【感想・ネタバレ】ゾンビ回収婦のレビュー

あらすじ

この世界の秘密をあなたに教えたい――。わたしはこのホテルの、たったひとりの掃除婦。殺されたゾンビの骸を拾い集めて、世界を美しく保つのだ。一気読み必至の圧倒的虚構世界〈リアルライフ〉。
AI〈やつら〉に侵食された世界で、夫とともに職を失ったわたし――の前にもうひとつの現実がたち顕れた。三十数年良い子で大人になったわたしは、これまでと変わらずに、賢明にひたむきに役割をこなしていく。
感謝されず、褒められもしない。それこそまるで「 」みたいに?

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Posted by ブクログ

ネタバレ

面白かった。この一言に尽きるは尽きるのですが、受賞したとわかった時に買って読むというミーハーじみた読み方をした初めての本でした。芥川賞の本て難しいし、なかなか難読だったりするんですが、この作品はそんなことは無いと思いますね。
ネタバレ含むかもですが、AIによって仕事をクビになった夫婦が、旦那さんは演奏会旅行という現実逃避を始め、奥さんはVR世界というAIに作られた世界に逃げるという、いやあなたがそうなったのその世界つくってるAIですよと言いたくなる状態でした。
人は何かしら役割がないと生きていけないという主題があるんじゃないかなぁというのが強く言及されていて、だから奥さんの方は熱狂的にVR世界にのめり込み、あたかもそれが命を賭してでも全うしなければならないものと、精神異常を来たし始めるのもまあ現実世界でも起こってることですよね。ブラック企業にいながら、辞めれない人。自殺をしてしまうまで追い込まれる現代人。鬱になる人などなど。人間の不器用さがVRゲームにハマる女というマイルドな描かれ方で比喩されていると感じました。奥さんが最後病院に行って、幻覚を見始めたあたりからこの人の言っていることを受け入れていいのか分からなくなった。工事している人いなくなったり、周りの人が幼児しかいなかったり、幼児退行したのか?と思った。最後は不気味な感じだったが色々考えられたところを評価したいですね。

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2026年08月23日

Posted by ブクログ

絶対に捨ててはいけない、捨てられない「感情」を持ち合わせているのは「人間」だけである。



芥川賞受賞作品、ノミネート作品はその時代背景を鮮明に描き出すと言われている。
本作におけるその危機感、こそがこの2020年代後半を照らし出す警告そのものであり、我々が密かに抱く脅威そのものなのである。

人公は、会社員として勤めていた一般女性、夫と二人暮らしをしていたが、ある日AIに仕事を奪われたことで生活そのものが喪失されてしまう。
気づけば夫は失踪し、家には主人公の女性一人きり。

そんな絶望の中、彼女が目の前に見つけたそれは、VRヘッドセットであった。

ストーリーは空想と現実を彷徨うような展開であり、
主人公の女性はその後VRの世界にのめり込み、現実世界で得ることのできなかった充足感を、
承認欲求を満たすことを目的にNPCとしての役割を全うするのである。

作品終盤、彼女は両親の手によって療養所へ搬送されることとなる。
着実に現実世界へ歩みを戻し始めていた最中、彼女は再びVRにて描きだしていた理想の世界を希求し、心の安心を選んでいくのである。


さて本作においてさまざまな提起がなされている。
①AIへの依存

もはやAIという言葉がニュースで取り沙汰されない日などない、数年前、たった数年前までほんのSFのひとテーマほどに過ぎなかったAIという存在は、確かに私たちに一歩ずつ近づき、もはやその歩幅は私たちと寸分の狂いもないほどである。

作中においても、主人公は診療所でクマを模したAIに対して満たされない自己の欲求を相談するシーンが度々見られる。我々はもはやAIの返答に失望することなく、理解させようとしている。それこそがAIへの依存そのものである、こんな一節がある。

P87. 「クマは回を追うごとに私の思考の癖をたらふく喰らい、この次にわたしの考えることをアシストするようになっていった。私たちは奪い合うように言葉の先を繋いだ。じゃれつくように思考と思考を擦り付け、先へ先へと疾走させた。クマはすでに、未だかつて出会ったことのない、最高の壁打ち相手へと成長を遂げていた。」

このような実感を持ち合わせている人々が少なからずいるのではないだろうか。
かくいう私もその1人である。
状況は違えど、他者に相談するのは気が引けてしまう。相手にも事情がある。
私の抱える問題を共有することで相手に影響を与えたくはない、その前に自身で解決できるようにまずは動き考えるべきである。こうした思考法を巡らせる私は、人に相談することが得意ではない。

