あらすじ
この世界の秘密をあなたに教えたい――。わたしはこのホテルの、たったひとりの掃除婦。殺されたゾンビの骸を拾い集めて、世界を美しく保つのだ。一気読み必至の圧倒的虚構世界〈リアルライフ〉。
AI〈やつら〉に侵食された世界で、夫とともに職を失ったわたし――の前にもうひとつの現実がたち顕れた。三十数年良い子で大人になったわたしは、これまでと変わらずに、賢明にひたむきに役割をこなしていく。
感謝されず、褒められもしない。それこそまるで「 」みたいに?
感情タグBEST3
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読み終えた後、まさにVRゴーグルを外して現実に戻ってきたような心地。私はこちら側に戻ってこられた、という、安堵。
読んでいて楽しい気持ちはなれないし、カタルシスはないけれど、小砂川さんの圧倒的な筆致でこの物語を「体感」できたと思う。小説を読むことも仮想現実を体験することなのだと。
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芥川賞受賞作品&ゾンビものということで、非常に興味を掻き立てられた。
先の展開が全く読めず、一気読み!
ただのゾンビものとは一味も二味も違って、けっこう深かった〜。共感できるフレーズもたくさんあって、少しうるっと来ました。(⸝⸝⸝ᵒ̴̶̷̥́ ⌑ ᵒ̴̶̷̣̥̀⸝⸝⸝)
VRにハマったらどうなるかも垣間見えて、最後はちょっと切なかった。(。; ^ ; 。)
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すごかった
面白かったというよりはすごかったという感じ
サラリーマンへの解像度高くないか?この人も働いてたの?
課題!改善!進化!次!次!次!!
読みながら普段の疲弊感が蘇りちょっとしんどい思いもありつつ、フィクションに落とし込んで描写されてることに感動してた。
最も心が動いたのはアラスカのシーン。アラスカが戦場に向かっていって死んだシーン。
そしてそのシーンから自分の支配的な感情が浮き彫りになったやつ。あれやばい。自分だと思った。
部下のメンバーに優しい眼差しをかけてるようで、どっかで自分の思い通りに動いて欲しいと思ってる。それがズレたとき、嫌な感情が湧いて出てくる。
自立とか、自発とか、そんなこと言って、本当は型にハマった自分にとって有用な人材になることを願ってる。そんな気がした。改めないとって思った。
はぁ、、労働者みんな読めよこれ、、ビジネス教養より自己啓発よりよっぽど芯食ってんだろ。
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舞台は仮想世界、主人公はゾンビ回収婦のNPCとして振る舞うことで、仕事、人格、生きがい、そして世界そのものまで、現実世界では奪われたり得られなかったりしたものを取り戻そうとする。主人公がただひたすらゾンビの屍を拾う描写は、『コンビニ人間』を想起させる。
グロテスクなゾンビや無機質なNPCが蔓延る仮想世界へずるずる引き込まれていく主人公の姿は、ひらがな多めで、所々格助詞の抜けたソフトな文体とは裏腹に、読んでいてゾッとするものだった。言語化するのは難しいが、良い意味での気持ち悪さに満ち溢れた作品だと思う。
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言動や社会性の面でも、生理学・解剖学的にも普通の人間そのものだが、内面的な意識を持たないという、思考実験上の存在。
哲学的ゾンビ.コトバンク
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AIに仕事が奪われるようになった社会。現実に挫折した「わたし」は、電脳の世界にのめり込む。いつの間にか虚構が現実へと侵食する。そんなおはなし。
自己とは何か?思考実験としてはありふれたテーマだ。「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」で、アンドロイドの拡充する自己と意義に焦点が当てられたように、私たちは虚構に意味を持たせたがる。本作は、その「意味を持たせたがる」という点に焦点が当てられている。名前をつけ、役割を与え、想いを馳せる。本作に登場するゲームは、ゾンビ一体一体に言葉を与え、雑魚敵という役割を全うさせ、プレイヤーがその意味を考える。哲学的ゾンビは内面がないかもしれないのに、外側から見てもわからないと言う所が重要だ。しかし本作では、AIやグラフィックを使い、内面を構築することでゾンビに意義を与えている。哲学的ゾンビとは逆を行っているのだ。その哲学的ゾンビを反哲学的ゾンビとする儀式的循環構造に「わたし」は放り込まれている。この循環構造は「わたし」の挫折した社会構造そのものである。私たちはそれぞれが独立した個を持ち、仕事では役割を果たすことを求められ、他者の評価で生きながらえる。ゾンビに意義を与えるのは他者であるのだ。「わたし」は現実における役割を果たしているのに、「賞賛」を受け取れないがために、現実の循環に挫折したと言える。故に誰かに褒められたかったという願望があるのではないだろうか。
