単にファーストステップをクリアする力がある。これは致し方ない事実である。しかし、愛することが技術であり、努力であるならば、そこにまだ希望はある。
Posted by ブクログ
怪奇小説、恐怖小説ではなく、科学者の悲劇の物語でした。怪物を作った科学者は責任を感じ、自らの手での処分を追求し迷宮に入り逡巡する。一方で 怪物は社会性を獲得すべく努力するも容姿で世間から拒絶され、絶望と怨念を抱く。結果、数々の悲しい出来事が発生。科学者と生み出された怪物は分かり合えず、救われない。親子関係、科学者と科学技術の隠喩ともとれますが、お互い幸せを求めていたはずが、同じ社会には存在できなかったんですかね。
Posted by ブクログ
原作はこんな話だったのか、と初めて読んでみておどろいた。フランケンシュタインって怪物じゃなくて、怪物を創り出した科学者の名前だったんですね。
船長ウォルトン→フランケンシュタイン→怪物 の入れ子構造で物語が進みます。
Posted by ブクログ
この話を19歳で書きかげたという衝撃。
特にヨーロッパのあちこちの風景、私にギリ想像できるくらいの国境移動がすごいので、これを十代の日本生まれ日本育ちの私が読んでいたとしたらピンときていなかったと思う。
フランケンシュタイン博士の無責任さにはびっくりしてしまうが。自分の創造物をとにかく怖がりすぎ。もうちょっと、ちょっとだけ愛着持ってくれよ。。
怪物の人間への期待が裏切られてしまうところの悲しみ。
Posted by ブクログ
一般にはホラー小説ないし映画として認識されており、自分もそう思っていたが、むしろ18世紀ヨーロッパを舞台にしたSF小説というべきだろうか。
フランケンシュタイン氏が創造した醜悪な見た目の「怪物」が、人の愛を受けられず、復讐のために殺人を繰り返していく。しかもバッドエンド。
多くの人と同じように、自分も「フランケンシュタイン」が怪物の名前だと思っていた。フランケンシュタイン氏の「子」だと考えればおかしい訳ではないが…。
Posted by ブクログ
1818年に出版されたメアリーシェリーの作品で若い女性が怪物の話を書くと言うことで読んでみたかった作品でした。フランケンシュタイン博士が怪物を見出したんですが、その生み出したところが私にはよくどういった状況なのかははっきりつかめませんでした。生み出したことで博士は喜ぶんじゃなくて、醜い怪物を恐れて避けて消そうとすることで、怪物もまた博士の身の回りの人を消し去ろうとして何のために生まれてきたのかなあって言うふうに感じました。理解されないことへの悲しさやフランケンシュタインが、神様の域を超えて生物を見出したことへの罰何かが描かれているのかもしれないんですけれども、もう少し怪物と仲良くできなかったのかなあなんて考えたりしちゃいました、。