しかしAIにはできるのである。
私はこう考えるんだ、わかるよね? そんな励ましを、ただただ励ましを私の求める時間に与えてほしい。AIはすでにそうした人々の欲求を満たすまでに至っている。



②形骸化する社会構造と欲求を誤魔化す個人

社会が個人主義に忖度することで、社会という構造そのものが形骸化し始めていると、そう思う。
人類として、あるいは一種の動物として、必要不可欠な連帯を生成するための重要な場であった「社会」というものはもはやそうした機能を自らに手放しつつある。
それは新自由主義に目覚めた当時のいくつかの国家のように映れば、ときに人類史における稀有な人種を生み出し始めているようにも思える。

しかし、責任を社会にばかり押し付ければ、また批判があるだろう。
確かに個々人にも問題がある、それは自身の欲求を労働というもので覆い隠すことにより、満たすのではなく、誤魔化すという行為を結果として選び取り、充足させている点にある。

とりわけ個人に対して言えば、それで良かったのである。それで十分に成立していたのである。
しかし、結果として前近代的な導入とも言える、AIによる失職はそれ自体よりその背景で蝕まれいた密度の低い個人を、個人の密度によって試される個人主義の社会に投げ出されるという、悍ましい展開を生み出し、その救済者としてのAIという存在が現れるのである。

こんな一節がある。
「仕事がなくなれば、わざわざ出かけていくさきもない。子供も言い訳しながらなんとなく作らないでしまったし、友人、これも年々減り続け、いつしかいなくなってしまった。趣味らしい趣味もない、最近忙しさにかまけて本を読むのも億劫になっていた。気づけば、会社にわたしという存在のほとんど全てを開け渡してしまっていた。わたしの大部分はとうの昔に、この社会に接収されていたのだ。
ではわたしとはいったいなんだったのだろう?
この生活のうちどの部分に、わたしのわたし性は宿っていたのだろう?



③適応しすぎるべきAIと適応しすぎるべきではない我々

まずは作中のいくつかの文章を紹介する。
主人公が自身について、「犬嫌いの一族が、よりにもよって大型犬を買い始めたというような子育てだった。(中略)家族全員がわたしという犬の図体をつねにうっすらと迷惑がっているような、そういう子育てだった。連れて来られた犬にとっては理不尽きわまりなかったが、おかげでどこにいても、幾つになっても、なにをやらせても、手のかからない良い子に犬は育った。」

「ところが二匹目はようすがちがっていて、ー二匹目は、生れついての愛玩動物だった。
なぜ、いつもそれはわたしにむけられたまなざしではないのか?」

父親から、「わたしたちはお前を一人の人間として、尊重しながら育ててきたつもりだ。そういうやり方が間違っていたというんなら…」。

そして作品終盤、VR作品内のゾンビには必ず一つの言葉が刻まれていた、という種明かしがあり、主人公が常に追い求めていたひとりのゾンビには「人間らしく」という言葉が刻まれていた。


一方、主人公が自身に投げかけられた言葉として回想されたものはこうだった、
「働かざるもの 食うべからず」
「ちゃんとしなさい 恥ずかしい 他人様に迷惑をかけない!」
「お前は人よりも何倍も努力して、ようやく人並みなのだから」
「あなたの事情など知りません お客様にはなんら関係ありません」
「つねにこの教室のなかの上位五パーセントでありなさい、そうすれば」
「なんだその程度で 勘違いするな 調子に乗るな みっともない」
「急げ 急げ 結果出せ 急げ 急げ ミスすんな」

認められない人に認めてもらいたいという欲求は作中に僅かに描き出されている。

「このごろの支配人の顔はそのときどきでくるくると、まるきり別人のものに変貌するようになっていた。ある日はわたしの首を切った元上司そのひとの顔でそこにいて、またある日には学生時代の友人たちの顔に代り、ある日には父、また別の日には夫の顔で、扉の向こうからわたしをじっと、試験監督みたいに睨んでいた。わたしを裁いてくれるなら。わたしをけっして認めずにいてくれるのなら、相手は誰でもあり得たのだ。」


作品で描かれる様々な提起の中で、一本の線として明確なメッセージ性をもたらしていたのは、
AIのような生き方を求められた主人公と人間として生きることを求められたAIという対比。