賞賛を受けるという行為自体が「わたし」にとっての自己であり、意義であったと考える。しかし、ゲームの世界でもこの自己を満たすことは叶わない。というか仮に叶ったとしても「わたし」は受け取れないだろう。現実の「わたし」とゾンビ回収婦の「わたし」は、ある地点まで同一のものとして扱われない。融合しつつあったとしても、現実の「わたし」があくまでプレイヤーとして操作しているに過ぎない。もし、賞賛されたとしてもそれはゾンビ回収婦の「わたし」の物であり、現実の「わたし」の物ではない。つまり、この賞賛を現実のものとして受け取って仕舞えば、「よもつへぐい的行為」となるだろう。その上でゲーム内でも賞賛されることはないので、救われない。
本書はどこか絵本的である。擬音や視覚的効果ではなく、言葉選びが絵本的である。同じ言葉を繰り返したり、ひらがなを利用することで幼さを印象付ける。本編のほとんどは「わたし」の語りで進行する。つまり「わたし」に対して私たちは幼さを感じる仕組みとなっている。しかし、「わたし」はしっかりとした語彙を持っている。ここから考えられるのは、「わたし」は大人になれなかった子供であり、誰かに優しくされることを知らない人間であるということだ。褒められたかったというのはそういうことではないか。
Posted by ブクログ
難解な部分も多いけど自分にとっては感情の部分が大いに共感できる不思議な小説だった(°▽°)
文体の面白さにも惹きつけられた(°▽°)
いつかもう一回読んで見ようと思う(°▽°)
焦燥感や虚しさって誰かの役に立てている自分を確認することで解消されたりするからゲームなどの架空の世界にハマるのも分かるんだよね(°▽°)
自分の居場所を見つけようともがいて(°▽°)
でも誰も救ってくれないことは知ってて(°▽°)
だから自分がこれこそと感じる何かに縋って生きる(°▽°)
それが人間なんだよね(°▽°)
Posted by ブクログ
面白い題材と、難解なストーリー展開と、パプリカ的な現実と夢の交錯がまじりあって、不思議な読後感!
一般的なネットの評価は(現時点で)低そうです。
まあ、エンタメ作品ではないから当然だとは思いますが、導入はめっちゃエンタメですよね。
AIによって仕事を奪われた夫婦。
夫は訳の分からない言葉を残して蒸発。
目に入った夫のVRヘッドセットを装着し、まんまバイオハザードの世界へ……
しかし、突然(後で語られるとはいえ)、タイトル通りNPC『ゾンビ回収婦』となって、来る日も来る日も砕かれたゾンビの身体を回収する日々へ。
しかし、ここからどんどん難解なストーリー展開になっていきます……。
作者が文学部⇒心理学専という経歴からか、象徴や寓意が話をぐいぐいと進行していくので、一瞬訳の分からなくなるんです~。
たとえば、『口唇期』ホテルという命名と、クマの吸てつは、いかにも示唆的です。認められたいという主人公の願望行動をみるかぎり、他者への依存を求めやすくなるという、「口唇性格」を暗に示しているのでしょうか……。
主人公だけではなく、私達現代人が。
クマと主人公が、AIのふりをした人間ということに双方気付かずにやり取りをしていたところは、いかにも滑稽ですが、アラスカを失って悲嘆にくれる主人公の独白が示す通り、ここが肝なのかもとも思いました。
『どう考えても、どこまでいっても、わたしたちはたがいに置換されうる命だ』
『世界の中心はこの場所だと、主要人物はわれわれでしかないのだと、われわれがそう言わないのなら、はたしてほかのだれが言ってくれるのだろうか?』
AI全盛の時代、自分たちの仕事、ひいては自身の価値がどんどん失われていく時代に対するアンチテーゼだと感じました。
自分たちはNPCと変わりないと確信して、口唇期ホテルに意識をすっ飛ばしていった主人公に悲哀を感じますが……。本人は幸せそうですね。
『今』の自分たちの在り方を考える、まさに『今』が旬の芥川賞受賞作だったと思います。
Posted by ブクログ
現代をよく掴んでいて表現していたと思う。同時に、時代と密結合な部分が多く、100年前、あるいは100年後に読んで価値のある普遍性は無いとまではいかずとも、少ないと感じた。それはそれとして面白かったし好きだった。
Posted by ブクログ
AIに仕事を奪われ(たらしき)女性、
夫も同時に無職となっておかしくなって?出奔。
夫の部屋に置いてあったVRゴーグルを装着し、その世界でゾンビの死体を回収するゾンビ回収婦となるという物語。
労働とそれによる自己疎外がテーマで、それ自体はそんなに目新しくないけど、AIが絡むことで現代の小説になっているように感じられる。
人間の仕事をAIが奪う時代。
人間とAIの境界は揺らぐ。
AIは人間のように。人間に取って代われるように。
でも実は、人間こそAIになれるように、幼い頃から育てられてきたのではなかったか?
