あらすじ
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《如己堂》――それは原子野の片隅にあって、「己の如く人を愛する」というキリスト教精神に満ちた小庵の名である。
本書はその主永井隆博士の14番目の著作で、様々な雑誌の求めに応じて書かれた4~5頁の随筆で構成され、一貫したテーマがあるわけではない。
庭に咲いたエゾギクや子どもの好物の干し柿の話から、天主堂の鐘の音、殉教者や26聖人まで内容は多岐にわたる。
ただし、それを博士が病床で「書いても死にます。書かんでも死にます」と言いながら、生命の灯が続く限りと書き綴ったことを想像すると、頼まれれば断らない「使徒的奉仕心」という言葉すら浮かび、幾多の珠玉編はさらに輝きを増す。
特に後半100頁を費やす「お返事集」の11編は、親しい知人や見知らぬ読者からの手紙に対する返事で、その人柄が溢れんばかりの好編。
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Posted by ブクログ
永井隆が如己堂で綴った細切れの随想や、手紙への返事。文筆家として作品が世に出るようになり、全国から博士の子どもたちへの贈り物などが届くようになっても、博士はそれを自分だけのものにはせず、隣近所の人と分かち合い、同じ貧しさの中に生きる。神に与えられた力は人によって違うのだから、その力を使って多くを得られたならばそれを他の人とも分かち合う。そして支援してくれた人々にも、単純にお礼を述べるのではなくて、わざわざ長崎の博士に物を送らなくても、あなたの身の回りに貧しい人はいるのだからその人を助けるように勧める。マザーテレサも同じことを言っていたなと思う。貧しさや苦しみは神が見捨てたのではなく、むしろ神の愛ゆえに与えられているもので、人間の視点からはわからなくても従順に一生懸命に目の前のことを喜んで務めていくしかない。カトリックの信仰に燃える博士の強さが見える作品。
Posted by ブクログ
このエッセイ集は、12,3才位の思春期前期の子どもらが読むといいな、というのが第一感。
白血病を罹病し迫りくる死と向き合いつつ病中臥床に著者が、淡々とよしなし想いごとを述ぶるその語り口は、信仰の深さが底に流れ、どこまでも清らで真摯だ。
とくに印象深かったのは、巻末『お返事集』の最後の一編。
6年も大陸で行き方知れずだったクリスチャン看護婦から無事の便りを得て、それへの往信だが…。
終戦後ほぼ1年を経て、満州からの日本人送還が始まった頃、彼女にも
乗船の順番がきて船待ちをしていたところへ、中共軍が攻め寄せてきて、看護婦数名を救護隊として差し出せと要求してきた。そのとき彼女は、別の子連れの看護婦に乗船を譲ってやり、大陸に残ったのだった。
以後ずっと、彼女は中共軍救護隊の一員として、大陸の各地を転戦し廻ったのだろう。
彼女からの無事を知らせる便りは、広東省の山深い地からのものだった。
読後、はて、この女性のその後の行く末はどうであったのか、ひとときあらぬ想いに捉われた。