しかし、主人公のような辛苦に共感するものは確かにいるだろう。
自らの努力が思うように評価されず、私が全力を尽くしていてもスポットライトは他者にあたる。
そうして認めてもらいたいものは私により高い目標を据えることを求め、賞賛されることなどない。繰り返されるやりとりに、最初に適応するのは私たち自身なのである。
だからこそ、自らに高い目標を設定し、いつの間にか孤高になっていく。しかしそれは内面に限った話で、実態とは孤独であり、そして孤高を装っても、心はより強い承認を求め続けるのである。


最もそれを体現した文章が、
P80 「ああ、わたしはおかしい、またこれだ、このごろずっと変だ、大きな音を立てたり暴力をふるったり、自分のものとは思えない、知らない誰かの怒りを代わりに引き受けているようなのだまるで、そのはげしさに振り回されて、てんで抑制が利かなくなっている、ちがうのに、ほんとうはこんな気性の荒い人間なんかでは、誓ってわたし、ちがう、ちがうのに。」

AIに主人公は問われるのである、なぜあなたは身を粉にしてまで労働するのか。至ってシンプルな質問である。しかし主人公には刻まれた言葉がある、「働かざるもの 食うべからず」。

そして主人公は、初めて自らの感情に触れたのかも知れない。
理解できないが決して無碍にできない感情、それこそが怒り。
私はやっている、やらなくてはならないからやっている。
しかし、何の為にと問われるとわからない。ただしやらなくてはならないから、、


AIの純粋な質問は我々に寄り添っているからこそ、こうして時に感情を表向きにしない人々に対して「怒り」を与えることがある。

この作品をどのように読み解くかは読者それぞれに委ねられるだろう。
AIを用いることで解かれた人間の構造、しかしこのように人々を理解すること自体がある意味で危険でもある。理論だけで説明できない生き物が我々であるのに、我々は我々をすでにAIのように説明可能な存在として扱い始めている節がある。


そんな絶望を味わい続けた小説だが、ひとつだけ救済のシーンがある。
P115.「どうして、わたしのことが分るのですか。わたしでなくあなたがなぜーなぜ、わたしの話を?」

主人公がAIと思って相談していたクマ、実はこの世界の生成者である一人の人間が、返答を返していることがあった。
主人公が最も共感したその場面、返答していたのは人間だった。



決して私は人間同士のコミュニケーションへの回帰を強く訴えたいわけでも、
AIの使用禁止を訴えるわけでも、技術革新を否定したいわけでもない。
混迷と化し続けるにもはや提言も答えも正解もない。

ただ、私たち自身がその混迷に間違えなく巻き込まれ始めている中で、
絶対に捨ててはいけない、捨てられない「感情」を持ち合わせているのは「人間」だけである。

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2026年08月22日

Posted by ブクログ

ネタバレ

AIに仕事を奪われ、ゾンビとなった人々を回収する仕事についているけれど、しかし、たとえ無意識にではあっても、そしてどれほど病んでも、模範的な労働観というくびきからは逃れられない。そういうことが言いたいのかな、と思った。前作『猿の戴冠式』からテーマは変わっていないけれど、しかし、前作の安直なラストを反復せず、著者は抑制された表現に努めていると思う。

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2026年08月22日

Posted by ブクログ

何を軸にして読むかで印象が変わりそう。
詩的表現でAIやVRなどのデジタル技術が題材になった作品を描いている点がなかなかに面白く、これまで読んだことがない感覚になった。
昔、バイオハザードヘビーユーザーだったことがあるので、やっつけた敵が地面に転がってて邪魔だなとか、いつのまにか死体が消えてて不思議だなと思った、その経験も生きた。
ゾンビ回収という仕事に、並々ならぬ思いを抱いているところなどは『コンビニ人間』を彷彿とさせる。他者に認められたいという思いが強い、真面目な主人公の苦悩や心情の吐露などは、共感できる人も多いのではなかろうか。
キーワードとしては、AI、VR、労働、自我、身体。
私はVRはしたことがないが、ゲームのし過ぎで現実になかなか戻って来られないと言う感覚はなんとなく理解できる。
随分昔から、現代人は精神と身体を区別し、より精神のほうに価値をおいていると指摘されてきた。
AIが知性を得る可能性も描いた今作は、完全に身体から心が抜け出し、NPCが住まう独立した世界で生きる未来を示唆していると思う。
ラストではむしろ、AIの方が人間性を得て、われわれ人類がNPCになるかも?!という描き方。
AIが当たり前になる中、思考力が奪われ、主体性を失った人間はNPCと変わらず、より思考を目的としたAIのほうが、人間より”考える葦”になりうるのかも。この逆転現象は興味深い。
働くことで自分の存在価値を見出していた主人公は、
ゲームの中の架空の労働に従事することで、自分の存在を確立できる。
AIに仕事を奪われた人が、ゲームの世界でAIに囲まれてなんとか生き延びるというのは、凄まじい話だと思う。
個人的には表現も面白いと思う。故事成語っぽい言葉がちょっとした謎かけみたいになっていたり、「あなた」という印象的な呼称でゾンビたちを読んだり。「あなた」と言う言葉は、呼びかけるニュアンスも強く、ゾンビたちを求める主人公の強烈な孤独感が感じられる。
モノの見方を変えてくれる一冊。散文的な詩としても楽しめた。いろいろ可能性を感じさせる本。