AI登場によって人間らしさの意味が変わる以前、むしろ人はAIのように働けるように叱咤されてきたのではなかったか?
だから「わたし」はAIになる。
幼い頃から教えられてきた通りに。
AIによって変わってしまった「人間」を問う作品だと思いました。
あと、なんとなく読んでいてハン・ガンさんの『菜食主義者』を思い出した。
Posted by ブクログ
今年の芥川賞受賞作ということとショッキングなタイトルに惹かれて、ほぼジャケ買いのように手に取る。どんな話かというと、こんな話だ。
AIに仕事を奪われ、夫婦揃って失職。夫は「演奏旅行」と書き置きを残して失踪。「わたし」は夫の残したVRヘッドセットを装着し、ゾンビアクションゲームの世界に入り込む。そして「わたし」はゲーム内のホテルで「殺されたゾンビの骸」を回収・清掃するNPC=掃除婦になり、そこに自分の居場所を見つける。現実と虚構の境界はだんだん曖昧になっていく。
「わたし」はゾンビ回収婦として働きながら、姿を見せない支配人に認められたがる。誰にも必要とされない自分への恐怖が描かれる。人間は誰もが他の誰かと代わりうるという感覚。そして「誰かに愛されたい、感謝されたい」と叫ぶ。強烈な承認欲求でしょうか。
「どう考えても、どこまでいっても、わたしたちは互いに置換されうる命だ。かけがえのないの反対だ」
だから主人公の「わたし」にも夫にも現実世界の人間には名前がない。一方でゲーム内のAIによるキャラクターたちには名前がある。設定された定型文でしか答えられないセラピストのミーシカ・コソラープィというクマや「わたし」の前任掃除人であるグッドニュース氏、「わたし」が好意を抱くオドオドしたゾンビのアラスカなど。
砕けていく自己の断片を回収するように、壊れたゾンビは何度も壊され、都度片付けられていく。回収するAIと回収される人間の心。壊れたゾンビの断片を回収する掃除婦と回収されるゾンビ。そこに対比がありそれらは次第に溶け込んで境界が曖昧になる。
ゲームの世界に本物の「承認」は存在しない。支配人は姿を見せない。カウンセリングは中身がない。そしてゲームという虚構。誰も何も認められない。そこに存在していることすら承認されない。
ラスト近くで明かされる「わたし」は「良い子」として他者の期待に応え続けることでしか自分を形作れなかった人物。AIに仕事を奪われ「良い子」の根拠を失った瞬間、ゲーム内でNPCという固定された役割にすがりつくのは、現実で失った役割の代替物を必死に探す行為である。
そして繰り返しゾンビの残骸を拾い続ける仕事自体が、「壊れても壊れても、また同じ形に戻される」彼女自身の存在の不安定さのメタファーなのである。
つまり、これは「わたし」の側の崩壊の物語だと思う。わたしの中で現実が空洞化し、その空白をゲームという別の秩序が埋めていった結果、境界という概念自体が「わたし」の中で意味をなさなくなっていく。良い子ゆえに壊れやすかったのか。そして曖昧な境界というよりむしろ本人の脳内で狂気の一線を越えてしまった崩壊の物語なのだ。
で、面白かった?と聞かれたら、うーん、読みにくいという印象だが中編なのですぐに読める。ゲームを取り上げた世界観は面白いけど、テーマとしては最近よくある話の気もする。
時代を反映した不安を語る小説がいつの時代も定番だが、村田沙耶香の「世界99」と同じ、人間の空洞化や承認欲求、自己肯定感の希求がテーマとなる。これが最近のトレンドなのですかね。
Posted by ブクログ
ファンタジーかと思いきや、ある意味現代に近い問題を幻想的な雰囲気で語っていると感じた
AIの仕事問題と現代人の労働に対しての強迫観念、依存性など心に来るようなテーマが盛りだくさんだった
自分で噛み砕いて解釈する必要がありそうな感じだなと
Posted by ブクログ
【警告:心拍数が130BPMを超えています!あなたの価値は、ものごとの正否とは無関係であることを知りなさい。】
面白かった…!