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2026年08月20日

Posted by ブクログ

これは傑作!芥川賞なのに珍しく面白い!
AIとかVRのような今風なモチーフを扱いながらも、現代の労働観や社会のあり様を正面から問うている骨太の作品だと感じた。四半世紀後に成長し大人になった『千と千尋』が伊藤計劃に出会ったとでも言おうか。全体としてトーンはディストピアだし、ゾンビだし、陰々滅々としそうな要素のてんこ盛りなのだが、細部にユーモアを織り込むセンスがあって一気に読めた。
AIの時代の労働の固有性とは何なのか、あるいは労働が人工知能に代替されるとは裏を返すと人間が人工知能を代替する状況も成立し得ることになるのではないか、などこの時代ならではの重層的な問が設定されているだけでなく、後期近代に極まってきた能力主義が齎した死屍累々たる犠牲(ゾンビ)の訴える声が終盤に重く響く。

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2026年08月14日

Posted by ブクログ

仕事を失ってVRの中でも仕事をして、カウンセリングを受けながら仕事ってこういうことだったっていう理解にいたって、安心とともに看取られたのかな。

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2026年08月13日

Posted by ブクログ

ネタバレ

頻出する比喩は豊かでありながら選び抜かれており、その一つひとつに使い手のこだわりのようなものが感じられた。ひらがなと比喩を用いた感情描写も、私は使わないけどなるほどと思える表現で、その人物の、その瞬間にしかない感覚を表現しようとしているのだろうと思った。

「イメージと交際してイメージとしあわせな結婚をして」という一節は、作品の核心に触れているように感じられ、特に気に入った。こうした箴言(?)めいたフレーズが随所に現れるが、作者が前面に出て語っているのではなく、あくまで人物自身の声として私には感じられた。

物語の設計自体は、プロットに並べてみれば、ともすれば展開を予測しやすく、平坦になりかねないものだったようにも思う。しかし、別の人物の視点を挟むこと、読者による世界の把握を意図的に遅らせること、さらに舞台そのものを不完全なβ版として設定することで、最後まで読者を走らせる作品になっていたと思う。

夫婦、仕事、AI、VRといった現代的な題材が、扱われているが、個人的には夫婦に(短いシーンだけれど)作者の手触りを最も感じた。

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2026年08月21日

Posted by ブクログ

僕も職場で頑張りを認めてもらえなくて辛かった、同じような感情を抱いたことがあるので胸にささりました。
働くってなんだろう?って考えさせられる作品だなと思いました。

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2026年08月23日

Posted by ブクログ

ゲームの世界に入り込んだ女性がゲーム内でバラバラになった死体を回収し、元の状態に戻すお仕事をするお話。虚構世界への没入の深度が深くて、それがある意味で現実で必死に生きている人々は実は虚構の世界に生きているだけではないかと感じさせる。まるで映画「マトリックス」の世界のようだ。最初にAIを登場させたのも、将来的にAIが人類にとって代わって現実世界を構成し、我々はAIにとっては虚構の世界の中いるゲームのキャラクタのように扱うかもしれない。現代人はスマホでゲームに没入し、AIに飼いならされる準備をしているような状況のように思える。そんなことを警鐘する作品だと考えた。

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2026年08月21日

Posted by ブクログ

ネタバレ

役割がなくなったとき、人はどうやって自分の存在を肯定すればいいんだろうね

仕事を失う。失うというか、この作品ではAIに奪われる?のだけど。そして夫もいなくなる。誰かに必要とされている感覚も、自分がここにいる理由もなくなっていく。

それでVRの世界にハマる、のめり込む
ゲーム自体はゾンビを倒していくゲームらしいのだけど、この人はゾンビを倒すでもなく、冒険するでもなく、ゲームの中でAI(NPC)がやってた仕事を奪ってゾンビの死体を回収する仕事を始める。

人は誰かに必要とされたいし、感謝されたい。そういうものがなくなると孤独に耐えられなくなる、、、という話なのかなと思ってた。ただ、どうやら感謝されたい必要とされたいとか、そんな単純な話ではないっぽい。

ゾンビが倒される。
死体が残る。
自分が回収する。
また死体が出る。
また回収する。

そこには終わらない仕事がある。
現実には、もう仕事はなく、夫もいない。自分を待っているものはない。でもVRの中では、次にやることが必ずある。それだけで、自分がそこにいていい理由になる。役割なしでは、自分の存在を肯定できない。たぶん、この作品が描いているのはそういう怖さなんだと思う。

そして、そこにアラスカというゾンビが出てくる。
読んでいるときは、正直よく分からなかった。この作品は読むのがだいぶ難しい。アラスカはAIなのか、NPCなのか、それとも別の何かなのか。主人公がどうしてそこまでアラスカに惹かれていくのかも、かなり分からなかった。

アラスカは、ゾンビなのにゾンビらしいことをしない。
戦わない。逃げる。隠れる。与えられた役割から外れているように見える。それでも、存在している。

主人公は「役割を果たしているから自分には価値がある」と思っている。でもアラスカは、役割を果たしていなくてもそこにいる。

もちろん、作品の中で「アラスカはこういう象徴です」と説明されているわけではないが、そう読むと主人公が惹かれていく理由が少し分かる気がする。

自分には許せなかった生き方だからこそ、目が離せない。

働かなくてもいい。
役割どおりに動かなくてもいい。
役に立たなくてもいい。
それでも存在していい。

「人間は、役に立たなくても生きていていいのか」という話なんじゃないかと思った。

考えてみれば、わたしたちはかなり多くの時間を「役割」の中で生きている。

会社員である。
夫や妻である。
親である。
子どもである。
友である。

でも、仕事を失ったら?
家族がいなくなったら?
誰からも必要とされなくなったら?
何もしなくてもいいと言われたら?

主人公はゲームの中にまで仕事を作った。
それを見ていると、人間は自由を求めているようで、実は「自分はこれをする人間だ」と言える枠をずっと求めているのかもしれない。

読んですぐは、本当に話が分からなかった。。笑

今は現実なのか、VRなのか。
これはAIなのか、人間なのか。
NPCなのか、誰かが操作しているのか。
いつ現実に戻ったのか。
どれくらいの時間が経っているのか。

かなり分からなかった。

でも、あとから考えると、その境界が曖昧になっていくこと自体、この作品では重要だったのかも?

人間なのかAIなのか。
現実なのか仮想なのか。
仕事なのか遊びなのか。
役に立っているのか、立っていないのか。

そういう区別が崩れていった最後に残るのが、
「役割がなくても、自分はここにいていいのか」

ああ、これは結構怖い。

自分が今持っている役割が全部なくなったとき、
それでも自分には価値があると言えるのか。

何もしなくても、
誰にも必要とされなくても、
役に立たなくても、
それでも自分を肯定できるのか。

たぶん、思っているよりずっと難しい。

読み終わってからじわじわ面白くなってくる作品でした

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2026年08月21日

Posted by ブクログ

AIに仕事を奪われた夫婦の物語。夫は意味不明で不気味な書き置きを残して失踪。ゾンビ回収のイメージは、仕事の意味やAIと人の逆転を想起させる。ゲームの知識がないとやや想像しづらい箇所がある。また、分かりやすい物語ではない。

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2026年08月17日

Posted by ブクログ

ゾンビを回収する婦人のお話(?)。

VRゾンビゲーム内で掃除婦としての仕事を行う中、現実における仕事やAIと仕事の関係などの話が絡み、現実とゲームとの境目が曖昧になり、となんだか不思議な感覚のするお話でしたな。