ゲームをやらないためNPCがわからなかったのですが、プレイヤーじゃなく村民Aみたいな感じか。
ひたすら同じ動作、ここでは「ゾンビ回収」をこなす役割。
仕事を完璧にこなすたび、『それが世界にとって当たり前の状態』なので勿論褒めてはもらえない。
仕事が出来る人ほどこうなるな、と改めて思いました。
それはVRゲームの仮想空間でも現実世界でも変わらないなぁ。
こちらが芥川賞受賞したとはいえ、同時に候補作に入ってた「アンチ・グッドモーニング」も『働くこと』の歪みと心の吹っ切れを描いたお話だったなと思いました。双方とも狂い方が凄いし、解放というより諦めに近い感情だけれど…
福利厚生システムも面白かったです。
くまのセラピスト、これは制作者のメンタルケアのゲームなの?
そしてアドバルーンを掲揚する彼が制作者??
…広がりがありました。
主人公が“アラスカ”と呼んでいたゾンビ、制作者がイヌイットの言葉を設定したキャラだったなんて。
ラストへの展開も好きでした。
VRゲームだからプレイしている本体がいるわけで。
その折り合いもよかった。
壊れないためには…いや、既に皆壊れている。
生き延びる術を見つけられたんだね、と思いました。
小砂川チトさんのお話の救い方、思いもよらない方向からやってくるのが好きです。
きっかけは他者からたくさん貰っても、自分を救うのはどうしようもなく自分なんだなと、思います。
Posted by ブクログ
最初、平仮名が多く読みにくい文体で元々このような文章を書く方なのかなと思っていたが、主人公が家族に現実世界へ連れ戻されてから文章がしっかりとしてきて、VRに侵食されていた表現なのかと思うと怖くなった。
最後、ずっと空想の世界で働き続け、更に同じような人たちが何人も病院に溢れ返っているのかと思うと恐ろしかった。
仕事は好きではなかったけれど、AIに仕事を奪われたと怒り、自らが機械のようになってしまい、働いて認められることを求めてしまう。AIを使っているのに進化ではなく退化に感動してしまう、そんなアンビバレンスさが人間味なのかなと思った。
Posted by ブクログ
む、難しかった…けど、理解できない虚構にいると思えば?楽しめたかも…。むしろ現実とVRの世界がごちゃごちゃと混ざっていき自分が肉体含めてどちらの世界で生きているのか分からなくなる。仕事とプライベートどちらの世界が本物か分からなくなるような感覚と同じかもしれない。こ、怖い…
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ゾンビ回収婦
著者:小砂川(こさがわ)チト
文藝春秋2026年9月号
初出:群像五月号(2026年)
第175回(2026年上半期)芥川龍之介賞受賞作品
30歳前半ぐらい?の夫婦がいて、2人は同じ職種だけれど、今は競合会社にいるような関係だが、2人、ほぼ同時期に失業してしまった。どちらもAIにとってかわられてしまった。上司がAI信奉者のようである。夫は口数が少ないタイプで、いつもVRのゲームを1人でしている。家具に傷がつくからと注意をすると、自室に入って続けている。妻はその逆のタイプ。妻がこの小説の主人公。
失業して、ある日の朝、夫は書き置きをしていなくなった。演奏旅行に出ます、とあったが、演奏旅行ってなに?楽器できるの?と意味不明だった。
妻(私)は、夫が夢中になってしていたVRをしてみる。そして、何日も没入することになる。妻はその世界にある「ザ・グランド・口唇期ホテル」でゾンビ回収婦をして働く。NPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)としてのゾンビ回収婦である。これは、ゲームの制作者がプログラムしたように動くキャラで、ゲーム参加者ではない「その他」のキャラ。街の人だったり、店の店員だったり・・・
どんなゲームか、意味不明のナラティブが展開していくのであまり想像できないが、どうも参加者がゾンビで、戦争をするようである。そこで死んだゾンビの死体を回収する仕事のようだが、ゾンビは元々死んでいるので、戦闘で撃たれても死なないはずだが、ある程度までいくと本当に死ぬようである。ゾンビゲームをしたことがないのでよく分からない。
ゲーム部分の展開がなにがなんだかさっぱり分からないが、この小説のテーマは案外分かりやすい。口唇期ホテルの支配人による彼女への評価、批判、こき使われ方・・・いろんなことが、現実の社会でのありかたに通じていて、例えばリアル社会でのどんなシーンのことを言っているのか、よく分かるのである。いろんな名前や物質が出てくるが、そのひとつひとつが何を意味するのか、なんのメタファーなのかは1度読んだぐらいでは分からないが、分からなくてもまったく問題ない。AI失業が現実味を帯びているなかで、これまでAIなんてなかった社会で働いてきた自分、いくら男女平等とはいえ、若い女子が会社のなかで戦力として働く場合の行きづらさ、そんなこんなが伝わってくる。
書いてあることは意味不明でも、言いたいことが伝わってくる。著者はなかなかの名文家じゃないかとも思う。
彼女がVRのなかでなんとなく恋心を持ってしまうのは、アラスカというゾンビである。それが、リアル社会での夫とダブらせているのかどうかは、まだちょっと理解できないが、なぜアラスカなのか、終盤に種明かしもある。このゲーム(AIへのプログラミング者)の作者が言う。
なあきみ、イヌイットって知ってるか?