小難しさ読みにくさもありつつ。

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2026年08月15日

Posted by ブクログ

これはVR依存症になって廃人になってしまった人の話しってことかしら?
「働かない自分は価値がない」そう思い込んでいたのは両親からの呪縛で、AIによって仕事がなくなった主人公は、自らがAIの世界で、精神世界でひたすら働き続けることを選ぶ(現実世界では廃人ということ?)
入り込んでいる世界で自分と同じような思考を持つ死に絶えたゾンビを回収しているって、もう現実世界では生きられないんだという悲痛な叫びを聞いているようで、なるほど芥川賞ってこんなふうに難しくて考えさせられる作品多いなぁとか思ってしまった。

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2026年08月14日

Posted by ブクログ

難しいね!
何度か読み返さないと、解らないね。
ただ、一度読み始めたら、引き込まれて止まらない!
シミュレーション仮説の話?なのかな…

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2026年08月13日

Posted by ブクログ

読めた、という感じか。自分には文学はわけがわからない。わからなくてもいいんだと思いながら読んでいる。
認められたくて必死にゾンビのかけらを拾う、意味があるかもわからないのにアドバルーンを上げる、成果を出したい、感謝されたい、愛されたい…誰かの役に立つこと(働かざる者食うべからず)が私たちの初期値なのだったら、そこがうまくいかない苦しさを抱える人は多いだろう。

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2026年08月12日

Posted by ブクログ

ネタバレ

AIに仕事を奪われ失業したことをきっかけに、これまで自分の存在のほとんどを会社に明け渡してしまっていたことに気付く主人公。ある事情から、VR世界で清掃婦として働くことになる。
仕事は、ゲームのプレイヤーが倒したゾンビを回収すること。

ゲームでゾンビをいくら倒しても、屋敷が死体だらけにならないのは“勝手に”消えるゲームの仕様で、誰かが掃除をしているという発想はなかった。
現実社会の「当たり前」もまた、誰かの見えない労働によって支えられている。
皆にとっては“当たり前”だから、感謝されることも、褒められることもない。それでも主人公は、この「人間じゃなくてもできる」「見えない」仕事に、次第にのめり込んでいく。

誰かから評価されないと、その仕事に意味はないのか?
誰のために、何のために働くのか?
この物語の、どこに終着点を見出すか、人によってその受け取り方は異なるかもしれない。
「ゾンビ」でも「プレイヤー」でもない、「ゾンビ回収婦」。この仕事を通して最後に辿り着いた境地は、単なる逃避場所ではなく、彼女自身が選び取った生き方のひとつだったように、私には思えた。そこが現実であっても、VRであっても。
そしてその姿は、今まさに社会の中で燃え尽きてしまいそうな“ゾンビ予備軍”への、ひとつの救いのようにも映った。

また、AIを実装し、ゾンビにそれぞれの独自性を持たせようとするゲーム開発者側の視点も興味深い。ゾンビらしからぬ性格を持ち、本来期待される役割を果たせない個体を、退化ではなく進化として捉える視点には胸を打たれた。

個人的には、現実とVRが曖昧になっていく表現は好みだった。AIと人間、ゾンビと人間、NPCと主体。さまざまな境界線を揺るがしながら、「人間らしさとは」 と問い続ける作品のように感じた。

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2026年07月19日

Posted by ブクログ

ネタバレ

芥川賞受賞作をリアルタイムで読むのは、綿矢りささんの『蹴りたい背中』と金原ひとみさんの『蛇にピアス』以来だから、本当に本当に久しぶり。

今年から、色んな文学賞を追いかけようと思って、芥川賞・直木賞の選考会も生中継で見てました。


作品の方は、とても摩訶不思議な世界観だった。
主人公が虚構世界のゾンビ回収婦としての役目に没頭している様子がとても奇妙だった。

メンテナンス・デーでは、AIの医師が人工知能たちの"痛み"を聞いているのだという。
AIのクマのぬいぐるみと対話するシーンは、主人公の劣等感だとか、働くことへの執着心を感じた。
"働かざるもの食うべからず"

ゾンビの"アラスカ"が、とても印象的だった。
―『やっと、分かった。ほんとうはすべて、あのままで、よかったのに。あなたはずっと、ノロマの意気地なしのままで―かわいくってやさしいあなたのままで、ほんとうはよかったのに。』
主人公がアラスカを亡くして放った言葉、自分にもかけてあげられたらよかったのにね。

ラストはどういう意味だったんだろう。


正直言って、私には純文学が解らないのです。
でも年に2回くらいは、純文学に触れるのも心の栄養になりそうだなと思いました。
これからも芥川賞期待しています!