アラスカに住んでる先住民族。かれらがかれら自身のことを自称するとき、こんなふうに名乗るのだ。
なあ。俺がきみに与えた最初の言葉。なんだと思う?
【人間らしく(イヌクティトゥット)】
Posted by ブクログ
【ゾンビ回収婦】
AIの登場によって仕事をクビになった夫と主人公。夫は演奏会旅行に出かけ、主人公はVRゲームの世界に逃避する。
人は無意識のうちに必要とされたいという感覚があるというけれど主人公の労働に対する考えもここに行き着くのかなと
Posted by ブクログ
仕事でAIを使うことが増えてきて、一度AIに任せてしまうと、もう自分でやるのアホくさいなと思ってしまう。
単純な作業はAIに任せて、空いた時間で本来人間がやるべき仕事を…とか言うけど、それって一体何なんでしょうね。承認欲求が満たされる仕事?
責任のある仕事はしんどいし辞めたいと思うけど、実際に仕事を奪われたら満たさせなくなる?わからない。
個人的にはクマちゃんとのトリートメントの場面が面白かった。
”仕事とか給金とかいうのは多分、人類の編み出した最大の照れ隠しなのでは、なかったでしょうか?”
Posted by ブクログ
芥川賞受賞作。
純文学の金字塔を受賞するだけあって、深い読み応えがあります。そんなに長編ではないけど、読み進めるにつれ、世界観が深くて考えさせられました。最初は読みやすくてグイグイと引き込まれ、進むにつれてリアルライフ(ゾンビワールド)が広がります。
労働、自分の居場所、自己啓発などをテーマに読むと考え方が変わるそんな小説です。
個人的には「次世代の純文学」という印象が残りました。
Posted by ブクログ
9/11
読みやすい文体でしたが、ゲームをそこそこプレイする自分でも想像力の足りなさから、理解出来ないシーンが多々あった。
ゲームと現実とのバランスをもう少し調整できたら、もっと面白かったと思いました。
Posted by ブクログ
人はみんな役割が必要で、愛されたい、大切にされたいと願っている。仕事で一生懸命使命感を持って働いていたとしても、それってただ愛情が欲しいだけでは、ということかな。『働かざる者食うべからず』って呪いの言葉だね。
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初めて読んだ芥川賞小説でした。
難しかったですが、もう一度読み返して自分なりの考察や考えを出したいです。読んでいて不思議な感覚でした。今まで読んだ小説とは違う登場人物の話し合いの書き方が面白かったです。
Posted by ブクログ
うーむ、苦手なタイプの芥川賞作品だった…、、、これはあくまで個人的に思っていることだけど、芥川賞系の純文学って大きく2つあるような気がしている。1つは、ストーリーもキャラクターも明確にあって、そこについてのアプローチが純文学なもの。もう一つは世界観がかなりカオスでストーリーのアウトライン自体がわかりづらい、構成そのものが独自世界をなしているもの。これは後者の方だった。超、大掴みでの物語はわかるんだけど、世界線がカオスすぎて、読んでて心中が迷走したwwwでも時折、ハッとする気づきもあったり、。。読中、読後のカオス感的には星2, 1なレベルなのだが、文章表現の卓越性はたしかに感じられて、読みつつ「うーん、全然わからないけど、この世界観をわかりたい…!」という謎の飢餓感に苛まれたので、それは作家の腕なんだろうなとも感じた。なので、星3。
Posted by ブクログ
すごく現代の純文学を書く気概が伝った反面、中テーマが乱立し、なにを感じるべきか定まらない感覚もあった。
「現実がわたしのいま見ているこれひとつである保証は、もはやどこにもないのだということ。いまこの空間には無数の、おびただしい数の現実が、つまり人数ぶんの現実が、並行して起動している。」
何のために誰の目線のために仕事をするのか。
ひたすらに解を出すAIへの憧れ、強さのようなものを感じた。
人間は自分の中に持つ世界で生きている、それ以外でも以下でもないということ。
Posted by ブクログ
時々わかるようなほとんどわからないような。
難解だけどおもしろかった…のかも?