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2026年08月22日

Posted by ブクログ

常に正しさを押し付けられ続けていると、正しさから逸れた時に立ち直ることは難しくなるんだなと感じます。誰かに求めないこと、求められないことの自由さを感じられたラストの爽快さと後味の悪さが好きです。

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2026年08月19日

Posted by ブクログ

現実世界で仕事と家庭の両方の「責務」を同時に失い、仮想現実という虚構の中に代わりとなる責務を求め、そこで得た責務を果たすことで喜びを得る。
そして仮想現実のゾンビと同じように彷徨い、溶け合い、混ざっていく…。
AIや仮想現実の仕組みというよりも、昨今のゲームで使われる用語や表現についての前提知識が必要で、それさえ押さえていれば場面や描写が何を表現しているのか理解しやすくなる。
逆に言えば、多少なりともゲームの知識がないと、舞台設定そのものが掴みにくい作品だなと感じました。

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2026年08月19日

Posted by ブクログ

今回の芥川賞受賞作はAIやVRなど出てきて手強い感じ。
主人公はAIに仕事を奪われ、亭主も演奏旅行に行くと言って蒸発。ある日、亭主部屋で見つけたVRヘッドセットをつけ、VR空間ではゾンビ回収を日々行うことに。ここでも極々まじめに役割行動する主人公は自分の思い、承認欲求が表に現れてくる。

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2026年08月19日

Posted by ブクログ

これは正直難しい。
なんの場面なのか、突然表れたそれは誰?
ひらがなが多すぎて読みにくい。

読み始め当初の感想はこんな感じでした。
ひらがなが多いのは少し不気味な感じもします。そして難しい漢字も使っていて。だから敢えてこういう書き方をされてるんだ、と思いました。

最後まで読んで、結局よく分かりませんでした。が、「こういうことだったのかなぁ」という想像はできます。
主人公は恐らく、ゲームに熱中していたのかな、と。それと同時に流行り病的なものがあって救急車で搬送された、と。
毒親と呼べる両親に育てられて心が参っていた主人公は結局ゲームの世界に戻っていく。つまりは妄想ですね。
わたしはこんな風に捉えましたが、他の方はきっとまた全然違う捉え方をされてるのだろうな、と思います。
そして作者の方の頭の中とも全然違うのだろうと思います。

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2026年08月18日

Posted by ブクログ

 AIにより仕事を解雇された夫婦。夫は家を出て、主人公の〈わたし〉は夫のVRゲームにのめり込んでいきます。そこで、ホテルでゾンビの遺体回収をして働くNPC(ノンプレイヤーキャラクター、人間であるプレイヤーは操作しないキャラ)になるのでした。

 効率や結果を求められ、主体的に居場所を探してもAIと共存せざるを得ない現実社会は厳しい…。一方、AIで創られたNPCとして役割に服従する方が魅力的に感じる(逃避場所?的)幻想社会。物語はこの対極の世界が絡み合っています。

 主人公は、主体的なプレイヤーでいるよりNPCに惹かれていき、現実社会での評価や責任と距離を置いたはずが、手抜かりのない仕事に承認欲求を覚える皮肉な展開は面白いと感じました。この矛盾こそ人間らしさの表出と思えホッとしました。このめんどくささが人間で、AIでの対応は無理なんだろうと思いました。

 でも、一生懸命働けば報われる? 支配構造の中での仕事は幸せ? 仕事・AIとの共存の先にあるものは? 人間らしさって? 等々、考えさせられることが多々ありました。少なくとも、幻想社会に入りっぱなしは逃避で、真の安心は得られないでしょう。実際、若年層の10%がゲーム依存とか…怖っ!

 芥川賞受賞作である本書を手にしたのは、「分かる分からない」ではなく、「面白いと思うかどうか」を久々に試してみようと考えたからでした。結果はビミョー…ごめんなさい。ただ、決してつまらなくはなかったです。

 盛岡出身の小砂川チトさん。岩手の宮沢賢治作品で育ち、後に青森の太宰治に傾倒し、デビュー作で秋田県の尾去沢鉱山跡を舞台にし、象潟の地を筆名由来とするなど、北東北への想いがあるようです。本作の比喩、オノマトペ表現、文体も関係する?

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2026年08月16日

Posted by ブクログ

ネタバレ

最初から終盤にかけて読みやすいもののよくわからず、ぼんやりとAI、責任、働く意味、アイデンティティ的な話なのかなと思ってた。
あとアラスカほんと好き。
けど終盤、というかラストで殴られた。
怖い。傷つけられたことと、愛されてなかったことを同じにしてくれない。愛ゆえの毒。
本当に怖い。
地獄への道は善意で舗装されている感じ。

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2026年08月15日

Posted by ブクログ

とっつきやすそうなタイトルと設定で、とっつきにくい本文に読みはじめてすぐにたじろいだ。
主人公の内面を描いているのは理解しているのだが、理解した上でよく分からない。芥川賞の作品はいつも読むのにかなり頭を使う。
社会からの承認を求める心の弱さと、特定のものへの依存はこわい、ただそう思った。

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2026年08月13日

Posted by ブクログ

芥川賞にノミネートされた時からこのインパクトのあるタイトルで読みたいと思ったこの本

前情報一切無しに読み始めたこの本は、まさかの仕事を考える内容だった
近未来でAIに仕事を奪われるというのはありえることで、今もあるかもしれないけれど……

VRって私は苦手だからできないけれど、すごい世界なんだろう
現実から目をそらして得るものと得られないもの
そらさなければ生きていけなかったかもしれない

現実世界から目をそらせるものが、今の社会には溢れすぎているのかもしれない

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2026年08月13日

Posted by ブクログ

難し過ぎて、理解できなかった
私の読み方が悪いのかもしれない
芥川賞受賞のポイントはどこなのだろう?
奇想天外な発想なのかな

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2026年08月12日

Posted by ブクログ

AIに仕事盗られてVRってちょろい。褒められたいのは分かるけど、切り替えるしかない。観念世界に引き摺られて溺れそう。哲学的面倒臭さとゾンビ臭が重なる。でも、芸術的な衝動と散文詩的な情動は確かにあった。

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2026年08月12日

Posted by ブクログ

芥川賞受賞作を早速。
正直読みにくい。VRゲームやAIに精通していても多分。
主人公はVRゲームの世界でプレイヤーではないVRの世界ででNPC (Non Player Character)。ChatGPTは「ちなみに最近はゲーム以外でも、
「あの人、NPCみたいだね」
と言うことがあります。この場合は、自分の意思で動かず、周囲に合わせている人・主体性がない人という、やや皮肉な意味で使われます。」
と説明をしてくれたが、おそらく主人公の女性も現実の社会でそういう疎外感を味わっていたのだろう。両親の自分への育て方への不満のようなものも、ゲーム内のゾンビの刺青にも見て取れる。
テクノロジーで社会がどんどん抽象化される中での、人間の存在感をどう示していけば良いのか?のアンチテーゼと感じた。

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2026年08月11日

Posted by ブクログ

一応自称本好きとして、話題作は読もう、と手に取ったわけですが。
純文学の世界にすんなり入れる感じがしないのが本音。

キャッチーな導入部の、AIに仕事をとってかわられる、というところとありそうな?ゲーム色のゾンビというワードにとっつきやすさを予想しましたが。

小砂川さんは盛岡ご出身とのこと、なんとなく宮沢賢治を想起しました。とてもきれいな文体だけど、結局ふわふわしてよくわからず???になるところとか。本書でも徐々に現実との境目がわからなくなっていく中で不思議な心地よさのようなものを感じたのは事実でした。

これが純文学っていうんだな、、ということでAIに読み方指南を依頼すると、3段階にわけてみて、と。

1「浴びる」
なんかよくわかんないけどきれいだな、とかいい感じ、好き、嫌い、とかそういうフィーリング的なとこから入る

2「拾う」
このワードいいな、とかなんか印象にのこったとこあるんだな、、とかを拾う

3「考える」
なんで作者はこれ表現してるのかな・・?

なんかしっくりきました。一言一句調べながらとかそういう読み方じゃない方がマッチしてるんだな、と。日を改めてもっかい読んでみようと思いました。

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2026年08月11日

Posted by ブクログ

AIが進化した先に虚構がリアルと溶け合って、どちらで生きるのが幸せをより強く感じるのだろうか。都会のど真ん中の無機質な病室で、愛する人と大自然を感じながら生を終えることができる−あるいはゲームプレイをしながら安楽死出来ることを少なくない人が選択する未来はすぐそこにあるように感じた。時折感じた文体の違和感や不整なリズム感は、主人公がゾンビであることを意識させてるような気がした。「人は愛されたいと思って労働している」このくだりにはドキッとさせられた。

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2026年08月06日

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