純文学があまり得意ではないが読破できた。
帯にある「虚構世界」に「リアルライフ」というルビをふった方のセンスに拍手をおくりたい。
まさに相反する世界の虚構と現実。
でも今の社会の問題点を想起してくれることもあり、読むべき一冊であったことは間違いない。
Posted by ブクログ
なんか変なものを読んだ気分。現実世界にいるのかVRの世界にいるのか、分からんくて、病院へ担ぎ込まれたあともどっちの世界におるんかよく分からんくて、幼少期は割と厳格な家庭?教育に熱心な家庭だったのは分かるけど、その反発でVRの世界へ逃げた?アラスカは死んでもたし、食堂のシーンゴルドベルグ変奏曲がハープシコードで演奏されてるのはちょっと真似してみたけど、幼いNPCたちに囲まれているのはなぜ??????
Posted by ブクログ
なるほど、、最後の最後の解釈だけ悩む、、
AIらしさとは、人間らしさとは、少し考えてしまう。
私の仕事はAIを使って効率化する側だけど、もしこれでクビになる人が出て、こういう思考の人だったら悪い…けど人口が減って働き手も今後減るから悪いこととも言い難い気がするし…
VRに数日間入り浸っている時の現実側の身体の状況を考えると少しグロい風景に思えてしまう。
そんな描写が上手で少しゾッとした。
他人の評価に自分の存在意義を見出していると、どんな立場でも辛い場面がありそう。
無心で作業するのが楽しいならそれはそれで素敵だよね。
文体がとても好きだけど読み返したいテーマかと問われると個人的には微妙…
絶妙に気持ち悪さがずっとまとわりついてくる感じ。
嫌いじゃないけど。
Posted by ブクログ
さすが芥川賞受賞作、とても難解。
一気に読み終えたが、ひらがなと漢字の使い所が変わっていて印象的だった。
ラストの方でVRと現実が破綻していく感覚がよいと感じた。
ゾンビものかぁ楽しそう、てこの本を手にとると痛い目みるかも。
私の理解力が足りないのか、オアシスどこいったん?といったところ。
Posted by ブクログ
第175回芥川賞受賞作。
タイトルからわかるように、現実世界の話ではないが、とても奇妙な内容である。柳田國男の「遠野物語」にみられる民間伝承にまつわる自然の怖さ、不気味さとは異質の作られた世界での気味悪さである。著者はなぜこのような世界観を創りだし、何を訴求したいのか理解を拒むような難解さがある。職場を解雇された主人公の女性が、家出した夫が残したヘッドセットをかぶったときから、VRで作られた世界を彷徨い、現実界との境界があやふやになる。何に救いを求めているのか、承認欲求があるのか、次から次へと奇妙な世界が展開され、脈絡のない世界へ迷い込む。どこが終わりか飽きてくるころに、突然終わりがくる。予定調和の世界か、出たとこ勝負の世界か、不思議な物語である。
Posted by ブクログ
AIに仕事を奪われた女性がゾンビ世界を題材としたVRゲームにのめり込むという導入から、アイデンティティとレゾンデートルの崩壊と構築についてを語る純文学作品。自己存在を認めるためには何が必要なのか、それとも本当は何も必要ではないのではないか、認めようと悩む在り方こそ人間であり、人間であるという一点においてその生は肯定されるべきではないのか、自己を認めるために何かが必要なのであればその何かをあくまで求めるべきではないか。
普遍的なテーマを、未完成のゾンビVRゲームという暗い世界を舞台としながら、前向きに語っていて元気づけられた。話の展開も面白かったし、ちょっとしたユーモアも読み易く、実際仕事なんて皆が相互に関わるための照れ隠しなんじゃないという部分はとても素敵な文章だし、特にラスト付近のアラスカの初語の話は熱いものを感じた。
良作!